第三話 旅立ち
俺たちが住んでいる国フューリットでは、成人(十五歳)になる前に約三年国を出て世界を旅することがきまりである。これは、もう親に頼らずに生きていけるという自立の証明であり、フューリットで成人と認められるために必要なことである。
だいたい実力の近い者数名で旅に出る。俺たちの代は、俺とエスフィーのレベルが高すぎて、俺とエスフィーは二人で旅に出ることになった。
それを聞いて俺は、それはもうめちゃくちゃ喜んだ。だって、これから三年、誰にも邪魔されることなくエスフィーと二人っきりで過ごすことが出来るからだ。
俺は、三歳の時にエスフィーに恋してから今までずっとエスフィーのことが好きだ。エスフィーは三歳の時点ですでにかわいかった。けれど、エスフィーのかわいさはそこで留まることはなく、成長していくにつれ、さらにかわいくなっていった。幼いかわいさから女の子らしいかわいさへと変わっていった。十二歳だから体の成長はまだそこまでではないが、エスフィーの母親は胸が大きいので期待できる。
この旅立ちの試練でエスフィーと一緒に旅をするために、七年間魔法の修行を頑張ってきたその努力が報われたからというのもめちゃくちゃ喜んだ理由の一つだ。あと、エスフィーと二人きりになれたのは、俺たちと同レベルの子供がいないという幸運のおかげだけど、前の世界では全くいいことが無く、完全に運が無かったからラッキーが起こったのも嬉しい。
一緒に旅立つメンバーも決まり、いよいよ明日旅立つというのに俺の両親は普段通りだった。いつもと同じように一緒にご飯を食べ、食後はゆっくりし、各自風呂に入る。これまでと何ら変わりない時間が過ぎていく。
だが、最後が少し違った。
俺は、自分の部屋に寝に行こうとすると母さんに引き留められる。
「ハク、今日は家族みんなで一緒に寝ましょう。」
大好きな母さんの頼みだ。断れるわけがない。
だから、俺はすぐに了承の返事をするのだ。
「うん、わかった。」
両親の寝室に行き、父さんが来るまでベットの上で母さんと話をする。意外にも父さんが早く来たからあまり話せなかった。
父さんが来てから三人で布団に入る。もともと大人二人用のベットだから、子供が一人入ったくらいで急に狭くなるなんてことはない。俺は、右手に父さんの、左手に母さんの手を握り、二人の間で寝る。
これまでに何度も感じた、家族の温かさを全身で感じる。前の世界では感じることのなかったものだ。俺は様々な仕打ちを受け、人の温かさを感じられなくなっていた。けれど、この世界で父さんと母さんの子供として生まれ、これまでにもらったよりもたくさんの愛をもらったおかげで、人の温かさを、ぬくもりをまた感じられるようになった。
だから、人のぬくもりを感じられることに感謝し、改めて両親の愛を感じる。両親のぬくもりと愛を感じながら、俺はすごく幸せな気持ちで眠りにつくことができた。
朝眩しい陽の光で目を覚ます。
父さんは口を開けていびきをかいていたが、母さんは起きていて俺の方を見ていた。
そして、甘く優しい声で耳元にささやく。
「おはようハク。」
母親にドキッとしてしまう。
俺が照れながら「おはよう」と言い返すと、母さんはニコッと笑って寝室から出て行った。おそらく朝ごはんの準備だろう。俺も自分の部屋で着替えてから手伝いに行く。
俺は早起きが出来るようになり、魔法も使えるようになってから母さんをよく手伝うようになった。これまで一人だったから、人と繋がっていたいと無意識に思っていたのかもしれない。
母さんの手伝いをしながら俺は寂しい気持ちになっていた。旅立ちが目前に迫り、三年も家族と会えないという実感が俺にそう思わせているのだろう。俺が家族と会えなくなることを寂しく感じるというのは、前までの俺なら考えられないことだ。この世界でも優秀ではなかったが、一人でいることはなかった。誰かがいつも傍にいてくれることがどれほど幸せなことか、いつも一人だった俺にはよくわかる。だから、一緒にいてくれた家族と離れるのが寂しいと思うと同時に、これから三年一緒にいてくれるエスフィーのことは何としても守りたいと思う。
俺は母さんの手伝いをしながら、新たな目標を立てる。
家族のためにも必ず無事に家に帰る。そして、旅の間エスフィーを守り切る。
これが旅での目標だ。
朝ごはんを家族で食べ、旅立ちの支度を済ませる。
玄関を出て別れの時が来る。
父さんも母さんも俺と同じで離れるのが嫌で、寂しいと感じているはずなのに、それを顔や態度に一切出すことはなく、俺のことを笑顔で見送ってくれている。俺だけが顔や態度に出して台無しには出来ない。
「父さん、母さん心配しないで。俺は必ず無事に家に帰って来るから。妹か弟が出来てるかもしれないしね。」
「そうね、信じてあげなきゃね。あんなに魔法の練習頑張ってたしね。けどハク、病気には気を付けてね。」
母さんはそう言いながら俺を抱きしめた。
母さんとの抱擁が終わった後、父さんに捕まる。
そして、父さんはしゃがみ込んで母さんに聞こえないように俺に話しかけてくる。
「ハク、エスフィーのこと好きなんだろう。」
「うんそうだけど、急に何?それがどうかしたの?」
「お前の方がエスフィーより弱くても、男なら好きな女は命を懸けて守れ。これは、父さんとの男の約束だ。何が何でもこの約束を守って家まで帰ってこい。」
「わかったよ。約束する。」
「よし、ならこれをお前にやる。」
そう言って父さんは、自分の腰に差していた剣を俺に差しだしてきた。
「これはお前に合うように作ってもらった剣だ。大事にしろよ。」
「うん。ありがとう父さん。」
正直、泣きそうだった。涙がこぼれそうになった。俺は小学校に上がってから、家族に何かを貰ったことはなかったから。
けど、涙はこらえる。誰かがもらい泣きしたらいけないから。
「気を付けていってくるんだぞ。」
「いってらっしゃい。」
「うん。いってきます。」
そうして、俺は両親に見送られ家を出た。
少し歩き村の門の前まで行くと、エスフィーが待っていた。
二人とも準備万端だ。二人で一緒に村を出る。
これから俺たちの三年の旅が始まる。