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コウカイ

 シルビア・ロックイートはつまらなそうな顔で、シャンパンのグラスを片手にパーティ会場で目的も無く佇んでいた。




 庶民の生まれで片親。

 シルビアは、そんな底辺からのスタートで始まった人生に悲観していた。


 元は貴族の屋敷で働いていた事もあると言う母親は、スラムに近い場末の酒場で客を取り、稼いだ日銭も殆どを酒に費やす様な人だった。


 自分もその内、母親と同じように端金で体を売らされ、惨めに死んで行くのだろうと漠然と考えていた。


 転機が訪れたのは母親が死んだ時だ。

 酒か、はたまた性病でも貰ったのか、原因は分からないが、母親は体調を崩すと呆気なく死んでしまった。


 これからは自分で金を稼ぐしか無い。

 今までは酒場の給仕や簡単な手伝いで小銭を稼ぐ程度だったが、それではとても生きて行く事は出来なかった。


 生きる為には、母親と同じ様に体を売るしか無い。


 母親に客を斡旋していた酒場の女主人に仲介を頼もうと出向いた時、そこではこの辺りの人間とはまるで違う上等な服を身に着けた男が女主人と話していた。


 シルビアが見ている前で男と女主人が何事かを話した後、男はシルビアに話しかけて来た。


 曰く、男はさる貴族様に仕える執事である。

 曰く、母親はその貴族様の屋敷でメイドとして働いていた。

 曰く、その貴族様がシルビアの父親である。


 そして、執事を名乗るこの男は、貴族様の庶子であるシルビアを迎えに来たのだと言う。


 正直『何を今更』と思わなくも無い。

 しかし、このまま此処で母親と同じ運命を辿るよりはマシだろうとシルビアは執事について行く事に決めた、


 連れて行かれたのは見た事もない程の大きな屋敷だった。


 今にして思えば所詮は下級貴族。

 貴族街ですら無い場所に構えられたこの屋敷よりも大きくて立派な屋敷などいくらでも有る。

 しかし、貧民として生きてきたシルビアにとって、初めて見た貴族の屋敷は、噂に聞く王宮ではないのか、と思うほど立派に見えたのだ。


 そこでシルビアは初めて自分の父親と対面した。


 シルビアは少しだけ期待していた。

 何かの事情があり、離れ離れになっていたが、父親は母親を愛しており、自分を助ける為に探してくれていたのではないか、と。


 しかし、父親に会い、それは幻想だった事を知る。


 父親だと言う、でっぷりと腹の出たロックイート男爵は、好色を絵に描いたような笑みを浮かべながらシルビアをジロジロと見た後、メイドに何やら指示を出してすぐに部屋を出て行った。


