ケイケン
野盗の男は考えていた。
たまたま見つけた美味しい獲物。
女ばかりの一団に喜び勇んで襲い掛かったら、恐ろしい斬れ味の剣を持つ女と、奴隷の魔法刻印がある癖に俺達よりも遥かに上等な服を着た獣人族のガキに30人も居た仲間が次々に殺されて行ったのだ。
女共は徹底していた。
背を見せて逃げ出そうとする奴には馬車の御者をしていた女が投擲したナイフが突き刺さり、逃げ出す事を許さなかった。
結局、武器を捨てて投降したが、女の指示で俺以外は奴隷のガキに殺された。
そして残った俺なのだが、何故か捨てた武器を手渡され、ガキと戦えと言われた。
見たところ、人族で成人すらしていないだろう子供だ。
杖を持っている事から魔法使いなのだろう。
口振りから、このガキは女の弟子か何かで、俺と戦わせて実戦経験を積まそうとしているのだろう。
女は口では殺しても良いとか言っているが、そんな事をすれば逆上して殺されるかも知れない。
ならば俺が生き残るには、なるべくガキに手傷を負わせない様に勝つ事か。
俺は剣を振りかぶって踏み出した。
◇◆☆◆◇
野盗が剣を振りかぶってルノアに斬りかかった。
ルノアは緊張している様だが、パニックになっている様子はない。
ミレイは周囲を警戒しており、ミーシャは心配そうにルノアを見ている。
私も取り敢えずは静観する。
「撃ち抜け【風弾】」
ルノアは野盗の剣を避けると、詠唱を省略した短文詠唱で魔法を放つ。
簡易的な詠唱によるイメージの為か、多少威力が落ちるが、ルノアの魔法は野盗の体に命中する。
「ぐぅ!!」
威力が落ちているとは言え、【風弾】を受ければ思いっきり殴られたくらいの衝撃を受ける筈だ。
顔を歪める野盗だが、痛みを堪えて無理やり剣を振る。
バックステップで野盗の剣を避けたルノアは続けて魔法を放つ。
「ぐぁ!」
続けて打ち出された【風弾】の中に【風刃】が混ぜられており、【風弾】なら我慢すれば耐えられると思った野盗は腕を大きく切り裂かれてしまった。
ルノアは出血で剣が下がった瞬間を見逃さず、距離を詰めると風を纏った拳を野盗に叩き込む。
【風掌】と言う魔法だが、無詠唱で使った為、威力が極端に落ちている。
本来の威力なら野盗の身体はボロ雑巾の様になっていた筈だが、ルノアの【風掌】を受けた野盗は吹き飛ばされて背中から大木に叩きつけられただけだ。
「がぁぐぅう……」
野盗は打ちどころが悪かった様で、呻くだけで動けずにいた。それを見たルノアはチラリとこちらに視線を遣る。
しかし、私は何も反応をしなかった。
それを見たルノアは改めて気合を入れ直し、警戒しながら野盗へと近づく。
「はぁ、はぁ、ま、待って……待ってくれ!」
野盗はルノアから逃げる様に後退りながら命乞いを始めた。
折れたのか、片足が不自然な方に曲がり立ち上がる事は出来ていない。
「もう2度とこんな事はしない!衛兵に出頭する!だから、だから命だけは助けてくれ!」
「…………」
「頼む!嬢ちゃん!お嬢さん!死にたくない、死にたくない!!」
「…………荒野を走る疾風 荒ぶる風を束ねて剣を打つ【風刃】!」
丁寧に詠唱された【風刃】は野盗の肩から脇腹を両断した。
「げふ……た、た、すけ……」
野盗がルノアに向かって手を伸ばすが、その手は直ぐに地に落ちた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
その光景を息も荒く見ていたルノアに近づいた私はゆっくりと頭を撫でる。
「よくやったわ、ルノア」
「エ、エリー会長……」
「貴女のおかげでこの街道も少し綺麗になった。野盗なんかはゴミと同じよ。魔物でない分、ゴブリンよりもタチが悪い。
貴女は正しい事をしたわ」
「は、はい」
「今日は御者の練習は良いから休みなさい」
私はミーシャを付き添わせてルノアを馬車で休ませ、自分は御者台のミレイの横に座った。
「やはりルノアにはまだ早かったのでは有りませんか?」
「いつかはやらなければいけない事よ。
しばらくはショックでしょうけど、自分の中で折り合いをつけられれば大丈夫よ。
でも旅の間は気に掛けてあげて頂戴」
「はい」
一段、壁を乗り越えたルノアを乗せて、私達はレブリック伯爵領へと急ぐのだった。
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(・ω・)ノシ