ボーイズ・ラブってどう思う? ガールズ・ラブってどう思う?
「ボーイズ・ラブってどう思う?」
私は尋ねる。
彼女は答える。
「理解不能かなー」
あらま。
ホモが嫌いな女の子はいません、っていうのは、都市伝説だったのだろうか。
「そっかぁ」
私の質問を受けて彼女は何かを察したように尋ねてくる。
「何。共通の話題を私に求めて、失敗したーみたいな顔してるけど」
ぎくり、とする私。
「あ、いえ、私は別にBLが好きって訳じゃないんだけれど」
大嘘を吐いた。
大好きだ。
「女子だからって皆がBLを嗜むと思うなよー」
彼女はからかうように私に言ってくる。
うう。
思惑を見抜かれて、私は恥じ入る。
まぁ、そりゃあそうだよね。
誰もがボーイズ・ラブを嗜んでいるなんて、空想の中の女の子じゃあないんだから。
私は話題を打ち切って別の話でも、と仕切り直そうとするが、彼女は追及してきた。
「てか、鴨鹿はそういうの、どのくらい好きなの?」
「え、ええっ? いや、だから、好きってわけじゃないよぅ? 何か誤解があるよ、矢襖」
矢襖みのり。
それが彼女の名前。
因みに私は鴨鹿とりい、と言う。
それはさておいて。
「嘘つけー。そんな質問しといて、好きなのはバレバレだぞ」
ううう。
拡げないでよ、傷口を。
「……すみません、告白します、好きです。だからそれ以上は」
その言葉に彼女は少し笑う。
「なんか、そこだけ切り取ると私への告白みたい」
ぎょっとした。
いやいや。
百合のケは私にはないのだぞ。
BLは嗜むが。
……多分(自信を持って『ない』と断言するほどに、私も自分の気持ちを確かだとは言い切れない)。
「鴨鹿ってさ、そもそもボーイズ・ラブのどの辺が好きなの」
最早質問からは逃れられないらしい。
彼女自身は理解不能だと言った割に、偉く追及してくるものだ。
「ええと……お、男の子と男の子の、友情から発展していく、恋愛めいた何か、に、とても、ときめきます」
私はついつい、そんな風に事細かに解説してしまう。
「へー。なるほど、友情から、か」
え、何。
変な事言ったかな?
「いやあ、最初っから男同士が恋愛してるのが好きなのかなーってイメージだったんだけど」
そりゃ、そういう人もいるかも知れない。
でも、私の好きなバランスは、基本的にはまず、男性同士の熱い友情、何なら、友情以前の『喧嘩仲間』とかから変化していくモノが好きなのだ。
過程を踏まえないボーイズ・ラブに、私はときめかない。
「過程ねえ」
彼女は何やら思案するように言う。
「その過程ってさ、具体的にどんな感じで進んでいくの」
具体的な過程を訊きたいですか。
私は困惑しつつも、自分の好きなボーイズ・ラブの例を挙げてあれこれと説明を試みる。
「た、例えばだけど、幼馴染同士の男の子が、昔からライバル意識を持ってるとか。戦場で出会った敵同士だけど、お互いに運命的なモノを感じて、徐々に惹かれ合うとか。そういうの」
具体的な作品名まで挙げるのはなんとなく気恥ずかしくて、私はそんな感じのアウトラインを彼女に説明した。
「へー。なるほど。要するに、特別な関係を少しずつ構築していく、その過程にこそ重きを置くわけだ」
ふんふん、と矢襖は腕組みして考えている。
何なのこれ。
私のBL趣味を、分析して解析されている?
すると彼女は言った。
「でもさ、それって別に男女の恋愛とかでも有り得るよね」
何だ?
私のBL趣味を、否定する流れか、これは?
「違うの! 男女の恋愛は『当たり前』のものでしょう? 『普通』でしょ? そこに背徳感も、非社会性も、幻想的な耽美さもない。男の子同士だからこそ感じられる、特殊な恋の形態だからこそ、熱が入るんだよ」
私は思わず、そんな風に言い募ってしまう。
自分の好きなものを否定はされたくないのだ。
すると彼女は少し驚いたように目を見開いて、それから笑った。
でもその笑いは、嘲笑とかじゃない。
どちらかというと、感心?
