辺境からの帰還者①
私が帝都に帰り着いた時には、既にミレイ達義勇軍は帰り着いていた。
「お帰りなさいませ、エリー様」
「ただいま、ミーシャ。ミレイは?」
「ミレイ様は執務室でご不在中の報告書を検めています」
「そう、ありがとう」
ミーシャに軽く左手を振ってミレイが居るという執務室へ向かった。
「ミレイ」
「エリー様!お戻りになられたのですね」
「ええ、そちらは問題無かった?」
「はい、特に何事も無く……エリー様!その腕は⁉︎」
一応隠してはいたのだけれど、やはりミレイには一目で見抜かれてしまったわね。
ミレイは私の右腕を取ると袖を捲り上げた。
「こ、コレは⁉︎」
私の右腕は手首から肘に掛けてドス黒い痣ができていた。
「大丈夫よ、怪我や病気ではないわ」
「ではいったい……」
「コレは神器【色欲の魔導書】を使った代償よ」
「【色欲の魔導書】……私の知らない3つの内の1つですね」
「ええ…………そうね、ミレイには話しておきましょうか」
別にもう隠す必要はないので、私は残りの3つの魔導書のことをミレイに説明した。
「なるほど……それで……」
「ええ、あの騎士モドキに使うには少々勿体ないかとも思ったけど……コレは狼煙になると思ってね」
「狼煙ですか?」
「ええ、そう遠くないうちに王国は私が帝国に居ることに気付くでしょう。
そうなれば本格的にぶつかることになるわ。
初めは裏で静かに、次第に表立って盛大に。
あの騎士モドキには、その始まりの鐘を鳴らす役目をあげたのよ」
「…………承知しました。
取り敢えず腕を隠せるよう、包帯を用意しましょう」
「そうね、結構痛みもあるから無理はできないわね」
◇◆☆◆◇
ハルドリア王国とユーティア帝国の間に存在する荒野、両国の緩衝地帯となっているこの場を、王国の領土に沿うように走る一台の行商人の馬車があった。
荒野で採取される幾つかの魔物素材を仕入れたこの行商人は、この後王都に戻り懇意にしている商会に素材を卸す予定だった。
「⁉︎」
馬車の御者台に座り、手綱を持っていた行商人の男が慌てて馬を停めた。
岩場の側を通りかかった時、岩陰から人影が飛び出してきたのだ。
「おい、どうした⁉︎」
馬車の幌から仲間の行商人が何事かと顔を出す。
男達は2人とも元冒険者であり、腕にも自信がある。
そのため、護衛は雇っていなかった。
もし、野盗の類なら自分達で戦わなければならない。
「い、いや、そいつが急に飛び出してきて……」
御者台の男に言われて前を見れば、ボロボロの鎧を身に着けた青年が街道に倒れ伏していた。
「野盗……ってわけではなさそうだな」
青年は血と泥で汚れてはいるが、野盗にしては身綺麗で、装備も傷付いてはいるが上等な物だ。
「行き倒れか?」
「わからん……おい、にぃちゃん!大丈夫か?」
男達が駆け寄って様子を見てみると、青年は気を失っているが、一応息はあった。
「どうする?」
「どうするってもなぁ……ん?こいつは王都の騎士団の紋章じゃないか?」
「本当だ!ってことはこいつは王都の騎士か?
