辺境の決着
サージャス王国へ進軍した私達は、小さな砦や街の防衛戦力を物ともせずに快進撃を続け、王都の手前にある街へとやってきていた。
ここまで来ると街を任されている代官なども抵抗が無駄だと判断し、特に抵抗することなく白旗を揚げて私達を街へ招き入れていた。
ルーカス様が、これまで制圧してきた街や村でも無体なことは一切許さなかったことと、帝国に併合した後、恭順を示した者の立場を保証したことも大きい。
そして、私達は臨時の軍事本部と定めた代官の屋敷の一室で顔を突き合わせていた。
「後は王都を制圧するだけですわね」
「ああ、此処まで進軍するのにも大した犠牲も出ていない。
サージャス王国王都の防衛戦力が情報通りなら、最早戦いにもならないだろう」
サージャス王国の国土を此処まで進むまでに、此方には殆ど被害は出ていない。
いくら戦力の低い小国とは言え、此処までの快勝を続けられたのには当然ながら理由がある。
「まぁ、コレに関しては貴方のお陰ですわね。感謝していますわ、ロベルト様」
私は隣に座るロベルトに声を掛けた。
私達が大した被害も出さずに此処まで来られたのは、ロベルトがサージャス王国の軍備などの情報を提供してくれたからに他ならない。
彼はフリードの命令を受けて私達を迎撃するために軍を率いて国境へと向かっていたそうだ。
そして戦場で対峙した際、軍の中に私の姿を見つけた彼は話し合いを申し出てきたのだ。
そこで私達は話し合い、彼はフリードの下を離れて私達と共に来ることを選んだ。
私は未だに迷いを滲ませるロベルトに優しく微笑み掛けた。
「………………自分は……」
「貴方の気持ちは理解できますわ。
一度剣を捧げた主君を裏切る形になるのですから…………ですが、間違っているのはフリード殿下の方なのは明らかですわ。
時に汚名を被ってでも主君の間違いを正すのが忠臣、そして友というものでしょう?」
「エリザベート嬢…………そう……ですね!
今のフリード殿下はやはりおかしい。
殿下に目を覚ましていただかなければ!
そのためなら自分は裏切りの汚名を着せられても構いません」
「ロベルト殿の身の安全と立場については私ができる限り配慮しよう。
ハルドリア王国との交渉次第ではあるが、王国に帰順できる可能性も有るだろう」
「ご配慮、痛み入ります。ルーカス卿」
表情から少しだけ影が晴れたロベルトはルーカス様に感謝を述べた。
「エリザベート嬢」
会議が終わり、充てがわれた部屋に戻ろうとした時だ。
私はロベルトに呼び止められた。
「あら、ロベルト様。どうかされましたか?」
ロベルトは私の側まで歩み寄ると深々と頭を下げる。
「申し訳無かった!」
「ロベルト様?」
「1年前、自分は貴女に対して許されないことをしました。
フリード殿下とシルビア嬢の話を鵜呑みにして、自らの目で確かめることもなく貴女を断じた。
その結果、貴女は国を追われることになってしまい…………」
私はロベルトの肩に手を置いて言葉を遮った。
「もう済んだ話ですわ。
それに私は商人としての生活を楽しんでいるのですのよ?」
「しかし……」
「全てはフリード殿下と友好的な関係を築けなかった私の責任ですわ。
貴方が気にすることはありません」
私はロベルトの腕を取り、両手でその手首を掴んだ。
「ロベルト様はこうしてご自身の立場を捨ててまで正義を成そうとされているではありませんか。
貴方の決断が……貴方の剣が、多くの人々の命を守るのです。
ですから……自信を持ってください」
「エリザベート嬢…………」
「それと、今の私はエリー。
エリー・レイスですわ」
僅かに頬を染めたロベルトに、私は別れ際に悪戯っぽく言って、自分の部屋へと戻るのだった。
◇◆☆◆◇
サージャス王国の王城を中心として広がる王都は、普段の活気が嘘のように静まり返っていた。
王都の民は皆、家に篭り鎧戸を閉めて息を潜めている。
その理由というのは、王都の防壁の外に展開している帝国の軍勢であった。
帝国との間で発生した紛争で、援軍に来たハルドリア王国の兵が帝国の民を虐殺したことで、帝国は報復としてサージャス王国に進軍してきたのだという話は、既に王都の人々の知るところとなっていた。
もっとも、それはエリーが人を使って広めさせた話だ。
更に言うと帝国軍は規律正しく、抵抗さえしなければ決して民間人に手を出すことは無いという話も広がっている。
そのため、王都の人々はこの嵐が過ぎ去るのを身を小さくして堪えようとしていた。
そしてサージャス王国の王城、王座の間でも深刻な顔をした人々が重い雰囲気の中、顔を突き合わせていた。
「もはやこれまで……か」
「抵抗は無意味でしょうな」
「フリード殿下はどうした?」
「あの腰抜け王子なら数日前にハルドリア王国の騎士団が連れ戻しに来ましたよ」
「おい!口を慎め!フリード殿下に対して無礼だぞ!」
「構うものか!ハルドリア王国は我らを見捨てたのだぞ?
