アンヤク
「くふふ……ようやく俺にも運が回って来た」
ハルドリア王国の王都にあるファンネル商会の商館の商会長室で最高級のワインを飲むコルトは笑いが堪えられなかった。
「フリード殿下に帝国金貨を偽造しろと言われた時にはどうなる事かと思ったが、追加で用意してくれた金でどうにか形になったな」
「クックック、でも旦那、あんなに金を掛けて偽金を作っても儲けなんて無いだろ?
なんだって王子様はそんな事をしたんだ?」
コルトの正面、向かい合って酒を飲むのは、大柄で暴力的な雰囲気を隠そうともしない男だった。
男の名はバアル。
帝国金貨の偽造が形になった後、自分の身を守る為に側に置く様になった男だ。
「フリード殿下は別に利益の為に帝国金貨を偽造させた訳じゃない。
偽金を流通させて帝国金貨の信用を貶すのが目的なのさ」
「はぁ、信用?」
バアルはよく分からないとばかりに首を傾げる。
「今、この中央大陸では多くの国々がそれぞれ金貨や銀貨を作っているが、その中でも信用がある、つまり価値があるのは帝国金貨と王国金貨だ。
この2つの国の金は多くの国で両替なしでそのまま使う事が出来る。
その内、帝国金貨の信用が落ちるという事は、王国金貨がこの大陸の経済の中心になると言う事だ。
そうなれば帝国の経済は大打撃を受け、王国の経済は大陸中を席捲する事になる。
その功績はフリード殿下にとってとてつもなく大きな物になるだろう」
「ふ〜ん、よく分からん」
「まぁ、別にお前が理解する必要は無い。
俺の身を守ってくれればそれで良い」
「ガッハッハ!任せろ、誰が来てもぶっ殺してやるよ」
◇◆☆◆◇
上等な椅子に腰掛けている男の前に傅き首を垂れる女がいた。
『蠍』と呼ばれる女だ。
右肩から先の腕は無く、傷が完全に癒えてはいないのか、顔色も悪い。
男が蠍に発言を許可すると、蠍は額が床に着くほど深々と頭を下げる。
「申し訳有りません、殿下。
与えられた任務を果たせなかった咎はこの命を以て償う所存です」
「ふふ、頭を上げなさい。
君は十分に役目を果たしてくれたよ」
「ですが……女商人どころか、同行していたシスターに敗れ……」
蠍は悔しさに奥歯を噛み砕かんとばかりに噛み締めた。
「構わん、そんな者が側に居た事を知る事が出来たからな。
それもまた面白い。
やはり、あの女商人、エリー・レイス……いや、エリザベート・レイストンこそが俺が探し求めていた女なのかも知れん」
男は機嫌良さげに笑う。
「そういう事でお前は気にする必要は無い。
退がって休め。支配下の魔物も殆ど失ったのだろう?」
「面目有りません」
「気にするな。また用意してやる。
それからその腕もな。後で魔導義肢の職人を寄越す」
「殿下の御慈悲、痛み入ります」
蠍が退室した後、男は上機嫌で酒を呷った。
「烏」
「はい、殿下」
部屋の隅の暗がりから滲み出る様に現れたのは娼婦の様な扇情的な服装に黒いベールで顔を隠した女だった。
「面白くなって来たな。蠍の腕を切ったとか言う、大鎌の神器を使うシスターとはあいつだろ?」
「ティルダニア・ノーチラス。
『代行者』ティルダニアですね」
「ああ、まさかこんな大物が現れるとはな」
「刺客を放ちますか?」
「いや、まだ教会と事を構えるには早い。
それに、あの無能王子が無い知恵を絞って面白そうな事を始めた様だからな」
男はいつの間にか手の中で帝国金貨を玩んでいた。
「…………干渉しますか?」
「監視だけで良い。それよりも第五研究所の件はどうなった?」
「逃げ出した実験体はほぼ始末しました。
しかし、数体が国境を越えた様です。
現在『百足』『蜘蛛』『梟』に追わせています」
「追撃はいらん、戻せ」
「しかし、あの実験体が他国に渡れば……」
「構わん。あのキングポイズンスライムの様に変異種として処理されるだろう。
もし何かに気づかれるなら、それはそれで面白い」
「ですが逃げ出した中には……」
「放っておけ、所詮は失敗作だ」
「御意」
男に頭を下げた烏は現れた時と同じ様に、影に溶け込む様に姿を消した。
「……さぁ見せて貰うよ、エリザベート・レイストン。
君が本物の『イブ』に成れるのかどうか」
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(・ω・)ノシ




