夢見るおまじない
「今日も夢に出てきてください!」
小学6年の時、毎晩寝る前に誰にも聞かれないよう小さな声でお願いしてから寝ていた。
「枕の下に好きな人の写真を挟んで寝ると夢に出てきてくれるらしいよ。」
今、クラスの女子の間で流行っているおまじない。
きっと明日も緊張して話せないと思うから、せめて夢の中くらいは…。
「伊藤友美です。よろしくお願いします。」
5年生の時、父の仕事の都合でこの学校に転校して来た。
ちなみに今回が二度目の転校だ。
実は前の学校ではいじめられていたから、新しい学校では早く友達を作ろうと頑張っていた。
でも、頑張って友達を作るなんて無理。
…何を頑張ったらいいんだろう?
転校生って初めのうちは、物珍しさからみんなに優しくしてもらえる。だけど、ひと月も経つと興味も薄れてそれぞれ元のグループへと戻っていく。
その間にどこかのグループに入れれば一安心なのだが、今回も私は上手く立ち回れなかったらしい。
何人か話の出来る子は出来たけど、学校行事で班を作る時は大体1人になっていた。
今度行く校外学習の班決めの時もそうだった。
「え〜。一人あいてるけど…入る?」
そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃん。
「ごめん!…入れてもらってもいい?」
「まぁ、いいけど。ウチらで決めるから適当に座ってて。」
「わ、わかった。」
めちゃくちゃ気まずい。でも、先生に無理やりどっかに入れられる方が辛いから。
…こんな毎日、楽しくない。
なんで上手くいかないのかな?
もうどうやって新しい環境に馴染めばいいのかよくわからなくなっていた。
そんなある日の体育の授業。
大っ嫌いなドッジボールだった。
最悪…。さっさと当たって外野で時間潰そ。
そう思っていたのに、気づけばあっという間に残りは2人。私と一緒に残ったのはクラスのリーダー的な存在で運動神経が良い優太くん。
ドッジボール嫌だったけど、なんか当たりたくないかも…。私も珍しくここまで残って変な負けず嫌いが発動する。
「あと2人!優太が当たればこっちの勝ちだろ!」
「優太!上手く逃げないと!狙われてるぞー!」
「わかってるよ!絶対負けねぇ。」
優太くんへ集中攻撃。
私は何とか逃げるのが精一杯で役に立たない…。
バシッ!
「うわぁ!優太がやられた!」
「よっしゃー!これで後は転校生だけだぞ!」
名前覚えてよね…。
イラッとした。
「…絶対負けない。」
小さく呟く。
そこからは逃げるだけだった私が粘る。
「何だよ!コイツ全然当たんねぇ!」
「おい!挟み撃ちだ!」
ズシャッ!
足が滑って転んでしまった。
あぁ、やられちゃう!
バシッ!
「やったぁ!俺らの勝ち〜!」
相手チームが喜ぶ声がする。
はぁ。やっぱりドッジボールなんて嫌い…。
転んだ膝に少し血が滲む。
泣きそうになるけど我慢。こんな事で泣かないんだから!
「…大丈夫か?伊藤って根性あるんだな。」
「え?」差し出された手と名前を呼ばれた事に驚き、返事が出来ない。
見上げると優太くんが笑っていた。
「あ、ありがとう。」おずおずと手を伸ばす。
優太くんに立ち上がらせてもらうと、今度は最近話すようになった真由ちゃんに声をかけられた。
「伊藤さん膝から血が出てるよ!保健室行こ!」
「あ、ありがと。」
優しくされて泣きそうになるなんて変なの…。
でも、前の学校じゃ絶対に有り得なかったから。
「先生!伊藤さん怪我しちゃったから、保健室連れて行きまーす!」「はーい。保健委員お願いね!」
…そっか。真由ちゃんは保健委員だったんだ。
そりゃ、声かけてくれるよね。
なんか一人で感激してたのがバカみたいだ。
でも、無視されるよりマシかな…。
そんな事を考えながら、真由ちゃんについて行く。
すると突然、前を歩いていた真由ちゃんが立ち止まり振り返る。
「ねぇ!伊藤さんすごかったねー!」
「え?何が?」急に聞かれてキョトンとしてしまう。
「何がって、さっきのドッジボール!最後まで残ってあんなに頑張るなんてすごいよー!」
真由ちゃんが目をキラキラさせて興奮気味に話す。
「そ、そうかな?ただ逃げてただけで結局負けちゃったし。」私は苦笑いで誤魔化す。
こんな時、調子に乗ると後でロクなことにならないって知ってる。…もうあんなのはイヤ。
「私なんてすぐに当たって外野で見てるだけだもん。いっつもそうなんだぁ。」
「そ、そうなんだ。私も…」と言いかけてやめた。
あまり期待しない方がいい。傷つくだけだから。
「ん?何か言った?」
「ううん。なんでもない。」
「ねぇねぇ。これから友ちゃんって呼んでもいい?」
唐突に真由ちゃんがニコニコしながら聞く。
「えっ?なんで…」
「なんでって迷惑かな?私、前から友達になりたいなぁって思ってたんだけど。」
「友達…?私なんかでいいの?」
「私なんかって!私は友ちゃんがお友達ならいいなって思ったんだよ〜!」
もしかして、ちょっと怒ってる…?