王子を連れ戻しに来た騎士団が持ってきた書状を見ただろう。
“この紛争はサージャス王国が起こしたことなのだから自分達で解決しろ、ハルドリア王国を巻き込むな。
迷惑を掛ければ武力行使も辞さない”だぞ?
今更、あの国に何を義理立てする必要がある」
サージャス王国の重臣達は何処か投げやりになりながらこの事態を収めるための方策を探っていた。
「静まれ」
「「「「…………」」」」
言い争いになりそうだった重臣達を諌めたのは、王座に腰を下ろす男だった。
疲れ切った様子の男は、それでも威厳を纏った声音で告げる。
サージャス王国の国王、ザントラ・サージャスである。
「帝国に降るしかあるまい。
此度の戦の顛末を帝国に話し許しを乞う。
報告によれば帝国軍は民に無体を働くことは無いとのことだ。
どうにか民の生活だけは守れるように交渉するしかない」
「しかし、陛下!
ハルドリアの兵の仕業とは言え、帝国は村人を虐殺されております。
帝国に恭順を示したところで帝国軍が大人しく引くとは思えません」
「それに関しては私に考えがある。
お前達は帝国に政権を移譲するための用意をしておきなさい」
「しかし……」
「これは王命だ」
「…………御意」
ザントラは重臣達を仕事に送り出した王座の間で、腹心達と共に残った息子に声を掛けた。
「グリントよ、メリアとサーシャはどうしておる?」
「母上達は既に王都を脱出して避難しております」
グリントが母と妹を少しでも安全な場所へ逃したことを聞いたザントラは、その疲れた顔に僅かに安堵を浮かべた。
「そうか」
「はい」
「ワシは愚かな王であったな」
「……そのようなことは……」
「よい」
否定しようとした近衛騎士団長の言葉を遮りザントラは自嘲する。
「自分で分かっておる。
これ程の混乱を国に齎しておいて自らが賢王であったなど、口が裂けても言えん」
「陛下……」
「さて、グリント。分かっておるな」
「………………はい陛下……父上」
「うむ。お前にこのような苦を押し付けてしまう父を許せ」
王座の間には重苦しい空気が充満する。
ザントラはそんな空気の中、何処か解放されたような穏やかな表情で懐から短剣を取り出した。
「これが愚かなワシにできる最後の仕事だ」
誰にともなく呟くとザントラはその短剣を自らの胸へと突き立てた。
一歩前に出ようとする近衛騎士団長を片手で制したグリントは、まだ僅かに息のある父に歩み寄ると、腰の剣を抜き放ち、涙を流しながらその首を斬り落とした。
「グリント殿下……いえ、グリント国王陛下。御命令を」
「…………王城に白旗を掲げよ。
これより帝国と和平交渉を行う」
グリントの言葉に、近衛騎士団長を筆頭に、その場にいた腹心達は一斉に跪いて答えた。
「「「御意」」」
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