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純情レストラン洗濯船  作者: 田子作
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第11話 誠の心

神様フェチの引きこもり常連客と神様なのに今は役立たずのエーコに振り回される田子作の運命やいかに?

「とりあえず修正人の召喚と初期設定はすんだ。けど次はこの人をどう使えば良いのやら?」

当初の目的は済ませたものの具体的な策があったわけではなかった。


「条件抽出で調べてみよう。とにかく限りなくこの次元と似てて、そのくせ真逆のエネルギーを持った寿命的にも都合の良い人間をこちらで活躍させればマイナスエネルギーのバタフライ効果で半年以内には特異点まで世界を引き戻せるはずなんだけど。問題は具体的にどんな活躍をさせれば効果が最大限になるのかなっと。」

素早い手さばきで次々と条件を入力し欲しい答えを探すエーコ。

今日もピー太郎はエーコの気を引こうとデスクの端っこでクルクルと求愛ダンスを踊っている。


「出た!!『誠の心を実践させるべし』??誠の心って何?」

さらに検索を進める。

画面には宗教や歴史にまつわる情報が映し出されている。

楠木正成という戦国武将を祭った日本軍スパイ組織の話や仏教と神道の話、古事記や日本書紀まで遡るものもある。


「どれも分からないよぉ。何をどうすれば誠の心の実践者に成れるのよぉ。」

頭を抱えるエーコは冷凍保存している『修正者』の入ったカプセルを見る。


「もしかしたら本人が一番知ってるかもしれないし、そろそろ解凍するか。」

そういうと一式揃えた男性用の下着や服をタンスから引っ張り出した。

素っ裸の男性を見ないように片手で目を隠しながら服を着せてゆくエーコ。

さすがに苦戦し息を荒げ始めた。


「くぅー、男って面倒くせぇー!!」

他の次元から勝手に連れてきたことは忘れているようだ。





「な?言った通りだろ?」

自信満々で自分の仮説を披露する田子作。


「本当ですね!ある意味凄いです!」

深く共感するエーコ。


「あんま嬉しくないですけどね僕は。」

元『ヤバイ目つき』の西田原はあまり楽しくない様子。


「その特殊能力何かに使えないかなぁ。もったいねぇなぁ。」


西田原サイタバルと名乗るその青年がこの店に通い始めてかれこれ2か月ほど経過した6月上旬。

当初はどこか怯えたような表情をしたり、かと思えばやけに目を爛々と輝かせたりと挙動不審な行動をしていた彼も田子作と話をするうちにすっかり打ち解けたのか今では面白く無いくらい普通の青年に戻っている。


「でも今までその能力に気が付かなかったんですか?」

自分より少し年上の彼がこれまでの人生で自分の特殊能力に気が付かずに生きてきたことがエーコには不思議で仕方がなかった。


「いや全く。田子作さんに言われて『本当かなぁ?』って疑ってたくらいですから。」

顔の前のハエを追い払うように手を左右させて全面的に否定する。


「今のところほぼ100発100中だもんな。」

彼には特殊能力と言うか特殊体質が備わっていた。

彼が機嫌が悪くなったり体調が悪くなると決まって数日中に地震が起きるのだ。

それも近ければ近いほどその症状はひどくなる。

昨日もあまりに気分が悪かったために病院へ行って薬を貰ってきたそうだ。

そしてこの日の朝早くに日向灘沖で4回の地震があった。

彼のそんな能力に先に気が付いたのは田子作だった。


「電磁波が脳に溜まっているんです。もうここは磁石ですよ。」と自分の頭を指さす西田原。

気分のむらが大きく不安定な彼の話を聞いてるうちにあることを思い出した田子作。


「そういえば動物には地震を予知する能力があるが人間にもその能力が残ったままの人がいるって何かで読んだぞ。今自分の脳みそを指して磁石だって言ったよな?もしかしたら地磁気を感知する細胞がまだ脳内に残ってるんじゃないか?」


