訪問者
逃走当日、私は結構住み慣れてきた地下牢で身支度を整えていた。
衛兵には既に催眠を掛けている。
「【氷人形】」
魔法を使い椅子に私の姿を模した氷の人形を作り出す。
それなりの魔力を込めたので触れられなければ10日は持つだろう。
3日後、国王や公爵達が帰城するまではバレる事はないだろう。
「あ、コレを忘れる所でしたわ」
私は首に嵌められている魔力封じの枷を外し【氷人形】に着けておく。
フリードが私の魔法を封じるつもりで着けられた物だけれど、残念ながら私には効かない。
そもそもこの魔力封じの枷を作ったのは私なのだ。
この城の地下にある禁書庫に納められた古文書を解析して復元した古代の魔法具である。
当然、自分がつけられる可能性も想定して私の魔力を込めれば機能が停止する様に設計段階で細工をしている。
「さて、行きましょう。ミレイ」
「はい」
私はミレイと連れ立って地下牢を抜け出した。
【催眠】で衛兵から聞き出した話によると、私の牢の鍵はフリードが持ち去ったらしいが、魔法さえ使えれば氷で合鍵を作るなんて簡単だ。
牢に鍵をかけ直し、地下牢を後にする。
衛兵の【催眠】は少しすれば解ける。
地下牢を出た私とミレイは地上に向かう階段を上り廊下へと続く扉の前までやって来た。
此処まで来るのも1ヶ月ぶりか。
胸中にフリードに対する怒りがゾワゾワと蠢くのを感じる。
あの一件以来、私は自分の感情を自覚しやすくなった気がする。
ミレイに言わせれば、感情が豊かになった様に見えるらしい。
「ミレイ」
「はい【幻影】」
ミレイは光属性の魔法適性を持っている。
【幻影】は光を操り姿を偽ったり、消したり出来る光属性魔法だ。
「行きましょう」
姿を消した私達は悠々と王城を通り抜け、簡単に城外へと脱出するのだった。
◇◆☆◆◇
ルーカス・レブリックは本国へ提出する報告書を書き上げ、ペンを置くと目頭を押さえてギュッと強く目を閉じだ。
そうやって疲労感を誤魔化しながら紅茶で喉を潤した。
「はぁ、コレでようやく帝国に帰れるな」
ルーカスは現在、子爵家の当主として隣国であるハルドリア王国へ大使として派遣されていた。
ルーカスの祖国であるユーティア帝国は、まだ建国から100年程と言う若い国ではあるが、周辺諸国を属国として傘下に収めながら瞬く間に勢力を拡大して行った強国である。
正面からまともに戦える程の国力を有する国などこの大陸ではハルドリア王国くらいなものだろう。
その王国とも5年前の大きな戦争が痛み分けに終わり、現在では(少なくとも表向きは)友好国として交流している。
ルーカスは前当主である父が事故で急逝した事で、16と言う若さで領地を持たない法衣男爵家を継ぐ事になった経緯を持つ男である。
そして20歳を少し過ぎた頃、突然皇帝に呼び出され、『日頃の働きに対する褒美』と言う取ってつけた様な理由で、子爵への陞爵と王国との国境近くに子爵としては例外的に大きな領地を与えられた。
こう聞けば若き貴族の栄達話に聞こえなくも無いが、その実情は緊張感の続く王国に対する壁役として、若く大した後ろ盾も無い自分が据え置かれただけに過ぎない事はルーカスにも理解出来ていた。
今回の仕事は帝国大使としてハルドリア王国の建国記念パーティに出席する事だった。
緩衝地帯の荒野を馬車の揺れで尻を痛め付けながら通り抜け、6日をかけて王都に到着したルーカスは、パーティの一角でいけ好かない王国貴族と和かに談笑を交わす。
間に飛び交うのは知的で学術的且つ、美しく芸術的に装飾された貴族言葉であるが、内容は子供の喧嘩と変わらない様な悪口と嫌味の応酬である。
父の様な誇りある貴族になる、そんな理想を抱いていた事もある。
しかし、貴族家の当主となった今、やっている事と言えばご機嫌伺いや口喧嘩である。
ルーカスがつまらない仕事に溜息をそっと吐き出した時、パーティ会場の中心から騒ぎが起こった。
なんと、王国の王太子が婚約者である公爵家の令嬢を糾弾し、何処の馬の骨とも知れない男爵令嬢と婚約すると言い出したのだ。
(おいおい、バカなのかあの王子は?
