情報と驚愕
「い、いらっしゃいませ、本日はどのようなご用でしょうか?」
額から小さな角が生えた魔族の受付嬢が頬を引き攣らせながら尋ねた。
「依頼でダンジョンに潜りたい。
ダンジョンの情報を用意してくれ」
エルザは先程の騒動などまるで無かったかのように落ち着いてギルドカードを差し出した。
「お願いしま〜す」
怒っていたユウも機嫌を直し同じくギルドカードを出す。
「⁉︎」
2人のギルドカードを見た受付嬢が目を見開き、息を呑む。
「どうした?」
「い、いえ!失礼しました!」
慌てて居住まいを正した受付嬢が、チラチラとこちらを見てくる。
ん、私か?
「私は冒険者じゃないわ、ただの商人よ」
「そ、そうでしたか、すみません」
「あ、依頼人から手紙も預かっています」
ユウが懐から手紙を取り出して、引き攣った笑みを浮かべる受付嬢に手渡した。
「っ⁉︎」
手紙を手に固まる受付嬢。
当然か。
チラリと見えたけど、あの手紙の封蝋は帝室の紋章だ。
普通なら懐から取り出してポンと手渡したりするような物ではない。
「も、申し訳ありませんが、わ、私では対応できませんので、応接室でお待ちください。
直ぐに上の者に取り次ぎ致します」
受付嬢に案内された応接室は冒険者ギルドのイメージには合わない上等な家具や調度品で整えられていた。
「こんな部屋あったんだな」
「帝都の冒険者ギルドにもありますよ」
「そうなのか?」
「貴族の依頼人なんかの対応をするための部屋でしょうね」
「ああ、なるほどな」
少しの間の後、ノックと共に初老の男が部屋に入ってきた。
既に全盛期を終えたことは明らかだが、それでもその体が十全に鍛え上げられていることは一目で理解できる。
「待たせたな。ドルドの町の冒険者ギルド、ギルドマスターのブレンだ。
オーキスト殿下からの手紙は読ませてもらった。
コレがダンジョンの資料だ」
貴族のような迂遠な挨拶などは抜きに単刀直入に本題に入る。
その辺りも冒険者流なのだろう。
エルザがブレンから受け取った資料を机に広げながら尋ねる。
「それで、エマヤ鉱石の鉱床の情報はあるのか?」
「ああ、あの鉱石は大した需要はないからな。それにダンジョンで採れる鉱石はミスリルやオリハルコンなどの希少金属以外はあまり人気がないからな」
「人気がない?」
「薬草や魔物素材に比べたら鉱石は重いからな。単価の高い一部の金属以外はあまり採取されないんだ」
「そういうものなのね」
確かに持ち帰れる素材の量には限界がある。
わざわざ重い鉱石を採取する冒険者は少ないのだろう。
「魔物はそう変わった奴は出ないみたいですね」
「そうだな。少々、アンデッドが多いくらいか」
「そうだな。だが最近アンデッド系の魔物が増えているようだ」
「ほう?」
その後も冒険者の2人を中心に、ギルドマスターからダンジョンの情報を聞き出すのだった。
◇◆☆◆◇
今日もいつもと同じ1日になるはずだった。
朝の忙しい時間を無難にやり過ごし、午後の仕事を終えた冒険者達の手続きもなんとかこなした頃、早上がりの先輩を送り出した私は、1人で受付の対応を任されていた。
とは言え、これくらいの時間ならそこまで忙しくはない。
そもそも。ここドルドの町はダンジョンのすぐ側にある町なので、依頼も採取依頼や護衛依頼が殆どだ。
今日も日帰りの冒険者は既に戻っており、精算を済ませてギルドに併設された酒場で打ち上げと称して騒いでいる。
いつもと同じ1日だ。
ギィ、と扉を軋ませ、新たな人物が冒険者ギルドへ入ってきた。
珍しい黒髪に黒目の12歳ほどの少女、如何にも冒険者風の赤髪の若い女性、所作の端々に育ちの良さが垣間見える銀髪の女性。