「認めたくないですけど確かに地震が終わると体調も良くなるんですよ。」


「今は12時過ぎだけど、どうだ体調は?」


「まだ良くないですね。」


「じゃあまだ来るかもですね。」

その後13時過ぎにもう一度朝と同じところで地震があった。


それから数時間後。


「ちょっと早いんだけど夜弁当作ったから取りに来てもらってもいいかな?」

西田原は毎日昼と夜の弁当を購入してくれる常連。

この日は夜にピザの予約が多数入っていたので弁当は早目に完成させていたのだった。


「あ、いいですよ。」

家が近いらしく電話すると数分ほどで来店する。


「ちなみに今の気分は?」

田子作が少し冗談交じりに聞いた。


「あ、良いですよ。すっきりしました。」

確かに顔から苦痛の表情が消えている。


「ある意味『地震家』ですね。」

西田原はエーコのダジャレで苦笑いした。


『何かの役に立つ日が来ると良いですね、この体質。』

心の中でエーコは思った。




未明から降り始めた雨は開店時間にはますます勢いを増した。

店の鍵を開けようとする田子作が道路の反対側のエーコから声を掛けられたことにも気が付かないほどであった。


「何で無視するのですか!!」

田子作は不意に右脇に現れたエーコに驚いて店の鍵を落としそうになった。


「なんだ!?ビックリするじゃねぇか!」

不機嫌な原因はこの雨であることは明らかである。


「だからあんなに沢山のトマトを仕入れたら危険だと思ったんですよ!」

エーコは先に一人で神社にお参りしてきたのか手には傘を持っていた。


「ふんっ、仕方がない。弁当に使うだけだ。」

調子の悪い扉の鍵を手荒くガチャガチャさせていたが、ようやく入り口の扉が開き、中へ入ろうとした田子作は店内の熱気と湿度に押し返されそうになった。


「なんだぁ?」

余りに尋常ではない熱波の原因を探ろうと慌てて厨房へ入る田子作。


「おかしいなぁ、何も異常がないぞ?」


「あー!これですぅ!電動ポットの水の残量がちょっとしか残ってなくて一晩中何度も沸騰を繰り返したんですぅ!」

エーコはカウンターに置かれた電動ポットの電源を引き抜いた。


「踏んだり蹴ったりだな今日は。」

ため息をつく田子作に追い打ちをかけるようにエーコが悲鳴を上げた。


「ぎゃー!」


「ど、どうした!」

慌ててエーコのいる客室を覗き込む田子作の目に飛び込んできたのは、昨夜冷蔵庫に仕舞い忘れた『トマト地主』の入った箱を指さすエーコの姿であった。


「一体いつから?」

自問するエーコの視線の先を追う田子作。


箱の中にはオオタバコガの幼虫らしい体長3cmほどの黄色い芋虫が一匹、トマトの一つに開いた穴から這い出していた。


「トマトに良く居る害虫だ。おそらく蒸されてあぶり出されたんだろ。驚かすなよな、やれやれ。」

ドッと疲れが出た様子の田子作。

エーコは割り箸を取り出すとソッと虫を摘み上げ、ティッシュペーパーに乗せる。


「虫の知らせですよ。今度は誰が来るんですかね?」

田子作に至極当然という感じで問い掛けながら道路の端にそっと虫を置いてやる。。


「虫占いか?確かお前が現れる直前には『ハンミョウ』だったけ?」

案外占いを信じている二人。


「別名『道しるべ』とも言います。田子作師匠の人生の道しるべになったでしょ?」

自慢げに笑みを浮かべるエーコ。


「お前SNSで友達には『地球人コックを捕獲した』って書いてただろ!」

鋭い指摘をする田子作はテーブルを拭きながら開店準備を始める。

この雨では来店客はほぼ絶望的なので田子作はいら立っている様子。


「おはようございます。」

弁当の常連客にして『ジシン家』の西田原がいつの間にか店の入り口に立っていた。


「え?もう朝弁の受け取り時間?」

驚く田子作にニコニコしながら腕時計を見せる西田原。

時計の針はあと2分ほどで午前7時を指すところである。

彼がようやく就職活動をすると言うことで特別にこの時期だけ朝食を激安で提供している。


「どうしたのですか?何か良い事でも?」

エーコがやけに機嫌の良い西田原に気付いた。


「良かったらこれ飾ってください。」

そう言うと上着をめくりTシャツの下からクリアファイルに挟まれた何かの用紙を取り出した。


「何をそんなところに隠してんだ?」