「私、友ちゃんを見てて思ったんだ。この学校に来たばっかりなのに勉強もみんなの名前を覚えるのも頑張ってるなぁって。」
そうだ。私、早く友達を作りたくてみんなの名前を覚えようって頑張ってたんだ。
その為に毎朝、クラスのみんなに挨拶したり声をかけるようにしていた。
「きっと私なら緊張しちゃうし、怖くて出来なかったと思うんだよね。勉強だって前の学校とやり方が違うから大変でしょ?」
嬉しい…もうダメだ。涙、我慢出来ない。
「ありがとう。見ててくれて嬉しいよ。私も真由ちゃん優しいなぁって。友達になりたいなって思ってたよ。」
「じゃあ、今から友達ね!…親友だよ?」
真由ちゃんがニコッと笑いかける。
「…うんっ!」
私は涙でクシャクシャの顔で笑い返した。
その日から真由ちゃんとたくさん過ごした。
ちょっと天然っぽくて可愛い真由ちゃんと友達になれて本当に良かったと思う。
詳しく話してみたら実は家も近所だったので、その日から毎日一緒に登下校して休みの日にもたくさん遊んだ。
あの日、大嫌いなドッジボールを頑張った自分を褒めたい。頑張ってみたら良いことあるんだってわかったから。
その後の学校行事はいつも親友の真由ちゃんと一緒。
クラスのみんなも仲良しコンビって呼ぶくらい!
おかげで楽しい思い出がいっぱい出来た。
この間の校外学習の班。実は真由ちゃんと同じだったから、先生に決められる前に頑張って声かけたんだ。
あの時、勇気出して良かったな。
…そして、あっという間に季節が変わり、4月。
6年生になりクラス替えがあった。
ドキドキしてクラス分けの表を見る。
「私、1組だ。真由ちゃんは…あった!」
「友ちゃーん!同じクラスだねぇ!」
二人で飛び跳ねて喜んだ。
そこへ
「おっす。お前らもまた同じか。よろしくな〜。」
優太くんに声をかけられた。
優太くんの友達の翔くんも一緒だ。
「お!仲良しコンビ!同じで良かったな〜。」
「優太くんと翔くんも同じだね!よろしく〜!」
真由ちゃんが答える。
「私も、よろしく。」私は小さい声で言う。
どうしよう。ドキドキしちゃって顔が見られない。
今思えば、あのドッジボールの日から。
困っていると何となく助けてくれるのが、優太くんと翔くんだった。
なんで優太くんの顔見るとドキドキするんだろ。
真由ちゃんが聞く。
「どうしたの?友ちゃん、顔が真っ赤だよ?」
「ううん!なんでもない!早く行こ。」
それからも楽しい学校生活は続き、前の学校での辛い日々は徐々に記憶から薄れていった。
そんなある日の生活科の授業。
「もうすぐ修学旅行です。今日は班を決めますので、男子と女子2人ずつで4人の班を作ってください。」
教室内がザワつく。
「え〜、男女一緒かぁ。誰がいい?」
「やっぱり優太くん達かなぁ?」
女の子達がコソコソ話す。
「げっ。女子と一緒か。」
「あんまうるさくない女子がいいよなぁ。」
男の子達も周りを見ながら言う。
この時間、嫌いだなぁ。
選ぶのも選ばれるのも好きじゃない。
先生がパンパンッと手を叩く。
「はーい!静かに。きっと決めるのに時間がかかるでしょうから、今回はくじ引きにします。まず、それぞれ2人組を作ってください。」
「え〜っ!?やだぁ!」
「修学旅行なのにくじ引きかよー!」
また教室が騒がしくなる。
「…あらぁ?先生が全部決めてしまってもいいけれど、それでもいいのかしら〜?」
先生がニヤッと笑う。
「い、いやっ!大丈夫です!」
「くじ引きで!な、みんな!」
ドッとみんなが笑う。
私は、このクラスのこんな所が好きだ。
転校してきて本当に良かったと思ってる。
私は真由ちゃんと一緒にくじを引く。
「…7番だ。」
辺りを見渡すと
「おーい。俺ら7番だぞ。」
優太くんと翔くんに呼ばれた。
「…ラッキーセブンだね。」
真由ちゃんがニコッと笑いかける。
「そ、そうだね。」
また私は顔が赤くなってる気がする。
けど、気のせいかな?真由ちゃんも顔が赤い気がする。
…この間、お母さんに相談したんだ。
「お母さん、ちょっと聞きたい事があるんだけど。」
「ん〜?どうしたの?」
洗濯物を一緒に畳みながら聞く。
「あのさ…最近ね、同じクラスの男の子が気になるんだ。」
「え?男の子?そうなんだ。気になるってどんな風に?」
「う〜ん。なんかドキドキして顔が見られないんだけど、私どっか変なのかな?」
「あはははっ。そうかぁ、友美もついにか〜!」
お母さんが嬉しそうに笑う。
「何がついになの〜?わかんないよー!」
「友美ちゃん?それは恋ってやつですよ。」
「もうっ!お母さんなんでニヤっとしてるの!?
って、え?恋?…これが?」
「そ。恋です。好きになっちゃったのね〜。」
「これが好きって事なの?そうなのかなぁ…?まだよくわかんないなぁ。」
「お母さんも友美くらいの時にあったわよ〜?」
「そうなの?」
「そうよ。お年頃ね〜。」
うふふっとお母さんが笑う。
「もう!笑わないでよー!」
「何よ〜恥ずかしがっちゃって!ま、何かあったら聞いてあげるから。頑張りなさいね〜。洗濯物、後よろしくね〜!」
お母さんは、それ以上は聞かずに手をヒラヒラさせてキッチンへ行ってしまった。
…お母さんがあんな事言うからだ。
変に意識しちゃって今まで以上に優太くんの顔が見られないじゃない!
でも、やっぱり同じ班になれたのは凄く嬉しい!