こんな田舎には似つかわしくない華やかな3人組だ。
依頼人かとも思ったが、黒髪の少女と赤髪の女性は慣れた様子で受付へと向かってくる。
もう1人の銀髪の女性は物珍しそうにギルド内を見回していた。
銀髪の女性が依頼人で赤髪の女性が護衛の冒険者、黒髪の少女は冒険者見習いってところか……。
私がそう考えていた時、酒場の方から酔った冒険者が2人、3人組へ絡みだした。
不味い。
あの2人はこの町ではトップクラスのBランク冒険者だ。
腕は良いのだけれど、酒癖と女癖が悪いのでギルドの女性職員や女性冒険者に嫌われている。
他所から来た冒険者や如何にも良いとこのお嬢さんな感じの女性と揉め事を起こされるのは良くない。
私は急いで裏に回ると、元冒険者の男性職員を呼んで表へ戻った。
男性職員が仲裁に入ろうとした時、女性達に絡んでいた熊獣人の冒険者が突然拳を振り上げた。
「……っ!」
私は悲鳴を上げそうになるが、それよりも早く、目の前の大柄な熊獣人の冒険者が銀髪の女性の華奢な拳で吹き飛ばされていった。
「え?」
私が目を丸くしていると、今度は黒髪の少女がもう1人の冒険者を床に叩き付けた。
床は砕け、男の上半身は床下に消える。
「…………うそ」
このギルドの建物はダンジョンの2階層で採れるトレントの木材を魔法で強化した素材で建てられている。
そこいらの石材より余程丈夫なはずだ。
少なくとも少女の腕力でどうこうなる物ではない。
3人組は唖然とする周囲を無視して受付へ……私の方へとやってくる。
当然か。
今は受付には私しか居ないのだから。
「い、いらっしゃいませ、本日はどのようなご用でしょうか?」
「依頼でダンジョンに潜りたい。
ダンジョンの情報を用意してくれ」
赤髪の女性がそう言いながらギルドカードを差し出す。
冒険者としてはごく普通の行動だ。
「お願いしま〜す」
次いで黒髪の少女も同じくギルドカードを受付台に置いた。
「⁉︎」
私は2人のギルドカードを見て息が止まりそうになった。
そのギルドカードに記されたギルドランクはA。
赤髪の女性だけではなく、黒髪の少女も同じくAランクだった。
それだけではない。
2人の名前の欄には非常に有名な名前が刻まれていた。
『ユウカ・クスノキ』
『エルザ・アーチフィールド』
2人とも異名持ちの冒険者だ。
「どうした?」
「い、いえ!失礼しました!」
ダンジョンが近いとは言え、このドルドの町は田舎だ。
ダンジョンも30階層しかない小さな物。
迷宮都市のように幾つものダンジョンや200階層を超える大迷宮があるわけではない。
つまり、この町にAランクという高ランク冒険者など滅多に現れない。
緊張するなと言うのは無理な話だ。
私はもう1人の銀髪の女性に視線を向ける。
彼女も高ランク冒険者なのだろうか?
それならばあの熊獣人を軽々とあしらったのにも納得が行く。
「私は冒険者じゃないわ、ただの商人よ」
「そ、そうでしたか、すみません」
商人?嘘でしょ?
「あ、依頼人から手紙も預かっています」
オロオロとする私に黒髪の少女……漆黒のユウカが手紙を差し出してきた。
反射的に受け取った私は再び驚愕する。
手紙の封蝋に刻まれた紋章が目に入ったからだ。
コレは帝室の紋章。
どう考えても大事だ。
「も、申し訳ありませんが、わ、私では対応できませんので、応接室でお待ちください。
直ぐに上の者に取り次ぎ致します」
私は3人を応接室(貴族に対応するための一番良い部屋だ)に案内した後、大急ぎでギルドマスターの執務室へ向かうのだった。
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(・ω・)ノシ