亡命者
王都の北門に一台の馬車が姿を見せていた。
華美では無いがよく見れば高級な素材を使用している上等な馬車であり、それを牽く馬も一級品である。
「止まれ!」
北門を守る兵士達が馬車を止める。
本来なら簡単な検閲が行われるのだが、御者が取り出した書状を兵士達に手渡すと兵士達が慌てて居住まいを正した。
「ユ、ユーティア帝国大使レブリック子爵様で有りましたか⁉︎失礼致しました!」
その後御者と2、3言葉を交わした兵士達は直ぐ様門を開けて馬車を送り出した。
馬車の窓に掛けられたカーテンの隙間から小さくなる王都を見ていた私は、静かに座るミレイに身を寄せて正面のルーカス様に向き直った。
「流石、帝国大使ですわね。
私1人ではこうも簡単に王都を出る事など出来ませんわ」
「ふふ、ご冗談を。
エリザベート嬢はこうして見事王都を脱して見せたでは有りませんか。
……我々を利用して」
ルーカス様は苦笑いを浮かべてそう言った。
うん、皮肉ですね。
「それにしても少々護衛の方が少ないのでは?」
あからさまな話題の逸らし方だがルーカス様は乗ってくれる。
「仕方ないのですよ。
当家は子爵家としては大きな方ですが、そこまで強い力を持っていないのです。
数を揃えようと思えば質が伴わず、質を上げようとすれば数が揃わない。
頭の痛い話ですよ」
「つまり彼らは数を犠牲にして集めた腕利きという訳ですか」
ルーカス様の護衛はたったの5人。
全員が騎馬で馬車と並走している。
一国の代表の護衛としては明らかに少ない。
「その通りです。
戦力的にも弱い者を20人連れるより強者が5人居る方が頼もしいですからね…………維持費も安く済みますし」
「はぁ……しかし帝国の使者として国命で来ているのですから護衛くらい帝国軍や騎士団から出して貰えないのですか?」
「それが出して貰えないのですよ」
ルーカス様は深い溜息を吐き出しながら頭痛を堪える様に頭を押さえた。
「私は元々領地を持たない法衣貴族で、最近になって突然陞爵して領地を与えられたのです」
そこまで聞けば簡単な話だ。
「つまり若く御し易いルーカス様を王国に対する盾として配置され、ついでに面倒な王国の相手を丸投げされたと言う事ですか」
「ははは、ハッキリと言いますね。
まぁ、その通りなのですが」
私の歯に衣着せぬ物言いを咎める事もなくルーカス様は苦笑いを浮かべる。
「確かに面倒で危険な役割ではありますが、上手くやれば上の評価を得られるポジションでもあります。
私の代では難しいですが子供の代になれば伯爵も夢ではありませんよ」
ルーカス様は僅かに微笑んだ。
それから数日掛けて緩衝地帯の荒野を抜け、帝国の最南端に位置するレブリック子爵領の領都へ到着した。
道中に出た魔物は5人の護衛達によって速やかに討伐された。
ルーカス様が言う様に彼らは中々の実力者の様だ。
領都の門を抜けた馬車は大通りを真っ直ぐに進み、街の中心に有る子爵邸へと向かって行く。
騎馬に先導され大通りを行く馬車に向けられる民の視線には、敬意や感謝の意が感じられる。
「随分と人気がありますわね」
「これでも善政を敷いている自信がありますからね」
ルーカス様はどこか誇らしげに微笑む。
今の私からすると眩し過ぎる光景ね。
「それにとても活気のある街ですね」
活力に満ちた人々を見てミレイも感心の声を上げる。
「それに異種族の方も多いですわね」
街の人々の半分程は人間種だが、もう半分はエルフやドワーフ、獣人や小人などの亜人種の方々だ。
王都では住人の殆どが人間種であり、異種族は住民権を持たない冒険者や傭兵ばかりだった。
「ユーティア帝国は多民族国家ですからね。
多くの国や民族を傘下に収める過程で他の種族の文化を尊重する土台が出来たのですよ。
それに我が子爵領は帝国では辺境に当たりますからね。
小さいですが近くにダンジョンもありますし冒険者も多く居ます」