小学校最後にたくさん思い出作りたいなぁ。
私達の修学旅行の行き先は箱根と鎌倉だった。
大仏を見たり、お金を洗うと金運が上がるという神社へ行ったり。
あちこち歩き回って最後にお土産を買いにお店に寄った。
「お土産はやっぱり鳩サブレかなぁ?」
「ねぇねぇ、友ちゃん!お揃いのキーホルダー買おう!」
「いいね!どれにする〜?」
真由ちゃんと可愛い鈴のキーホルダーを買った。
友達とお揃いなんて嬉しいなぁ。
「あ!私、お父さんにお煎餅買ってきてって言われてたんだ!」
「あ。俺もだ。買いに行くか。」優太くんが言う。
ドキドキして顔が赤くなるのがわかる。
「う、うん。一緒に行こ。」
真由ちゃんは翔くんと何やら盛り上がっている。
「まだここでお土産見てるから行ってきて〜!後で集合ね!」真由ちゃんが嬉しそうに言う。
あれ?真由ちゃんいつもよりテンション高いし、何だか顔赤くない?…気のせいかな?
「お〜い。行くぞー。」
「うん。今行く。」
二人で並んで歩く。
特に何か話す事もなくお煎餅屋さんへ向かう。
でも、ふと気づく。
優太くんってもっと歩くの早くなかったっけ…?
もしかして、私が歩くの遅いから合わせてくれてるのかな?
今日1日たくさん歩いて疲れただけできっと私の勘違いかもしれない。
でも、凄く嬉しくて胸の辺りが何だかじんわり暖かくなった気がした。
「お!店あった。伊藤は何頼まれたんだ?」
「え?ウチ?普通に醤油煎餅だけど。」
「俺んちさ、兄ちゃんがいるんだけど辛いの買ってこいって言ってたんだよな。」
「辛いのって唐辛子のやつ?」
「そうそう。どっちが我慢出来るか競争しようとか言ってた。すげぇ辛いの買ってこうかな?」
「優太くん、お兄ちゃんいるんだね。」
「そ。今、中3。結構仲いいんだぜ。」
「そうなんだぁ。いいね。」
羨ましいなぁと思いながら、笑っていると目が合う。
「ん?どうかした?」
「い、いや。何でもない。」
何か顔に付いてたのかな?それか私、変な顔してた?
今度は違うドキドキが…。
それぞれお土産を買い、集合場所へ向かう。
「バスに乗ったらみんなで食おうぜ。」
珍しくイタズラっぽい笑顔で優太くんが言う。
「え?…あ!さっきの辛いやつ!」
「ちょっとだから大丈夫だろ?」
「どうかなぁ?結構辛そうだけど。」
「ま、こういうのも面白いじゃん?」
二人で顔を見合わせて笑う。
あ〜、嬉しいなぁ。帰りたくないな…。
どこかに出かけて帰りたくないって思ったのは初めてかもしれない。本当に楽しかった…。
真由ちゃんと翔くんと合流してバスに乗り込む。
同じ班だから、席も前後で座っている。
バスが動き出ししばらくすると、後ろの優太くんから声をかけられた。
「おい。さっきのアレ、やるぞ!」
「え〜?本当にやるの?」
私達が話していると真由ちゃんと翔くんが話に食いつく。
「なんだ?何の話?」
「さっきのってなぁに?」
「あのね、さっき買いに行ったお煎餅屋さんで買ってきたのをみんなで食べようって、優太くんが。」
「誰が我慢出来るか、競争な。」
またさっきのイタズラっぽい笑顔。…ずるいなぁ。
「うわぁ!真っ赤じゃん!」
「絶対辛いよね?これ食べるの〜?」
「いいからいいから。みんなでせーの!でな。」
「絶対辛いよ〜!」
4人で顔を見合わせて、せーの!で食べる。
「うわっ!からぁい!!」
「これ、ヤバいな!」真由ちゃんと翔くんは涙目だ。
優太くんも涙目になりながら言う。
「辛いな。これは兄ちゃんにも無理だ。」
「ゴホッゴホッ!」
私はあまりの辛さに咳が止まらなくなった。
優太くんが慌てて水をくれる。
「ごめん!大丈夫か?辛いの苦手だったのか。」
「う、うん。…でも、せっかくだから一緒に食べてみたくて。」咳き込みながら答える。
真由ちゃんも背中をさすってくれる。
「大丈夫?もう少しお水飲む?」
「うん。もうちょっと飲みたい…。」
唇までヒリヒリする。
「いいよ!俺は大丈夫だからその水やるよ。」
…え?これ、優太くんの?
一気にドキドキが増す。これはきっと辛いのを食べたせいじゃない!
気にしてないの…かな?
飲みかけを私が飲んでも何とも思わないかな?
一人で心臓の音が大きくなるのを感じる。
「落ち着いたか?」
本当に心配してくれてるのがわかる。
私だけが一人で変にドキドキしていて、いたたまれなくなる。
「うん。もう大丈夫。」
なるべく普通に答える。私、変な顔してないかな?
なんでこんなに意識しちゃうんだろう。
これが好きって事なのかな?