 その後、最低限の教育を詰め込まれたシルビアは貴族の通う学園へと入れられた。


 入学までの僅かな間に知った事は、ロックイート男爵家が借金で破産寸前である事。

 母譲りで器量の良いシルビアは、学園卒業後、羽振りの良い商人の後妻だか、第何夫人だかになるらしいと言う事だった。


 なんて事はない。

 借金でクビが回らなくなったロックイート男爵は、昔捨てた娘を売り払う事を思いついただけだったのだ。


『貴族も平民も変わらないな』


 その事実を知ったシルビアが思ったのはそれだけだった。


 商人に嫁がされても貧民街で春を売るよりかはずっとマシだ。

 そう思ったシルビアはロックイート男爵に言われるままに学園へ入学した。


 そこでシルビアの運命は、再び大きく動く事になる。


 あのキラキラした王子様と、温室でぬくぬくと育った癖に全てを知っているかの様に振る舞うイケすかない女との出会いだ。


 色々と有ったが、結果あの女は捨てられ、シルビアは王太子の婚約者へと収まった。

 まさに人生大逆転だ。


 これでシルビアは幸福になる筈だった。

 それなのに…………。


 あれだけ優秀だった筈の王子様は、仕事から逃げ回り、臣下からも陰口を囁かれる様になった。

 いつも自分を気に掛け、遊びに連れ出してくれたのに、今では仕事や勉強でまともに構っても貰えない。


 シルビアは学は無いが馬鹿でも無い。

 未だに事実を認められず、逆恨みを続ける王太子と違い、フリードが優秀な王太子でいられたのは、あの女、エリザベート・レイストンのお陰だったと、既に気付いていた。




 シルビアは殆ど飲んでいないシャンパンを近くの給仕に渡すと、早々にパーティ会場を出る。

 王城に用意された自室へと帰るつもりだ。


「…………これで良かったのよね」


 シルビアは自分に言い聞かせる様に呟く。

 自分でも気付かない心の奥で、シルビアの後悔は続いていた。




 ◇◆☆◆◇




 潮風が髪を撫でる感触を楽しみながら彩暁は大海原を進んでいた。


 大型の交易船を貸し切り目的地へと真っ直ぐ進んでいる。


「おい、嬢ちゃ……じゃなかった、彩暁(アデル)様。

 そろそろ風が冷たくなるから船室に戻れ……お戻り下さい」


 話しづらそうに声を掛けて来た(グェン)に、彩暁は吹き出しそうになりながら返事をする。


「ぷっ!くっく。阮船長、そんな無理な言葉を使わなくて良いよ。

 今まで立場を隠していたのはボクなんだから」

「い、いや、でもよぉ、彩暁……様は帝室の関係者なんだろ?」

「関係者と言っても末端だよ。

 ボクの母上は皇帝陛下の従妹だけどね。

 でもボクは異国の血を引いているから帝位継承権は無いよ。その内、宮を出て行く人間さ」


 だから今まで通りの話し方で良いと言う彩暁に阮は諦めた様に肩の力を抜いた。


「しかし驚いたぜ。宮廷から呼び出されたと思ったら彩暁の嬢ちゃんを運べだなんて」

「突然ごめんね。

 急な話で動かせる船が無かったんだ」

「まぁ、俺たちは十分な報酬を貰うから良いけどよ」


 彩暁を呼びに行った筈の阮が戻らない為、猫蓮が船室から出て話し込む2人に近づいた。


「彩暁様、阮船長、そろそろ中に……」


 そんな猫蓮(マオレン)の声を遮る様に帆の上の見張りが鐘を打ち鳴らした。


「敵襲!敵襲!3時の方向!海竜(シーサーペント)だ!」


 悲鳴の様なその叫びに、船室に居た船員達も飛び出して来る。


 見張りが示した方角を見ると、遠くの波間に巨大な蛇の様な姿が垣間見える。


 海竜と呼ばれる竜種だ。

 ランクとしては火竜(ファイアドレイク)などと同じ中位竜種と呼ばれる魔物だが、海に生息している都合、他の同ランクの魔物よりも遥かに厄介な存在である。


「くそ!なんだって海竜が!」


 阮が苦虫を噛み潰した様な顔で吐き捨てる。

 しかし、すぐに覚悟を決めると、指示を飛ばす。

 海竜は既に此方を獲物として認識しているのか、真っ直ぐ向かって来ている。


「砲を用意しろ!術師は防御を!風術が使える奴は帆に風を送れ!」


 大声で指示を出した阮は1人の若い船員を呼び止める。

 若いが優秀で阮が特別目掛けている船員だ。


「おい!お前は彩暁の嬢ちゃんと猫蓮ちゃんを連れて小舟で逃げろ!」

「え⁉︎し、しかし、船長!」

「黙れ!反論は許さん!俺達が時間を稼ぐ!なんとしても2人を逃がせ!」


 躊躇う船員に怒鳴る阮を止めたのは、異国の雰囲気を纏った少女だった。


「まぁまぁ、阮船長、此処はボクに任せてよ」

「はぁ⁉︎こんな時に何を言ってやがる!」

「良いから、良いから。猫蓮、ちょっと行ってくるね」

「お止めしても行かれるのでしょう?」

「うん、ボクも阮船長達にはまだ死んで欲しくないからね」

「では、ご武運を」

「お、おい!」


 なお止めようとする阮を無視して彩暁は船の縁から身を躍らせた。


「な⁉︎」


 船から海に落ちる間に彩暁は魔力を凝縮させる。


「神器【風華(フェンファ)】」


 渦巻く様な魔力の奔流が彩暁に集まり物質化する。


 それは羽織りだった。

 艶やかな花と風を図案化した美しい羽織りだった。


「【風歩】」


 彩暁の足下に集まったのは風の塊。

 それを踏み、彩暁は飛び上がる。

 強化された身体能力で風を蹴るのと同時に、集めた風を突風として体を吹き飛ばす。


 それを数度繰り返した彩暁は瞬く間に海竜の頭上へとやって来た。


 彩暁から放たれる強大な魔力に反応したのか、海竜は首をもたげると、人間とは比べ物にならない魔力によって口から水流を放つ。


水息吹(ウォーターブレス)】と呼ばれる強力な攻撃だ。


 彩暁は右腕を天へと振り上げる。

 全ての指を揃えて、真っ直ぐに。

 羽織りが旗めき彩暁の手刀に巻き付く様に風が這う。


「【風華:旋風(ふうか:つむじかぜ)】」


 彩暁の手刀と共に振り下ろされた風の刃は、水息吹を切り裂き、海竜の鱗を深く斬りつける。


「【風華:颪(ふうか:おろし)】」


 再び風を蹴り、怯んだ海竜のすぐ側を駆け抜けながら両手に纏った風を薙ぐ。


 一瞬の静寂の後、海竜の首が落ち、海に血の赤が広がった。


「悪いね、海竜君」


 海竜が死んだ事を確認した彩暁は猫蓮や阮が待つ船へと戻って行くのだった。


 こうして彩暁の航海は続いていた。

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(・ω・)ノシ


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