そういえば属国のサージャス王国が帝国とやり合って潰されたって話だったよな?」
「つまり敗残兵か……」
「仕方ない、王都に運ぶか」
「そうだな。この若さで騎士ってことは良いとこの坊ちゃんだろう。
国の騎士を助けたなら礼金くらい出るだろうしな」
こうして2人の行商人は行き倒れの騎士を王都へ運ぶことにしたのだった。
◇◆☆◆◇
「うぅ……こ、此処は?」
全身の痛みに目を覚ましたロベルトは、重たい瞼を上げて周囲を見回した。
目に入ったのは壁に飾られた剣と、心配そうな女の顔だった。
「ロベルト様!気が付かれたのですね!」
「君……は……」
ロベルトの顔を心配そうに覗き込んだのは見覚えのある顔だった。
ロベルトの生家であるアーティ伯爵家に仕えるメイドの1人で、ロベルトにとって姉のような存在だ。
「うぅ……」
「直ぐにお医者様をお呼びしますので、そのままお待ちください」
メイドはそう言うと、慌てて部屋を出ていった。
「はい、特に問題はありませんな。
怪我の方は治癒魔法と魔法薬で粗方塞がっておりますので、数日安静にして体力を回復させてください」
「……はい、わかりました」
ベッドに腰掛けたロベルトは初老の医者にそう返してはだけていた服を戻す。
部屋を後にする医者と入れ違いに、2人の女性が部屋に入ってきた。
「お兄様!」
その内の1人、少女がロベルトに抱き付いた。
「ロワ」
ロベルトの妹であるロワリーゼである。
先日9歳になったばかりの妹は数ヶ月振りに兄に会えたことが嬉しくて仕方ないようだ。
「ロワ、ロベルトはまだ疲れているのだからはしゃいではいけませんよ」
「母上」
もう1人はロベルトの母であった。
「ロベルト、いったい何があったのですか?
貴方は1人、荒野に倒れていたそうですよ」
「荒野に?」
ロベルトは記憶を辿ろうとするが、頭の中にモヤが掛かったように思い出せない。
だが何かを忘れている気がしてならない。
「僕は……いったい……」
「入るぞ」
考え込むロベルトの思考を遮ったのは、低い男の声と扉を開く音だった。
入室してきたのは鍛え抜かれたがっしりとした体格の男だ。
「目が覚めたのだな、ロベルト」
ハルドリア王国で近衛騎士団長を務めている父、アーネストだった。
アーネストは若い時から国王であるブラートと共に戦場を渡り歩いた猛者である。
「父上」
「この大馬鹿者が!!!」
アーネストはロベルトの前まで来ると、歴戦の傷が残る拳を握り、反応すらできない速度でロベルトの頬を殴り付けた。
妹の悲鳴を聞きながら、ロベルトはベッドから吹き飛ばされ壁に叩きつけられる。
「国王陛下の許可も無く勝手に軍を動かした上、無辜の民に対して略奪に暴行を行うなど言語道断!
あまつさえ、兵を失い、指揮官のみがオメオメと生き延びるなど!恥を知れ!」
「ぼ、僕……自分は……」
「黙れ!我が伯爵家の恥晒しが!
もはや貴様に騎士を名乗る資格など無い、今日付けで貴様を騎士団から除名し、軍の下級兵として編入した!
一兵卒からその根性を叩き直せ!」
それだけ伝えると、アーネストは踵を返して部屋で出ていこうとする。
ドアノブを握ったアーネストは、振り返ることなく告げる。
「ロベルト、騎士として私は貴様のことを恥じている。
だが、父としてコレだけは言っておく。
……………………よく生きて帰った」
そう言うとアーネストはロベルトの方を振り返ることなく去っていった。
それから数日、ロベルトはベッドの上で安静に過ごした。
そしてようやく動いても良いと医者に言われ、部屋の中で軽く体をほぐしていた。
ここ数日、曖昧な記憶を思い出そうとしていたのだが、どうしても思い出せない。
自分は何故、荒野で倒れていたのか、兵達はどうなったのか、何か思い出さなければならないはずなのにどうしても思い出せなかった。
ロベルトは壁に飾られた剣を手に取る。
此処しばらくの間、剣を手にしていなかったからか、とても重く感じる。
「お兄様!」
すると背後から声が掛かった。
「どうした、ロワ?」
ロベルトはゆっくり振り返る。
ロワリーゼは嬉しそうにロベルトへ駆け寄ってくる。
ロベルトも可愛い妹を抱き止めようとして……………………抜き放った剣で妹の胸を貫いた。
「あがぁ!」
「え?」
何が起こったのか分からず、キョトンとするロベルトの顔に、温かい妹の返り血がピシャリと跳ねる。
「え?」
「に、にぃ……さ、ま……」
「え?ロ、ロワ?え?」
「な、んで……?」
ロベルトは妹を見る。
足元に血溜まりを作る妹の小さな体からは無骨な剣が生えており、その柄は確かにロベルトの腕が握っている。
「あ、あ、あぁぁああ!!!!」
これが惨劇の幕開けだった。
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(・ω・)ノシ