その後は見てきた神社やお土産の話をして、先生が用意したゲームで盛り上がった。
でも結局、みんな歩き疲れていたから寝てしまった。
後ろの優太くん達の席からも静かな寝息が聞こえる。
私はさっきのドキドキが収まらず眠れないでいた。
すると、寝たと思っていた真由ちゃんが急に小さな声で言った。
「ねぇ、友ちゃんって優太くんの事好きでしょ?」
「え!?」思わず大きな声が出る。
「シーッ!みんなに聞こえちゃうよ〜。」
真由ちゃんが嬉しそうに言う。
「最近、見てて思ったの。たぶんそうじゃないかなぁって。」
「う、うん。実はそうなんだ。真由ちゃんしか知らないよ?」
「わかってるよ〜。私も実は、翔くんの事が好きなんだぁ。」
「え?やっぱりそうなんだ!」
「…友ちゃん、気づいてたの?」
「何となくそうなのかなぁって。」
二人でうふふと笑う。
「じゃあ、二人とも最高の修学旅行になったね〜。」
「うん。凄く楽しくて帰りたくなくなっちゃった。」
「あ。そうだ!友ちゃんっておまじないとか信じる方?」
真由ちゃんが急に思い出したように話す。
「おまじない?占いとかも好きだけど。なんで?」
「私も好きなんだ。じゃあ、このおまじない知ってる?」
真由ちゃんが教えてくれた。
夜、寝る時に枕の下へ好きな人の写真を挟んで寝るとその日の夢にその人が出てくるらしいって。
「写真、撮りたくない?」
「それって、優太くんと翔くんの?」
「うん。だって、恥ずかしくて普通の時には撮れないよ〜!」
「それはわかるけど、寝てる所を撮るのってなんか悪い事してる気分…。」
「でも、好きな人の写真欲しいなぁって。ね?」
「うん。欲しい…。」
そーっと周りを見てみる。
みんな寝てる。
「みんな、寝てるね。」
「うん。チャンスかな?」
「…撮ってみる?」
「撮ってみよっか。」
フラッシュが光らないよう気をつけて、シートの陰からインスタントカメラで写真を撮る。
撮った後のジリッジリッというフィルムを巻き取る音が大きく聞こえてドキドキする…。
お願いだから誰も起きないで〜!
次は真由ちゃんの番。
私の時と同じ位置から撮影する。
無事に撮り終わって二人でホッと息を吐く。
緊張してあんまり呼吸してなかったのかな?
心臓がドクンドクンと脈打っているのがわかるほど。
二人で顔を見合わせて頷く。
「二人の秘密だね。」「うん。」
その日はドキドキし過ぎて、どうやって家へ帰って眠ったのかあまり覚えていない。
でも、最高に楽しかったのは間違いないかな?
修学旅行から帰った翌日。
今日は土曜日で学校が半日。
午後から近所の写真屋さんへカメラを現像に出しに行った。
「出来るの明日かぁ。楽しみだな。」
上手く撮れているのか写真が出来上がらないとわからない。
でも、私はこの待っている時間も好きだった。
なんだか、ちゃんと撮れたかどうかの答え合わせをするみたいでドキドキする。
次の日、出来上がった写真を取りに行った。
今日はこれから真由ちゃんと二人で、写真を見せ合いっこするって約束してる。
「ありがとうございました〜。」
お店を出て真由ちゃんの家へ向かう。
急いで向かっていると、自転車のカゴで写真の入った袋が跳ねる。
「わぁ!落とさないようにしなくっちゃ!」
はやる気持ちを抑えて真由ちゃんの家へ。
ピンポーン…
「こんにちは〜!」
「友ちゃんいらっしゃい。真由は部屋にいるからどうぞ〜。」
真由ちゃんのお母さんって優しいんだよね。
「ありがとうございます。お邪魔しま〜す。」
トントン。ドアをノックする。
「友ちゃん?入っていいよ〜!」
「こんにちは〜。来たよー!」
ニコニコして真由ちゃんが迎えてくれた。
「待ってたよー!写真見たぁ?」
「ううん!まだ。一緒に見ようと思って。」
う〜!ドキドキする〜!
「ちょっと待っててね。」
真由ちゃんが部屋を出て行く。
どうしたんだろ…?
お盆を持って真由ちゃんが戻ってきた。
「途中でママが入ってきたら嫌だからさ。来ないでって言ってきたの。」
「確かに!恥ずかしいもんね。」
「私、翔くんの事まだ友ちゃんにしか話してないからママも知らないんだ。」
「そうなの?ウチは、お母さんだけ知ってるかな?」
「えっ!話したの?」
「ちょっと前に相談したの。こんな風になるとは思ってなくて。」
「そっかぁ。でも友ちゃんのお母さんなら話聞いてくれそうだなぁ。」
「え〜?笑ってからかわれたよー。でも、なんか嬉しそうだったかも。」思い出してクスッと笑う。
「ウチのママはきっとしつこく聞いてくると思うから言わないの!もう少しほっといてくれたらいいのに〜。」
真由ちゃんがブスッとする。
「あははっ。きっと真由ちゃんの事心配なんだよ。」
珍しく変な顔をした真由ちゃんを見て笑う。
「それはわかってるんだけどね〜。」
「まぁまぁ!怒らないの。それより、早く写真見ようよ!」
「そうだね!上手く撮れてるかなぁ。」
ドキドキワクワクしながら写真を袋から取り出して、一枚ずつ写真をめくっていく。
「あっ。あった…。」
その写真はバスの中の写真。
優太くんと翔くんがお互い肩にもたれかかって頭をくっつけて眠ってる写真。
「きゃーっ!何これ〜!!」
真由ちゃんが叫ぶ。
「真由ちゃん!声っ!声が大きいよ〜!」
「あぁ!ごめんっ!つい、大きな声出ちゃった。」
下から真由ちゃんのお母さんが言う。
「どうしたの?なんか虫でも出たの〜?」
「何でもないっ!大丈夫だから〜!」
真由ちゃんが大きめな声で返す。
「あはははっ!真由ちゃん凄い声だったよ〜?」
「だってぇ。こんなの見たら叫んじゃうよぅ。」
「私、真由ちゃんの声にビックリして声出なかった!」
ケラケラ笑う私を見て、真由ちゃんも笑う。
「あはははは!あ〜、勇気出して撮って良かったねぇ。」
「うん。優太くん達には悪いけど、写真撮って良かった。」
この写真は二人の宝物だと思った。
その後、他の写真も見ながら盛り上がっていると、ふと真由ちゃんがニヤリとして言う。
「そういえば、辛い煎餅食べた時に優太くんのお水…もらってたねぇ。」
「あっ。…真由ちゃん気づいてたの…?」
「気づくよ〜!あーっ!て思ってた。」笑いながら真由ちゃんが言う。
私は思い出さないようにしてたのに、急に顔が赤くなるのがわかる。
「最初飲んだ時は何とも思わなかったんだけどね。」
「気づいちゃったらドキドキするよねぇ。」
ふふふっと二人で笑う。
「あの日、写真も撮ったしドキドキしすぎてどうやって寝たのか覚えてないよ。」
「私も〜!なんか…凄い一日だったよね。」
こんな風に好きな人の事を話したり、お互いに応援出来るっていいな。
たくさん話して何だか胸がいっぱいになりながら、その日は家に帰った。
その日の夜。
写真屋さんで貰ったアルバムに入れた写真を見て一人ニヤニヤする。
「はぁ。カッコいいなぁ。」
何度も見ちゃう。
そうだ!あのおまじない。
これを枕の下に挟むんだっけ?本当に夢に出てくるのかなぁ?シワシワになったらどうしよう…?