こんな公の場であんな醜態を晒すなんて)
ルーカスの目に映るだけでも王国貴族以外の招待客が王子に嘲笑や軽視の視線を向けているのがよく分かる。
その後も公爵令嬢が王子をフォローしようとするが、聞く耳を持たない王子は衛兵に婚約者を連行させた後、なんとその場で男爵令嬢との婚約を宣言した。
その一切悪怯れる事もない堂々とした態度に、王国の貴族達は苦虫を噛み締めた様な者、頭を抱える者など様々。
他国からの招待客は王子のスキャンダルに呆れていたり、笑いを堪えたりしている。
俺もまさかこんな事が起こるとは思っていなかった。
大体、あの令嬢は噂の才媛だろう。
近年の王国の躍進の陰にはいつもあの令嬢の姿があった。
先の戦争でも僅か10歳の彼女の采配で我が帝国にどれ程の被害が出た事か。
そんな鬼札を自ら捨て去るとは、帝国人としては笑いが止まらないな。
そのままお開きになったパーティから、王国に当てがわれている大使館に戻ったルーカスはパーティでの騒動の報告を急いで書き上げる事になるのだった。
それから1ヶ月と少し、ようやく王国での仕事が終わり、明日にも帰国の途に着こうと言う時分。
「ル、ルーカス様」
「ん、どうしたこんな時間に?」
随伴員として連れてきた使用人が慌てて俺の執務室へとやって来た。
「そ、その……お客様が……」
「客だと?そんな約束は無かった筈だが。
何者だ?」
「そ、それが……」
俺は使用人から来客の名前を聞くと跳び上がる様に立ち上がり、急いで応接室へと向かう。
扉の前で息を整えると扉を開けた。
「お待たせいたしました、ブラート陛下」
俺が応接室に入ると椅子に座って待っていたハルドリア王国国王ブラート陛下が俺に視線を向けた。
ブラート陛下は護衛も連れず、侍女1人を背後に据えて俺を待っていた。
しかし妙だ。
現在ブラート陛下は近隣で発生した魔物災害についての緊急会合に出席する為、国を空けている筈だ。
確かにそろそろ帰国される予定ではあるが、まだ帰国したとの報告は受けていない。
「な⁉︎」
俺がブラート陛下の意図を読もうと考えを巡らせながら腰を下ろすと、なんとブラート陛下は立ち上がり頭を下げたのだ。
同等の国力を持つ帝国の大使とは言え……いや、同等の国力を持つ帝国の大使だからこそ、決して弱味を見せる訳にはいかない筈なのに、だ。
「先ずはこの様な時間に、この様な方法で面会を求めた事を謝罪いたしますわ」
厳つい武人然としたブラート陛下の口から溢れたのは、まるで鈴を転がしたかの様な可憐な声音だった。
「は?」
「ミレイ」
ブラート陛下がその不気味な程の違和感を感じる声で背後の侍女の名を呼ぶと、侍女は深く一礼し、パンッ軽く手を叩いた。
魔法を使ったか、逆に解除したのか。
別に手を叩く必要などないのだろうが、俺に魔法の事を気付かせる為に敢えて行ったのだろう。
つまり、その魔法がこちらを害する意図で使う物ではいない、と言外に示している。
「⁉︎」
そう考察し、侍女に向けていた視線をブラート陛下に戻すと、俺は再び驚きの声を飲み込むこととなった。
そこにいた筈のブラート陛下の姿は消え、美しく可憐な少女へと変わっていたのだ。
「エ、エリザベート嬢……」
その少女はエリザベート・レイストン。
王国繁栄の裏に居たであろう令嬢。
そして、今は幽閉されている筈の王太子の元婚約者である。
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(・ω・)ノシ