協力者
私は目の前で口をあんぐりと開けているユーティア帝国大使ルーカス・レブリック子爵に深々と頭を下げて非礼を詫びた。
姿を偽り、身分を偽り、約束も無く隣国の要人に会いに来たのだ。
場合によっては正体を表した瞬間、斬りかかられても文句は言えない。
なので、彼の頭が正常に働き始める前に話の主導権を確保する。
「お久しぶりですわ、ルーカス様。
レイストン公爵家のエリザベートですわ」
「え、あ、あぁ、お久しぶりです、エリザベート嬢」
「姿を偽って面会を求めた無礼、重ねて謝罪致します。どうかお許しくださいませ」
もう一度しっかりと謝罪しておく。
貴族社会では非を認める事は弱味を見せる事と同義。
もしコレが外交の場であったなら帝国からどんな譲歩を迫られるか分かりません。
なので彼が混乱している内に許しを願う。
そうすれば貴公子として育てられた若い貴族。
申し訳なさそうに気を落とす令嬢に掛ける言葉は決まっている。
「あ、あぁ、その……エリザベート嬢の複雑な事情は少しでは有るが察する事が出来ます。お気になさらずに」
「ルーカス様の寛大なお言葉に感謝致しますわ」
コレで彼は私を『許した』。
何も譲歩を引き出す事なく。
もし彼が老獪な貴族であったなら返答を曖昧に、私の謝罪を横に置き、用件から探りを入れようとしてくるでしょうね。
その点で言えばルーカス様はまだ若く、そして甘い。
一度許した以上、今後『この件』を引き合いに出すのは、貴族的に『みっともない事』になるだろう。
私の頭を下げるだけでマイナスがゼロになるなら安いものだ。
コレから先は国を背負うプライドなど必要ないのだから。
「それで、エリザベート嬢。この様な夜更けにどう言ったご用件でしょう?
いえ、そもそも貴女は幽閉されている筈では?」
少し落ち着きを取り戻して来たルーカス様。
しかし、自分が私に対するカードを1枚無駄に捨てた事にはまだ気付いていませんね。
私は内心を隠しつつ、僅かな微笑みを浮かべて言った。
「はい、実は私を帝国に亡命させて頂きたいのです」
ルーカス様の動きがピタリと止まる。
当然でしょう。
私は公爵家の令嬢、末端の兵士や下級貴族とは訳が違います。
それも私は国政の中核に深く関わっている。
勿論、公にはされていませんが帝国ならその程度は掴んでいるでしょう。
「…………そ、それは……ほ、本気で仰っているのですか?」
「勿論本気ですわ」
「た、確かにあのパーティの場での王太子殿下の行動は……失礼ながら、少々目に余る物でありましょうが、もう直ぐ国王陛下や貴女のお父様である宰相様もお戻りになられる。
そうすれば問題など無いのでは?」
「はい、確かに国王陛下達が戻られれば殿下と件の令嬢との婚約など直ぐ様白紙になり、私との婚約を元に戻すでしょう。
しかし、私はその無責任さが許せないのです。
もう我慢の限界です。
私は国を出て、そしてこの国に報復する事にしたのです」
「報復⁉︎」
「はい。ルーカス様は今城下で私の噂が流されている事はご存知でしょうか?」
「それは……まぁ」
「そんな事までされて、すべて水に流して働け、とは随分と虫の良い話だとは思いませんか?」
「…………………」
「ですから私は報復するのです。
具体的には…………この国を潰します」
「な⁉︎」
ルーカス様は今日何度目かも分からない驚きの声を上げる。
「しかし、そんな事をすれば当然民にも大きな影響を与えますよ。
貴女は今まで民の為に手を尽くして来た。
本当によろしいのですか?」
「はい。直接の恨みを向けるのは殿下や陛下、後は父や大臣達、それとロベルト辺りでしょうか。
確かに民にも大きな影響を与えるでしょう。
もしかしたら取り返しのつかない被害が出るかも知れません」
「…………………」
「ですが…………それが何か問題でしょうか?」
「⁉︎」
「確かに私は貴族として生まれた義務として民の為に働いて来ました。
しかし、私は裏切られた。
そして、もう貴族ではなくなる私に無条件で民を守る義務など有りません。
勿論、積極的に民を傷付けるつもりは有りませんが守るつもりも有りません」
「そう……ですか」
少し引き気味のルーカス様にもう一度問いかける。
「それで、私の亡命を認めて頂けるのでしょうか?」
「それは……」
ルーカス様は顎に手を当て考え込む。
「別に帝国の重鎮として迎えて欲しいと言う訳では有りません。
ルーカス様の領地、レブリック子爵領に匿って頂ければそれで良いのです」
「…………なぜ。なぜ帝国なのですか?
現在は表面上友好的な帝国と王国ですが水面下では牽制し合っている仮想敵国同士。
どうせなら他の属国やそれこそ海の向こうの別大陸の国へ渡った方が動き易いのでは有りませんか?」
「確かに私が帝国で自由に動くのは難しいでしょうね。
ですが、私の目的は逃げる事ではなく、王国に報復する事です」
そこで言葉を切った私は紅茶で喉を潤して続ける。
「ハルドリア王国は強国です。
国王は脳筋ですが、こと戦に関しては天才です。
兵の練度も高く、大臣達をはじめ、上層部は優秀な人間ばかりです。
いくら私でも正面から戦いを挑めば手も足も出ません」
「………………つまり、エリザベート嬢は帝国の戦力を求めている、と?」
ルーカス様の目が細められ、その身に纏う魔力が鋭いトゲの様に変わる。
「⁉︎」
私は咄嗟に戦闘態勢を取ろうとするミレイを片手で制してルーカス様に微笑み掛ける。
「確かに私は帝国を利用しようと考えていますわ。
ですが、それは帝国を道具の様に使い捨てようと言う訳では有りません。
私は王国を潰す。
その過程で手に入る利益『戦果』はすべて帝国に献上致します。
言わばギブ&テイク、私は報復を、帝国は栄光を。
そんなお互いの利になる関係が私の望みです」
「…………随分と聞こえの良い話ですね」
「ええ、ですが事実です。
それに何も帝国兵を動かして王国に戦争を仕掛けようと言う訳では有りませんよ。
私は王国と渡り合う為の力を付けたいのです。
その為には王国と拮抗する程の国力を持つ帝国が最善なのです」
「そうですか」
「それに、私は貴方様に多大な利益をもたらしますわ」
私はルーカス様に満面の笑みを浮かべて見せる。
ルーカス様は魔力を収めると息を吐き出した。
「はぁ、分かりました。
エリザベート嬢の亡命をお手伝いしましょう。
ただし、いきなり帝都へお連れする訳には行きません。
取り敢えずは私の領地にお越し頂きます。
それに暫くは行動範囲に制限を設けさせて頂きますし、監視も付けさせて貰います。
それでよろしいでしょうか?」
「はい、勿論ですわ」
王国の中心人物だった私が帝国で好き勝手に動くのは流石に無理でしょう。
先ずはルーカス様の信用を得る事と力を蓄える事に注力するべきですね。
「よろしくお願い致しますわ。ルーカス様」
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(・ω・)ノシ