でも、やっぱり夢で会えたら嬉しい。
やってみよう。お母さん達にバレないようにしなくちゃ!
「夢に出てきてください。」
小さな声でお願いする。
ドキドキしながら布団に入って目をつぶる。
なんだか、いつもよりフワフワした気分で眠った。
次の日の朝。
ガバッと飛び起きる。
「…夢に出てきた。本当だったんだ!」
たぶん、たまたまだと思う。
でも、初めてやってみたおまじないで本当に夢が見られたら信じてしまう。
それから毎晩、寝る前にお願いしてから布団に入るのが私の日課になった。
もちろん、夢が見られない日も多い。
けれど、普段から緊張して話もろくに出来ない私は、それだけでこの恋を頑張る力をもらっていた。
その日以降も特に優太くんとは進展はなく、冬休みもあっという間に終わった。
そろそろ卒業が近づいてきていたある日。
帰り道、真由ちゃんに聞かれる。
「もうすぐバレンタインデーだけど、優太くんにチョコあげるの?」
「バレンタイン?チョコあげるって事は、告白するって事…だよね?」
バレンタインデーの事は知ってる。
好きな人にチョコレートをあげて、告白する日だって。
実は、お母さんに昨日聞かれたばかりだった。
「友美は、例の気になる子にチョコあげたりしないの?」
「え〜?チョコってなんで?」
「え!?あんたバレンタインデー知らないの?」
「へ?バレンタインデーって?」
その後、お母さんが教えてくれた。
「真由ちゃんは?翔くんにあげるの?」
「…うん。頑張ってみようかと思ってるんだ。」
「そうなんだ。頑張ってね!」
「友ちゃんは?」
「う〜ん。どうしようか迷ってる。ドキドキして話せないし、恥ずかしいな…。」
「そっか。でも、中学生になっても同じ学校だからチャンスはまだあるもんね。」
「うん。」
その日の昼休み。
「おい!優太が卒業したら引っ越しするらしいぞ!」
「えっ!そうなの?」
クラスの子達が話してる声が聞こえた。
「え…優太くん、引っ越しするの…?」
「友ちゃん!今のって。」
「うん。でも、どこに引っ越すのかわからないし。」
「そうだよね。遠くに行くのかなぁ…?」
胸がギュッと痛くなる。
もう会えなくなるの…?
昼休みに外でサッカーをしてた優太くんと翔くんが教室に戻ってきた。
みんなが詰め寄る。
「おい!優太!お前、引っ越しするって本当か?」
「嘘だよね?中学も同じでしょ?」
「そんなの嫌だ!」
みんなが口々に言う。
「なんだ。みんなもう知っちゃったのか。」
担任の先生が廊下で他の先生と話してるのを誰かが聞いてきたらしい。
「本当だよ。卒業したら別の県へ引っ越すんだ。」
「じゃあ、中学も別々って事か?」
「まぁ、そうなるな。まだ時間あるしあと少し仲良くしてくれよ。」優太くんが寂しそうに笑う。
翔くんはもう知っていたようで、同じく寂しそうに優太くんを見つめている。
「なんだよ!そんなの当たり前だろ!あと少しとか言うなよ!」
「え〜!!優太くんやっぱり転校しちゃうの〜?」
「寂しい!やだぁ!」
教室の中がざわつく。
「友ちゃん…。優太くん遠くに引っ越すって。」
「うん。…どうしよう。」
泣くのを堪えるのが精一杯で何も考えられない。
5時間目の授業は何も入って来なかった…。
その帰り。
真由ちゃんとトボトボ歩く。
「友ちゃんさ、やっぱり告白した方がいいと思う。」
「…うん。そうだよね。」
「そうだよ!ちゃんと気持ち伝えないでお別れなんてダメだよ!絶対後悔すると思う。」
「…もう、会えなくなるなんて思ってなかった。」
我慢していたけど、涙が溢れる。
「さよならなんて嫌だよ…。」
「友ちゃん。」
真由ちゃんが抱きしめてくれる。
「嫌だよ…いやだぁ。」
こんな辛い現実を受け入れられず、声を出して泣いた。
公園のベンチに座り、真由ちゃんと手を繋いで話す。
「落ち着いてきた。ありがと。」
「良かった。でも、目赤くなっちゃったね。」
「大丈夫だよ。今、お母さんしか家にいないから。」
「そっか。友ちゃんのお母さんならきっとまた相談にのってくれるよ。」
「そうかな?やめときなって言うかも。」
「そんな事ない。絶対味方になってくれるよ。」
「うん。…家に帰って話してみるね。」
「そうだね。」
真由ちゃんに「また明日ね。」と言い、家へ向かう。
「ただいまぁ。」
なるべくいつも通りに言う。
「おかえりー。」
お母さんと目が合った。
「どうしたの?…何かあった?」
…やっぱりすぐバレた。
「まず、手洗いうがいして、鞄置いていらっしゃい。ね?」
「うん。」
ランドセルを部屋に片付けてリビングへ行く。
お母さんがココアを入れて待っててくれた。
「寒かったでしょ?これ飲んで暖まりなさい。」
何も聞かないんだ…。ちょっと安心した。
一口飲む。
ココアの香りと甘さが口いっぱいに広がる。
