「鬼滅の刃」の鬼舞辻無惨にひとこと言いたい。「違う、そうじゃない」と。
*本エッセイは「鬼滅の刃」の重大なネタバレを含みます。結末等を知りたくない方はご遠慮ください。
今や、国民的人気作品といっても過言ではない「鬼滅の刃」。
自分が「鬼滅」を知ったのはアニメからで、アニメ第一期を見てみようと思ったのはズバリ、ファンである声優の松岡禎丞さんが出演されるからだ。
その松岡さんが演じる「嘴平伊之助」の、猪の頭皮を被っている風貌にも驚いたが、声優陣や製作陣の豪華さにはもっと驚いた。
そしてアニメが放映されると、圧倒的な作画&演出クオリティに仰天し、さらには主人公の竈門炭治郎達に退治される「鬼」たちの声優ですら、これまた有名どころのオンパレード……。
回を増すごとに世間にも徐々に火がつき始め、その後は皆様もご存知の通り、劇場版は歴代興行記録を塗り替え、街のあちこちで市松模様を見かけるようになった。
漫画も全巻揃え、劇場版も公開初日に見に行ったくらい「鬼滅」には好意的な自分だが、たった一つだけ心残りなこともある。
それは本作におけるラスボスの、「鬼舞辻無惨」というキャラクターについてなのだが、あくまで一個人の見解であることを先に断っておきたい。
まず、鬼舞辻無惨は圧倒的な強さと恐怖で、最後の最後までまさにラスボスたる存在感を放っていたのだが......自分は無惨の言動を見ていて、いつもこう思っていた。
「こういう人、現実に結構いるよね?」、と。
簡単にいうと、極めて利己的な人のことだ。
そう、無惨といえば非常に利己的で、残忍で、ふとしたことで暴力を振るい……公式ファンブックでも、「人間的感性がなく、共感能力が低い」とある。
自分さえ良ければいい人。
己の利益ばかり考え、他人は利用するものだと思っているような人。
目的のためなら他人を傷つけても、なんとも思わない人。
程度はさておき、そういう人って結構いませんか?
例えば音楽業界でも、誰かを貶めたい、利用したい、押しのけたいなんて人は沢山いたし、今でも出会う。
そして、成功のためにはどんな手段でも使い、誰かを見返すだとか、承認欲求を満たすだとかの、自らの目的を果たそうとするのだが......そういった人はその場その場の結果は出るかもしれないが、次第に他人から恨みを買い、敵に回られ、誰も味方にならず、孤独になっていく。
逆に、他者のためにと動ける人は、その温かい想いに感謝した人たちが味方になっていくので、ピンチの時に周りが助けてくれたり、ひとりでは成し得ないことも多くの人の協力で達成できたりする。
ある意味、鬼滅の刃という物語は「利己心(無惨)VS利他心(炭治郎ほか、鬼殺隊など)」の戦いでもあると思うが、利他心側が最終的に勝つのは現実世界でも同じ道理だと感じる。
鬼滅でも死闘の末、弱点である太陽の下にさらされ、体が崩れ落ちていく中で無惨は「想いは不滅であり永遠である」という言葉をついに認め、感動し涙した。
そして自らの、「鬼狩りを殺し最強の鬼となれ」という想いを主人公の炭治郎に託すが......。
結局炭治郎は仲間の元へ戻り、無惨は孤独と消えていった。
......。
違う、そうじゃない。
そうじゃないんだ、無惨。
結局無惨のは最後まで、「利己的な想い」なのだ。
なので、受け継がれることはなかったのだと。
そうではなく、「利他心の強さ」に気づくべきだった。
無惨を最後まで、徹底的な悪として書き切ったことに、納得はしている。
しかし、これだけ社会的に大反響を呼び、多くの人の目に触れた作品だからこそ自分は、
「究極の利己心の持ち主である無惨に、利他心に負けたという事実をはっきりとメッセージしてほしかった」とも思うのだ。
無惨のようにどこまでも自分本位で、我儘で、短気で気難しい人は、現実にもいるだけに。
そしてそうした人たちが、全てに見放されていった無惨の姿を見て、己を省みるきっかけになれるように。
これが自分の、「鬼滅の刃」へのたった一つの心残りだ。
最初にお断りしたように、これまで書いたことはあくまで個人の見解であり、鬼滅の刃を読んで自分はこう思いました、というご紹介にすぎない。
その上でこんなエッセイを書いたのは、誰にでも「鬼の心」はあると思っているからだ。
自分にも、残酷冷酷な心は存在するし、理不尽な現実に自暴自棄になったことだって山ほどある。
心の中の「鬼」に負け、誰かのことを傷つけてしまったことも当然ある。
そのことを今でも悔いる。
しかし幸いながら、自分は出会いに恵まれ、損得を超えて動ける人たちの言動に幾度となく、心を温められてきた。
それは規模の大きさではなく、例えば金欠の友人ミュージシャンのライブを手伝った時、お礼としてご飯を奢ってくれたとか、そういうレベルでも、だ。
その時の温かい気持ちを覚えているからこそ、彼が困っている時にはできるだけ力になりたいと思う。
人はひとりでは、本当に何もできない。
そして、突然鬼に家族を殺されてしまった炭治郎のように、生きていると理不尽なことは沢山ある。
だからこそ、人と人は助けあって、この理不尽な世界を生き永らえている。
自分自身を大切にすることはもちろん大事だ。
しかし、利他の心、相手を思いやれる心を忘れたくはないと、鬼滅の刃アニメ第二クールを見つつ感じた今日この頃だ。