なるほど。
一応王国も亜人種の人権を認めてる多民族国家ではありますが、元々は人族至上主義の国家だった為、人々の心の奥には亜人種への差別意識もまだまだ残っている。
多くの種族の文化を内包する帝国と長い歴史の中で文化が固定されて来た王国。
そう言った面を見れば帝国は王国よりも発展の伸び代があるのでしょう。
そんな事を話していると子爵邸に到着し、部屋に案内される。
「取り敢えずこの部屋を使って下さい」
「ありがとうございます。ルーカス様」
久しぶりに上等なベッドで休んだ翌日、私とルーカス様は机を挟んで座っていた。
「さて、それでエリザベート嬢。これからどうするおつもりなのですか?」
「そうですわね。先ずは地盤を固めます。
その為にルーカス様にお願いしたい事が幾つか」
「お聞きしましょう」
ルーカス様は執事に紅茶のお代わりを頼み、私もお茶菓子として出されたクッキーを口にする。
「先ずはこの街で商いをする許可を頂きたいですわ。
帝国での地盤を固める為にも、力を蓄える為にもお金を稼がなければなりません」
「ああ、エリザベート嬢が王国で商会を経営していた事は知っています。
有力な商会が領内にあるのは経済的にも好ましいですから許可は構いませんよ」
「ありがとうございます」
私はルーカス様に頭を下げる。
「次にお願いしたいのはお金ですわ。
何をするにも先立つ物が必要です。
金貨100枚、お貸し頂きたく思います」
「ふむ、金貨ですか」
ルーカス様は顎に手を当て視線を彷徨わせる。
考え事をする時の彼の癖の様だ。
金貨100枚は決して安い金額ではない。
平民なら数年は慎ましく暮らせる金額だ。
しかしこの街の規模から推測される税収や子爵家の調度品などから考えると、出しても問題ない額だろう。
要は私の様な小娘にそんな大金を預ける価値があるのか、とルーカス様は考えているのだろう。
「こちらを」
私は1枚の書類を差し出す。
「これは魔法契約書……それもかなり高ランクの物ですね」
魔法契約書は契約魔法を利用した契約書だ。
書面に記した契約を魂に刻み込み強制的に遵守させる。
その強制力は魔法契約書のランクに依存しており、《粗悪級》《低級》程度ならば契約に反した時、何となく不快な気分にするのが限界だが、今回私が用意したのは《最高級》の魔法契約書。
これ程のランクの魔法契約書ならば違反の罰則として命を奪う事も可能な代物だ。
「この条件……正気ですか?」
「勿論」
私がルーカス様に渡した魔法契約書の内容は、ルーカス様からお借りしたお金を1年以内に倍以上の金額にして返す。
もし返せなかった場合、私自身を奴隷として売却し、その売却金もしくは奴隷としての私の所有権をルーカス様に渡すと言う物。
ルーカス様は狂人を見る様な目で私を見つめる。
いや、彼の目には正しく私が狂っている様に見えるのでしょう。
「何の問題もありませんわ。
1年後、このテーブルに溢れる程の金貨を積み上げて見せましょう」
◇◆☆◆◇
“あの日、自らの命運を質に入れてなお、揺るぎない自信を持って笑う彼女に私は恐怖を覚えた”
“まるで親と逸れた幼子の様に”
“まるで深く濃い闇を見つけた少年の様に”
“まるでドラゴンの巣穴を覗き込む冒険者の様に”
“まだ成人したばかりの年端も行かない少女が、自分とは全く別の生き物で有るかの様で”
“私は恐怖したのだ”
“しかし私はその恐怖の中にほんの僅かな興奮が眠っている事に気付いていた”
“中央の老獪な貴族達に良い様に使われるだけだった私が、燦然と輝く星々の様な栄光を掴めるのだと”
“理由など無い”
“ただ彼女には、そう感じさせるだけの何かが有ったのだ”
『ハルドリア公国大公』
ルーカス・レブリック・ハルドリアの手記より抜粋
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