ホッとしたと同時にまた涙が溢れてきた。
お母さんが隣に座り、そっと頭を撫でてくれる。
「何か辛い事があったんじゃない?お母さんに話してみない?」
「…うん。」
泣きながら、私は今日あった事を話した。
優太くんが引っ越していなくなる事。
真由ちゃんと帰り道で泣いた事。
お母さんは背中に手を当てながら最後まで黙って聞いてくれていた。
「そう。そんな事があったの。辛かったね。真由ちゃんが一緒にいてくれて良かった。」
「うん。」
「ねぇ、友美はどうしたい?」
「…やっぱり何も伝えないでお別れするの、嫌だ。」
「そっか。そうだね。じゃあ、泣くのはこれでおしまいにしましょ。頑張るって決めたなら最後まで頑張りなさい。お母さん応援するから。」
「え?いいの?」
「なんで?応援するでしょう!」
お母さんは驚いたように言う。
「やめなさいって言われると思ってた。」
「言わないわよ〜。お母さんにだって友美みたいに好きな子がいて悩んだ事あるもの。頑張れっ!」
お母さんがニッコリ笑いかける。
何だか頑張れそうな気がしてきた。
バレンタインまであと少し。
次の休みの日にお母さんとチョコを買いに行く。
「優太くんは何か好きな物とかないの?」
お母さんに聞かれて考える。
「うーん。サッカーかな?クラブに入ってるし毎日練習してるから。」
「そっか。じゃあ、サッカーボールの形のチョコは?」
この間お母さんに優太くんの話をしてから相談に乗ってもらっていた。
手作りは難しいし初めてだからお母さんと一緒に選ぶことにした。
お母さんは作り方を教えてくれるって言ってくれたけど上手に作る自信がない。
せっかくあげるならちゃんとしたのをあげたかった。
たぶん、優太くんにあげるのはこれが最初で最後だから…。
「これは?」
「うーん。」
バレンタインデーのコーナーは赤やピンクなどカラフルな包装紙でそこだけキラキラして見えた。
「あっ。これいいかも…。」
たくさんサッカーボールの形のチョコが入った箱。
値段もそんなに高くないし、これならいいかな?
たくさん見て回った中でこれが一番いいかも。
今回のチョコは、貯めていたお小遣いを使って自分で買う事にしていた。そうじゃないとダメな気がして。
赤い包装紙でラッピングされたチョコレートを大事に抱えて家へ帰る。
今から渡す時の事を考えて緊張してしまう。
月曜日、学校が終わったら渡そう。
上手く渡せるかな…。
バレンタインデー当日の朝、真由ちゃんと学校へ行く時にチョコを渡すつもりだと伝えた。
「そっか!チョコ渡すんだね。頑張ってね!」
「うん。上手く話せるかわかんないけど、でもちゃんと気持ち伝えようと思う。」
「私も今日渡そうと思って持ってきたの。」
「翔くんに?」
「うん。貰ってくれるかな…?」
「大丈夫だよ!頑張ってね!」
二人で手を繋いで歩く。
何だか勇気が湧いてくる気がした。
頑張ろう。頑張ってみよう!
そして、その日の放課後。
クラブへ向かう優太くんを呼び止める。
「あ、あの!優太くん!」
「お?どうした?」
「ちょっと話があるんだけどいい?」
「う、うん。」
優太くんも何かを察したようだ。
「向こうで話すか。」
「うん。」
緊張で心臓が口から出そう…自分の心臓の音しか聞こえない。
ドクンッドクンッ
「あ、あのね、急にごめんね。」
「あ〜。…うん。」
「…わ、私!ずっと、優太くんの事が…す、好きでしたっ!これ、良かったら貰ってもらえないかな…?」
バッとチョコを差し出す。
優太くんはちょっと困った顔をして笑った。
「あ、ありがとう。貰うわ。」
それだけ言うと
「…じゃあ、俺クラブあるから。」
と走って行ってしまった。
「はぁ〜。」
ため息をついてその場にへたり込む。
とりあえず受け取ってもらえた…。
やっぱり返事なんてもらえないよね。
もしかして、困らせちゃったかな?
明日、どんな顔してればいいのか不安…。
でも、いらないって断られなくて良かった。
美味しく食べてくれたらいいな。
その後、真由ちゃんと帰る予定だったけど、告白成功したみたい!
「良かったぁ!真由ちゃん良かったね!」
「ありがとう!友ちゃんは?」
「…うん。受け取ってくれたよ?返事はわかんない。」
「…そっか。」
「私はいいから、気にしないで翔くんと帰って!せっかく両思いになれたんだよ?」
真由ちゃんは少し気まずそうにしていた。
「大丈夫だから!ね?また明日、話聞かせてね!」
私は笑顔で二人を見送った。
物凄く久しぶりに一人で帰る。
前はいつも一人だったけど、どうやって帰ってたっけ?
何だか手持ち無沙汰でソワソワする。
ただ家に帰るだけなのにな。
ふと、嬉しそうな真由ちゃんの顔が浮かぶ。
真由ちゃんの事、本当に嬉しいのになんでこんな複雑な気持ちなのかな?
