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第六話

 翌日、いつものように私はカウンセリング室に行った。

「失礼します」

「いらっしゃい」

 私が声を掛けて入ると、圭介君がいつもの笑顔で迎えてくれた。

「昨日、結局一人で帰らせちゃったけど大丈夫だった?」

 圭介君は心配そうな顔で聞いてきたから、私は笑顔で返した。

「うん、大丈夫だったよ。それより泣いちゃってごめんね?」

 私が謝ると、気にしなくていいよと言ってくれた。

「まあ、それより今日はちょっと職員室の前まで行ってみようか?」

「えっ⁉」

 私は驚いて、思わず声が上擦ってしまった。だが、圭介君はお構いなしに話を続けた。

「少しずつ慣れていかないといけないしね。行き成り中に入るのは難しいだろうから、今日は取り敢えず前まで行ってみよう? 怖かったら手、繋いでいいから、ね」

 確かに、慣れていかないといけない事も分かる。でも、やっぱり怖かった。また倒れてしまったらと思うと……。

 それでも、私は頷いて圭介君の手を取ってから一緒に職員室まで向かった。


 職員室が見え始めると、私は足が重くなっていった。一歩進むたびに呼吸が乱れ始めてきて、怖さと不安が私を支配し始めた。

 すると、私が掴んでいた圭介君の手が強く握りしめてきた。

「大丈夫? 少し休もうか?」

 そう言って圭介君は足を止め、安心する笑顔を向けてくれた。

「ご、ごめんなさい……、私、その……」

 何か言わないと思いながらも何を言ったらいいのかも分からなくなって、声がどんどんと小さくなっていってしまった。

「大丈夫だよ、ゆっくりでいいから」

「うん……」

 急かさずに言ってくれる圭介君の声に私は小さく頷いた。

 圭介君は笑顔を向け続けてくれて、そのおかげで恐怖と不安が少しずつ薄れてきた。

「もう、大丈夫だから」

 私がそう言うと、「じゃあ、行こうか」と言って、また歩き出した。でも、足を進めると再び動悸がし、死んでしまうんじゃないかって思った。

「……今日はもう止めとく?」

 圭介君は私を見ずにそう言った。

「でも、結局、私、何も出来ない」

 泣きそうになりながら、私は途切れ途切れにそう言った。

「そんな事ないよ、少しでも前に向かって歩こうとしてるんだから。だから、そういう風に自分は何も出来ないみたいに言わないで」

 振り向いた圭介君は少し辛そうな顔をしていた。

「ごめ……」

「謝らなくていいから!」

 私が謝ろうとしたら、圭介君はそれを遮るように少し大きめの声を出した。それはいつもの優しい声なんかでなくって少し怖かった。少し苛立っているようで……。

 それに気付いたのか、圭介君ははっとした顔をして、口を手で押さえた。

「ご、ごめん。行き成り声を荒げたりして……」

 圭介君は珍しく取り乱したようになって、少し狼狽えていた。

「いいよ、気にしてないから」

「あ、うん、ごめん。取り敢えず、カウンセリング室に戻ろうか?」

「うん」

 私が返事をすると、私たちはカウンセリング室に向かって歩き出した。

 カウンセリング室に戻るまで、私たちは一言もしゃべらなかった。その所為で、私たちは気まずくなってしまった。

「うわっ、暗!」

 私たちがカウンセリング室に入った瞬間に、談話スペースに居た早瀬先生にそう言われた。その声を聞いた三住先生も顔を出し、私たちを見た。

「どうしたの? 何があったの?」

 三住先生も談話スペースに移動し、私たちを手招きした。私たちは大人しく談話スペースに行き、椅子に座った。

 最初に口を開いたのは圭介君だった。

「声を荒げてしまいました……」

 圭介君はいつもの明るい声と真逆の暗く落ち込んだ声を出した。すると、三住先生と早瀬先生は同時に大きな溜め息を吐いた。

「ちょっと、圭君! いつものウザいくらいの明るさはどうしたのよ」

「ウザ……」

「三住先生、流石に酷いんじゃない? 圭君、フリーズしちゃったわよ?」

 早瀬先生の言葉の通りに圭介君は『ウザい』という言葉を聞いてフリーズしてしまっていた。

「あの……」

 私が声を掛けると三住先生と早瀬先生は私の方を向いた。

「圭介君が声を荒げた原因は私なんで……」

 私がそう言うと、フリーズしていた圭介君が動き出した。

「そんな事ないよ! ただ俺が声荒げちゃっただけで……」

 圭介君はそう言うと、小さく縮こまって顔を手で覆い「ごめん」と言った。別に謝ってほしい訳じゃないのに……。

「兎に角、いい加減ウジウジするのは止めなさい! それとも、美奈ちゃんを困らせたいの?」

 三住先生がそう言うと圭介君はぶつぶつ言いながらでも、縮こまるのと顔を隠すのを止めた。

「圭介君もいい加減、笑顔を戻したら? 美奈ちゃんも笑顔の圭介君の方がいいわよね~?」

 行き成り話を振られた私は少し驚いてしまった。

「えっ、まあ、笑ってくれている方がいいですけど……」

「ほら、美奈ちゃんもこう言ってるんだから、いい加減にしなさいよ」

 三住先生がそう言うと圭介君は私を真っ直ぐ見た。

「本当にごめんね、行き成り声荒げたりして」

「ううん、いいよ。それに圭介君に散々謝られて、謝ら続けるのがどれだけ嫌か、身を以て知ったから……」

「えっ! 俺、そう言うつもりで謝ったんじゃないよ!」

「うん、分かってるけど、流石にこうも謝られたらね。謝られ過ぎるのって嫌だな~って思って……」

 本当に、何か謝られ過ぎると、こっちの話を全然聞いてもらっていないみたいな感じがして嫌だった。

「まあ、取り敢えず解決したのかしらね?」

 早瀬先生はそう言った。私と圭介君は先生たちに「ご迷惑をお掛けしました」と言った。

「で、美奈ちゃんは職員室に行けるようになった?」

「うっ」

 私は完全に言葉に詰まった。

「まだ、もうちょっとかかるかな? でも、頑張ってるから大丈夫だよ」

 圭介君はいつもの笑顔でそう言った。

「そう、まあ、美奈ちゃんは努力家だしね。圭君もついてるから大丈夫かしらね」

「別に私、そんな努力家じゃないですよ」

 三住先生の言葉を私は否定した。

「美奈ちゃんは俺から見て、すごく努力してると思うよ? すごく頑張り屋さんだし、ただ、無理し過ぎちゃうんじゃないかって心配になるけど」

「そんなんじゃ……」

「美奈ちゃんはもう少し、自分の評価を高めるべきだと思うよ? だって、すごく頑張ってるのに、自分で認めなかったら余計に辛くなっちゃうよ」

 圭介君の言葉を私は理解できなかった。『分かる』けど『解からない』ような感じだった。言っている意味は分かる。でも、自分のどこを高く評価したらいいのかが解からない。だから、私は言葉を返せなかった。

 そんな私を圭介君は優しく撫でてくれる。今の私にはそれが最高の評価なのにきっと誰も『解かっていない』。

 この瞬間がすごく嬉しくっていつまでも続けばいいと願ってしまう。そんな事、許されるはずがないのに……。

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