そうは言いながらも田子作とエーコは一応は興味があるらしく西田原が手に持っている紙を覗き込んだ。


「何ですかコレ?」

紙には象形文字の様な数本の線と曲線で構成された何かの文字か記号のようなものが2つずつ2列書かれていた。


「龍体文字ですよ。」

今度は西田原が自慢げに語る。


「何ですか龍体文字って?」

竜神族と宇宙人の混血の末裔のエーコは素知らぬ素振りで尋ねる。


「神様と人の間に竜神様が居て、龍体文字で書かれた人間の願望を優先的に神様に伝えてくれるんですよ。」

いつも自信無さげな西田原だが竜神様を語る時だけはドヤ顔になる。

エーコは『勝手に話作るなよ!』と内心憤っている。


「ふーん。」

全く関心のない田子作の態度に少し慌てる西田原。


「いや、本当に凄いんですよ龍体文字って。」

何処から説明すればよいのか優先順位が付けられず慌てているのが良く分かる。


「で、これどういう意味?」

それでも一応は聞いておこうとする田子作。


「横に読むんですが上の行が『ム・ク』で下の行が『ツ・ル』です。意味はム・クの方は金運向上でツ・ルの方は商売繁盛を願ったものです。」

久しぶりに『ヤバイ程の輝き』をした目つきになった西田原を田子作は心の中で『地震予知能力者→やっぱただのカルト信者』と更新しようとしていた。


「じゃあさ君自身が現在抱える問題もその何とか文字で解決できるんじゃないの?」

西田原は疑わしい目つきで田子作が自分を見ていることに焦りに似たプレッシャーを感じている。


「ダメなんですよ!龍体文字にしろお守りにしろ人から贈られないと効果が無いんですよ!」

ますます声に熱がこもる西田原をますます冷ややかに見つめる田子作。


「いーじゃないですか!わざわざこんな土砂降りの中をこのお店のことを心配して濡れないように大事に持って来てくれたんですから。」

少しだけ気の毒になったエーコが割って入る。


「別に疑ってないよ俺は。ただなんでそんなことを西田原君が知ってるのかなぁって疑問に思っただけだし。」

クラスメイトに意地悪をして先生に叱られている生徒のように口を尖らせて言い返す田子作。


「実は僕がここへ引っ越してきた理由の一つが『神様の研究』だったんです。その途中で龍体文字の存在を知って自分でも書けるように練習したんですよ。でもやっぱり自分でいくら書いても全く効果はなかったんですけど・・・」


「じゃあ何か?うちで実験しようとしてるのか?」

田子作がすぐさま噛みついた。


「そういうつもりではないんですけど、もし本当に開運出来たら良いなぁという気持ちで・・・」

田子作の勢いに押され気味の西田原。


「変な宗教とか特定の政治団体とかを臭わせたら客が逃げるんだよ、飲食店は特に。」

窓の外の止みそうもない雨を睨みながら田子作は吐き捨てる。


「でもこれじゃあ宗教かどうか分からないんじゃないですか?可愛いですよ、この文字自体は。」

竜神様を崇める西田原にエーコは仕方なく助け舟を出す。


「勝手にしろ。客が逃げたらお前が責任をとれよ。」

怒りの矛先が今度はエーコに向けられたのだが、常連客でもある西田原を完全否定するわけにもいかず拳の下ろしどころを探している田子作でもあった。


「じゃあこのフクロウの絵の隣に並べておきますね。」

エーコは笑顔で西田原の持参した龍体文字の書かれた紙をすぐさま粘着テープで、コルクボードに貼られたフクロウの絵の右横に張り付けた。


それを嬉しそうに見ている西田原は小さな声で何かをゴニョゴニョと呟いている。


「何だ何だ?今何か言ってたぞ?」

それを聞き逃すはずもない田子作はすぐさま指摘する。


「あ、今のは祝詞のりとを上げたんですよ。」

どんどん田子作の知らない『神様系の専門用語』が西田原の口から出てくる。


「ったく、お前絶対うちで実験するつもりだろ?何か悪い展開になったら許さんぞ!」

そうは言いながらも田子作は怒りの峠は越えた様子であった。


「きっと良いことが起こりますよ!」

いつになく自信満々の西田原に悪気が無いのが唯一の救いだなとエーコは感じるのであった。

賑やかな日常が徐々に破綻してゆく恐怖・・・

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