羨ましい?寂しい?
ふと、私はダメだろうな…と頭をよぎる。
いや、そんな事を考えるのはやめよう。
私が気持ちを伝えたくて渡したんだから、後はなるようにしかならない。家に帰ってお母さんに話してもきっと同じ事を言われるだろうと思った。
少し気持ちを整理したくて近所の公園に寄る。
簡単に登れる木があって、いつも登っては一番大きな枝に座るのが好きだった。
高台にあるその公園の木の上からは、街が夕焼けに染まって綺麗に見えていた。
風が冷んやりしていて、モヤモヤしていた気持ちが少し収まった気がする。
よし。大丈夫!普通の顔で帰れる。
「ただいま〜。」
「おかえり。遅かったね。」
お母さんが心配そうな顔で迎えてくれた。
「ふふっ。なんでそんな顔してるの?」
私は何だか可笑しくて笑ってしまった。
「だって!お母さん、一日中ソワソワしてたのよ!
…で、どうだったの?」
「うん。受け取ってもらえたよ。」
「…それだけ?」
「それだけ。」
「…そう。貰ってくれたのね。」
お母さんは拍子抜けしたのか、変な顔をしている。
「ふふっ。また変な顔。」
私はまたお母さんをみて吹き出す。
「なんでそんなあっさりしてるの〜!」
「あっさりじゃないよ?帰り道で気持ち整理してから帰ってきたの。」
今度はお母さん、泣きそうな顔で私を見る。
「どうしてお母さんが泣きそうなの?」
「だって、頑張ったんだなって…」
「やだぁ!お母さんが泣いてどうするの!」
涙目のまま、二人で笑う。
改めて思う。私はちゃんと愛されてるんだな。
こんなに大切にされてるんだ。
私、お母さんの子どもで本当に良かった。
「返事はわかんない。でもいらないって言われなかったし、きちんと気持ち言えたから。」
「そっか。頑張った!偉かったよ〜!」
お母さんは優しく微笑み、頭を撫でてくれた。
「よーしっ!今日は友美の好きな物作っちゃう!晩ご飯、何食べたい?」
「いいの!?やったぁ。じゃあ、お母さんの唐揚げが食べたいな。」
「オッケー!張り切ってたくさん作っちゃう!」
「…お母さん。」
「ん?なぁに?」
「ありがとう。」
お母さんはまた泣きそうな顔で笑う。
「どういたしまして!」
次の日。
ドキドキしながら教室へ入る。
「おはよう。」
私は勇気を出して優太くんに挨拶した。
「お、おう。…おはよ。」
良かった。普通に挨拶出来た!
ちょっと気まずそうな顔はしてたけど、私は何もなかったかのようにいつも通りに過ごした。
ずっとドキドキしてたけど、いざ伝えてしまったら何だか凄くスッキリした気分だ。
優太くんの気持ちが気にならないと言ったら嘘になるけど、私にやれる事はもうやったから。
気づけば卒業まであと1ヶ月。
みんなとこうしていられるのもあと少しなんだなぁ。
それ以降は、卒業式の練習や卒業制作などやる事がたくさんあって、色々な事に追われる内にあっという間に過ぎていった。
そして、明日は卒業式。
真由ちゃんとの帰り道。
「今日でこうやって二人で帰るのはおしまいかぁ。」
「え〜?中学に行っても一緒でしょ?」
「うん。そうなんだけど、こうしてランドセル背負って二人で歩くのは最後だなぁって。」
「そっか。そうだよね。」
「私、真由ちゃんと友達になれて良かった!」
「えへへ。嬉しい!私も友ちゃんと仲良くなれて本当に良かったよ!」
二人で顔を見合わせて笑う。
いよいよ、明日は卒業式。
明日で優太くんとはお別れなんだ。
ふいにキュッと胸が痛くなる。
考えちゃったら涙が出そうだからなるべく考えないように過ごしていた。
でも、本当に明日で最後なんだ。
その日の夜。
今日でこのおまじないも最後にする。
告白した時に決めていたんだ。
どんな結果になるか何となくわかっていたから、毎日続けたこのおまじないを今日までにするって。
「夢に出てきてください!」
写真を抱きしめお願いする。
そして、そっと枕の下へ挟む。
これをしてもしなくても、きっと夢にはあまり関係ない気はしていた。
でも、私なりのこの恋へのケジメだ。
結局、その日の夢に優太くんが出る事はなかった。
けれど、夢の中の私は笑顔だった。
きっとこれでいいんだと思う。
私が初めて頑張れた恋。
優太くんを好きになれて良かったな。
卒業式当日。
無事に式を終えて、クラスのみんなとお別れをする。
ほとんどの人は中学でも一緒だから、明るく「またね!」って感じだった。
でも、やっぱり優太くんの周りは写真を一緒に撮りたい子達で溢れていた。
「優太くん!元気でね。」
「寂しいけど、私達の事忘れないでね。」
みんな泣いている。
私はみんなみたいに近づけない。
「どうしよう。最後にちゃんと挨拶したかったのに。」
グズグズしてる間に優太くんが行ってしまった。
私は、泣くのを堪えながら昇降口へ向かう。
お母さんが「本当にいいの?後悔しない?」と声をかけてくれた。
「うん。だって、どこにいるかわかんなくなっちゃったから。」涙目になりながら答える。
靴を履き、校門へ向かう。
この学校には、校門の横に大きな桜の木がある。
卒業式に合わせたかのように満開になった桜の木の下で空を見上げる。
青く高い空にヒラヒラと舞う綺麗な花びらを見ていると涙がこぼれ落ちてきてしまう。
この涙は卒業の寂しさだけじゃない。
