第九話
カウンセリング室に着くと、暫く沈黙が続いた。
「どうかしたの?」
沈黙を破る為に、早瀬先生が尋ねてきた。
「……斉藤に会いました。」
圭介君が静かに言うと、早瀬先生は納得がいったようで三住先生を呼び、他の人が入ってこれないように鍵を閉めた。つまり、今カウンセリング室に居るのは私と圭介君と早瀬先生と三住先生の四人だ。
私はふーっと息を逃がしてから、圭介君の方を真っ直ぐ見た。
「圭介君の本当の名前って何?」
「宮野圭介だよ。これは本当に俺の名前だよ」
つまり、斉藤君には嘘の名前を教えていたという事。そして、今回出会ってしまったのは、かなり都合が悪かったのだろう。私は自分の考えた答えがあっているのかを確かめようと思った。
「圭介君はカウンセラー?」
「……そう思った理由を聞いてもいいかな?」
「そうね、敢えて言うのなら最初から違和感があって、考えていて一番その答えがしっくりきたから。最初は何か嘘を吐いていると思ったの。それが名前なのか年齢なのか、それとも両方なのかが分からなかったけど、年齢に関しては最初から年上だっていうのは勘付いていたから。後は、三住先生と早瀬先生と仲がよくって、心理学の知識もかなりあるみたいだったから。それでカウンセラーかなって思ったの。まあ、かなり前から思っていたけど追求しない方がいいのかなって思って言わなかったけど」
私がそう言っている間は少し驚きも含めたような表情で真剣に聞いていたけど、言い終わるとふんわりと笑った。それはいつもより柔らかで、大人が子供に向けるような微笑みだった。
「正解だよ。よく分かったね。俺はスクールカウンセラーとしてこの学校に勤めてるんだ。」
「そう、ですか……」
「敬語、使わないでほしいな。今までと同じようにしてくれた方がいいんだけどな……」
圭介君は少し寂しそうな顔をした。
「しっかし、バレるとはね~」
三住先生がそう言うと圭介君は苦笑した。
「最初からバレてるような雰囲気でしたけどね。でも、聞いてこないんだね。なんで『平野瞬』って名乗っていたのかって」
「……だって、仕事の都合で、いつか離れないといけないんだと本名を名乗るのはあまりいいとは思えないもの。かと言って、まったくの架空の人物だと怪しまれるだろうから本当にいる人の名前でも借りたのかなって思って自己解決してたし」
「本当に、何と言うか……意外と鋭いね。でも、偽名を名乗る事もあるんだよ? 斉藤の時は休学中の人の名前を名乗らせてもらっていたけど……」
私は本当は聞きたい事は沢山あったけど、何をどう聞いたらいいのか分からないのもあって、圭介君がそう言ってから暫く黙っていた。すると、耐えかねたように早瀬先生が口を開いた。
「えっと~、美奈ちゃんは他に聞きたい事ってないの?」
「聞きたい事は沢山ありますけど……」
「何、聞きたいの?」
「えっと、実年齢?」
「ああ、そう言えば言ってなかったね。二十七だよ」
「えっ! 私より十歳も上だったの⁉」
「うん、見えなかった?」
私が気まずそうにえっと~と言うと、三住先生は見える訳がないと言った。流石に酷いと思ったけど、圭介君はいつもの調子で「酷いですよ~」と言っていた。
ただそれだけなのに、すごく場の空気が変わり、いつも温かな雰囲気になった。
「制服姿だから余計に実年齢より下に見えるんじゃいかな?」
私が少し笑いながら言うと、圭介君はいつもの笑顔を浮かべていた。
「これも仕事だからね~。同じくらいの年齢の方が悩みとかも話しやすい場合があるからね」
圭介君の説明に早瀬先生と三住先生が付け加えるように言った。
「取り敢えず、学校側にも言って学生に扮してるの。まあ、それでも流石に顔とかが完全に学生に見れなかったら無理だけどね。で、この中で一番適任な圭君先生、もとい宮野圭介君にその役をやってもらってたのよ」
「私たちも少しやったことあるんだけどね。だから、聞いた事ないかな? ここの七不思議。『悩みを持っている生徒の前に現れる幽霊』の話」
「あっ、あります。確か、悩みを持ってる生徒の前に現れて、悩みが解決すると『もう大丈夫みたいだね』って言ってから消えていくっていう……」
「そうそう、それ私たちの事。元々、カウンセリング室の存在もあんまり知られてなくって、利用者が全くいない状態が続いていたからね。それで私たちから動いて、悩みのある生徒の話を聞こうとしたの」
「でも、やっぱり白衣とか着て歩いても避けられるだけだったから、学校側に行って制服で歩き回る事にしたの。そしたら、やっぱり同じくらい年の方が話しやすいみたいで悩みを聞くと話してくれたのよ。で、悩みが解決したら、いつまでも側に居る訳にはいかないから離れていくっていうのを繰り返してたら、七不思議の一つになってたのよ。いつの間にかね」
もう、私は何を言っていいか分からなくなった。
なんというか、平然と笑って語る早瀬先生と三住先生に対しても、それを半分呆れたような笑顔を浮かべている圭介君に対しても、もう言葉はなかった。敢えて言うのなら、私は呆れていた。
普通、同じくらいの年齢の方が話しやすいからって自ら制服を着ようとするだろうか?
私なら絶対にやらないだろうなんて考えていたら話し掛けられた。
「美奈ちゃんももう職員室には入れるようになったらから、実際俺はもう必要ないんだろうけどね」
圭介君は寂しそうな顔をしていった。すると、三住先生は圭介君の頬を思いっきり引っ張った。
「あのね~、そんな相手を不安にしかねないような顔で言わないの!」
頬を引っ張られながらも圭介君は「はい」と返事していた。その返事を聞いて、三住先生は圭介君の頬を放した。
「ごめんね~、美奈ちゃん。圭君先生ったら、すごくば…じゃなくて、気が利くような言葉が言えなくって」
「いえ……」
今、早瀬先生、馬鹿って言おうとしたような気がするんだけど……。
「まあ、悩みは解決したみたいだけど、いつでもここに遊びに来てもいいからね。それに、心の問題って何がきっかけでまた起こるかは分からないから、何か相談してくれたらいいから。いつでも待ってるわ」
「ありがとうございます」
「それはいいとして、美奈ちゃんにお願いがあるんだけど」
「何ですか、三住先生?」
「スクールカウンセラーが学生に扮してるって事、口外しないでほしいの。もし他の人にまでバレたら、カウンセリング室に来なくなる人もいるだろうから。嘘を吐いていたって言って……」
「分かりました」
「ありがとう。別に私たちも嘘を吐きたくて吐いてるんじゃないのよ。本当はね」
三住先生は真剣な顔をしていた。だからこそ、私はこれから口外しようとはしなかった。