「……あはっ、そんなに熱込めて話す鴨鹿、初めて見た。本当に好きなんだね」
私は少し恥ずかしくなり、目を伏せて顔を背ける。
「そりゃまぁ……小学生くらいの頃から、好きなものだからね」
小学生の頃は、そこまであれこれ説明できるほど、カッチリ好きだったわけじゃないけど。
なーんとなく、感じてただけだ。
男同士の友情から生まれる、特別な熱量に。
「年季入ってんねえ。私にはぜーんぜん、理解は出来ないけど」
うう、だったらもう続けないで欲しい。
腐女子の秘めた趣味に共感を覚えてくれるのかと思ったら、羞恥プレイじゃないか。
私がそんな風に思っていると。
彼女は唐突に切り返してきた。
「……じゃあさ、ガールズ・ラブってどう思う?」
話の方向が270度くらい切り替わった気がして、私は困惑した。
「……はい? え、何? 百合の話?」
私は百合は嗜まない。
理解不能とまでは言わないが、ボーイズ・ラブとは違う世界だ。
彼女は、BLの話の時とは全く違う熱量を込めて私に尋ねてくる。
「そう、百合の話。百合もある種、同性愛ってカテゴリでは同じじゃない? だから、その辺どう思うのかなーって」
私は困惑する。
「えと、私はそっちは知らないので」
そうとしか答えられない。
「そっかぁ」
彼女は、少し残念そうにする。
うう、ごめんね、私は百合はホントに良く分からんのだ。
「何ていうかその……女の子同士で関係が閉じるの、私、あんまり好きじゃなくて」
ついつい余計な事を言ってしまう。
「……そうなの?」
彼女が訊いてくるので、私は続ける。
「うん……男同士の奴はあんまり気にならないんだけど、なんていうか、言っててかなり不公平感はあると思うんだけど、女の子同士で『都合よく』恋愛してる感が、妙にムズムズしちゃってね」
なんか、この辺は私の独自の感覚な気がする。
男と男が閉じた世界で愛し合うモノは好きな癖に。
女と女が閉じた世界で愛し合うのには、抵抗を覚えるのだ。
「ふーん……因みにそれ、フィクションの話? 現実でも?」
彼女は妙な質問をしてきた。
「いや、フィクションの話でしかないでしょ。現実……では……」
そこで、はたと気付く。
え?
いや、まさか?
私は彼女の顔を見つめる。
「……現実では、どう?」
……そういう事ですか。
前から、少しだけ感じてはいたんだ。
矢襖の私を見る、熱視線。
それ、恋?
そう思わせるような、特別な感情が込められていること。
「え、えと、あの、その。わ、私はね、現実の百合も、良く分かんない……かな」
矢襖が嫌いなわけじゃないけど。
そんな感情に気付かされて、私は告白めいた彼女の言葉を受け入れるだけの、心の準備は出来ていない。
「そっか。残念」
彼女はそれだけ言うと、話を終わらせる。
私は何故か、少し胸が痛む。
彼女は続けた。
「鴨鹿のBL趣味の話に理解を示そうと思ったのは、まぁ、歓心を買いたいからだよ」
「……そういう事、本人の前で言いますか。強かな感情っていうのは、隠すものでは」
私は呆れ半分、彼女の正直さに驚く。
「殆どフラれてるのに、今更隠すまでもないでしょうよ。でも友達としては続けたい」
彼女はあっさり退いている。
どうやら、これまでにもこういう事があった、って感じなのか、諦めが早い。
「も、勿論だよ。友達としては、矢襖の事は好きだからね」
私はフォローにならないフォローを入れる。
すると彼女は言った。
「ねえ、ボーイズ・ラブの良さってさ、つまり背徳感だって鴨鹿は言ったよね」
話をそこに戻しますか。
「い、言ったけど、それが?」
彼女は、諦めた、と言った癖に、なんと。
「それって、現実の女の子同士では、感じられないかな?」
……私は、正直に言うと。
感じられる、と思ってしまった。
「えと……えっと……」
答えられないでいると、彼女は唇を近づけてくる。
「どう? 私の顔が近付いて、今にもキスされそう、女の子同士なのに」
や、や、やめて、そんな言い方されたら、私の中の背徳を求める心が刺激されてしまう。
「あ、あ、ちょっとタンマ、マジでするの? せ、せめてさ、告白をOKしてからにしない?」
私はストップをかける。
すると彼女はピタリと止まる。
「OKしてくれる可能性があるのかな?」
ニヤッと笑って言う。
「~~~~~っ」
謀られた。
い、今すぐは無理。
「まぁ、私は気長に待つし、OKしてくれなくても良いよ。こうして鴨鹿を誘惑して、困惑させるのが、楽しい」
そんな明け透けな、悪びれもしない事を彼女は言う。
「何よそれぇ! 私はドキドキさせられ損じゃないかー! 自分だけ楽しそうでズルい!」
私はぷんぷんと怒る。
でも、私のこの態度が、ある意味もう答えになっている気がしてならない。
そうか。
フィクションのBL好きの私は、現実の百合に、ドキドキしてしまうのか。
なんたる脳のバグだろう。
けれど、私は少しだけ期待してしまう。
その先に、どんな甘酸っぱい恋が待ち構えているのか。
私の、新たな性癖の萌芽を、感じていた。
(終わり)
ども0024です。
即席で百合小説を書きました。
百合書きたいバイオリズムの活性化がヤバいっすね。
今回はBLを嗜むノンケ女子と、それに共感は出来ないが理解は示そうと頑張る百合女子という感じ。
ノンケと言いつつ彼女も百合に堕ちかけている辺りが、将来の百合っプルを想像させるところで終わらせました。
名前の由来は矢 (負い) 鴨、から。分離して矢襖と鴨鹿としました。
短い話ですが、僕自身の性癖を書き綴って楽しかったです。
ではでは、また次回作で。