「ねぇ、友美。落ち着いたらお母さんと写真撮らない?」お母さんが声をかけてくれる。
「うん。…少し待ってね。」
「うん。いくらでも待つわよ。」
お母さんが微笑む。
その時、
「おい!伊藤!」
優太くんが私を呼びながらこちらへ走ってくる。
「優太くん!?」
私は慌てて涙を拭う。
「ハァハァ。良かった…まだいた。」
「ど、どうしたの!?」
「いや、最後にちゃんと話さなきゃいけないと思って。」
「え?話…?」
「その前に、これ!この間のお返し。」
優太くんが小さな紙袋を差し出す。
ピンクの可愛い紙袋。そっと受け取る。
「あ、ありがとう。」
…不思議。さっきまであんなに悲しかったのに、嘘みたいにすっごく幸せ。
「ごめん。あの時、ちゃんと話さなきゃいけなかったのに。」
「…ううん。いきなりでビックリしたでしょ?」
「うん。ビックリした。でも、嫌だった訳じゃないんだ。…むしろ、嬉しかった。」
「えっ?」
最後、小さくてよく聞こえなかった。
「だ、だから!お前の気持ち、嬉しかったんだ!」
「そうなんだ。…良かった!困らせちゃったんじゃないかなって思ってたから。」
「そんな事ない。でも、俺引っ越しちゃうからさ。」
ズキっと胸が痛む。
「…そうだね。」
「俺!…俺も伊藤の事、前からいいなって思ってたんだ。引っ越して伊藤と離れるって思ったら、なんかすげぇ寂しくて。これがたぶん好きって事なんだと思う。」
自然とまだ涙が溢れる。今度は嬉しい涙だ。
「…嬉しい。ありがとう!」
「だから離れちゃうけど、俺と付き合ってもらえないかな…?遠いから大変な事多いと思うけど。」
私はもう声にならなくてたくさん頷く。
深呼吸をして、しっかり優太くんの顔を見る。
「はい!こちらこそお願いします。」
不安げな顔だった優太くんがパァッと顔をほころばせる。
「やったぁ。良かったぁ〜。」
二人で顔を見合わせて笑う。
「ふふ。嬉しいね。」
「へへっ。そうだな。」
すると、いつの間にか出来ていた人だかりに気づく。
「え!みんな見てたの!?」
「うわ〜。めちゃくちゃ恥ずかしい…。」
パチパチと拍手が起こる。
「おめでとう!」
「良かったね〜!」
嬉しいやら恥ずかしいやら、いたたまれない気持ちになりながらもこの幸せな気持ちを噛み締めていた。
どこで見ていたのか、お母さんがそーっと近づいてくる。涙目のままお母さんが言う。
「友美!良かったね!」
「お母さん!ありがとう!」
「はーい!二人とももっと寄って〜!」
「もう少しニッコリしたらいいのにー!」
私と優太くんのお母さんが口々に言う。
「よーし!じゃあ、撮るよー!」
「いち足すいちはー?」
「にー!」
パシャッ!
大好きな桜の木の下で、大好きな優太くんと撮った写真。
私の大切な宝物がまた増えた。
……
「それで、その後どうなったの?」
娘の友香が私に聞く。
「う〜ん。やっぱり上手くは行かなかったわねぇ。」
「え〜!そうなの〜?」
「そうよ〜。今みたいに携帯とかスマホとか無い時代だったからねぇ。」
「えっ!?携帯なかったの!?どうやって連絡してたの?」
「お母さんが子供の頃は、みんな家に電話があってそこにかけたり、あとは文通かしらね。」
「文通って何?」
「え?文通知らないの?」
「知らないよ〜。」
「手紙書いて、ひたすらお返事待ってたのよ。」
「えーっ!めちゃくちゃ大変じゃん!」
「そう。だからやっぱりね。新しい友達が出来たり、中学に入って部活を始めたりしたら段々と連絡が来なくなったのよ。」
「そうなんだ。」
「その彼が引っ越して半年くらいかなぁ。やっぱり無理です。って手紙が来たの。」
「うわぁ。それ、しんどいね。」
「うん。でも、ちゃんと最後に手紙くれたからね。何もしないでほっとく事も出来たと思うけど、きちんと終わりに出来たのは良かったかな?」
「え〜、切ないー!」
「そうね。だから、今の子羨ましいなって思うよ。」
「そっかぁ。すぐ連絡出来るから気になって面倒くさいなって思ってたけど、全然連絡取れないのもツラいんだね。」
「まぁ、今の子には今の子の大変な事情があるんだろうけどね〜。」
「それで、相談って?」
友香はモジモジしている。
「どうしたの?何か話したかったんでしょう?」
「うん。…実はね、私も気になる子がいてさ…。」
「ふふっ。そう。貴方もお年頃ね〜。」
「あっ!笑わないでよ〜!」
「ううん。違うのよ。昔、お母さんもこうやってからかわれたの!」
「え?じゃあ、お婆ちゃんにって事?」
「そうなの。こんな気持ちだったのねぇ。」
「なぁに〜?私にはわかんないよー!」
「まぁ、何かあったら相談に乗るから。ね?」
「うん。…ありがと。」
私の母は、いつも味方でいてくれる人だった。
娘の友香もこれから沢山、悩んだり迷ったりする事だろう。
そんな時、一番の味方でいてあげられたらな。と思う。
お母さん、ありがとう。
「あっ!そうだ。友香、この話知ってる?」
「え?何の話?」
「夜寝る時に枕の下に好きな人の写真を挟んで寝ると夢に出てくるらしいよ。」
「それ!私、知ってる!おまじないでしょ?」
きっと時代が変わっても人を好きになる気持ちには何の変わりもないんだろうな。
あの時、私が経験した恋もこれから娘が経験するかもしれない恋も…。