脱走者
祖国に報復する。
そう決めたからには直ぐさま行動に移すべきだろう。
私は国を捨てる為にミレイにいくつかの指示を出して準備をお願いする。
「以上の件の根回しをお願い」
「畏まりました。
それと、商会の件は如何いたしますか?」
「そうね……」
フリード殿下……あんな奴はフリードで十分ね。
フリードは私の商会の幹部を自分の息のかかった者と入れ替えて行き、最終的には商会の実権を取ろうとしているのでしょう。
なら…………。
「構わないわ。
幹部の交代を受け入れる様に指示して頂戴。
私を支持する幹部は解雇されたり左遷されるでしょうから随時ルートを分けて他国に出国させて、時間を置いてから集結して貰うわ。
主要な経営メンバーと有能な技術者は優先して引き抜いて。
外で私の基盤が整ったらまた働いて貰いましょう」
「畏まりました、その様に指示を出します」
「それと、商会に残る者に手の者を紛れさせて置いてね」
「はい、その手の事に長けた者を数名選定致します」
「決行は5日後、頼んだわよミレイ」
「お任せ下さい。お嬢様の新たな門出に女神の祝福があらん事を」
ミレイは先程の激昂が嘘の様に淡々と指示を了解し、深々と頭を下げた。
「………………」
「どうしたの、ミレイ?」
「はい、僭越ながら申し上げますと……そちらの壁をどうにかされた方がよろしいかと」
「…………あぁ」
そうでした。
どうやら私も自らの決断に思っていたよりも興奮している様だ。
準備が整うまでの数日、何事もなく過ごすべきなのだ。
先程、魔力を込めた拳で砕いた壁を誤魔化さなければ不味い。
「仕方ないわ。直しておきましょう」
私は体内の魔力を全力で活性化させ、その魔力を左手に集める。
この世界に生きる全ての生物は体内に魔力を持ち、その魔力を理性と理論で以て制御する方法を人は魔法と名付けた。
そして、魔力を操る者が最後に行き着く到達点、それが『神器』の生成である。
自らに宿る魔力を物質化し、様々な能力を持つ道具を具現化するのである。
神器の形は人によって変わる。生成者の趣味嗜好、人格、経験などによって発現する能力や形状が違うのだが、殆どの場合それは武器や防具の形を取る。
それは、神器の生成に至る程までに魔力を鍛える人間は、騎士や冒険者など戦いを生業とする者が殆どだからである。
それ以外では一部のネジが飛んだ研究者や幼い頃から鍛錬を積んだ才能ある貴族くらいなものだろう。
つまり、神器とは一般的に戦力に分類される能力なのである。
だが、当然例外は存在する。
基本的に戦力である神器だが、稀に戦闘とは関係ない能力が発現する者も存在する。
私の神器【英知の魔導書】もその例外の1つだ。
本の形をしたこの神器の能力は、私が手にした書籍や書類、見聞きした情報を記録すると言う能力である………………………と、思われている。
私は神器を習得してから誰にも本当の能力を教えた事が無いのだ。
情報の記録など本当の神器の能力のほんの一部でしかない。
それぞれ強力な効果を持つ7冊の魔導書【七つの魔導書】こそが私の本当の神器なのである。
自分の切り札を隠すなんて事は貴族社会を生き抜く基本中の基本なのだ。
肉親である父……いや、これからは公爵と呼ぼうか。あんな奴はもう他人だ。
肉親である公爵にすら私は本当の神器を隠し、最も信頼するミレイにすら7つの能力の内4つまでしか教えてはいない。
ふむ、改めて考えると私は無意識の内にこの国の人間を信用していなかったのかも知れないわね。
「神器【暴食の魔導書】」
私の左手に集められた魔力が赤い魔導書へと変わる。
【七つの魔導書】の1つ、【暴食の魔導書】である。
この魔導書の能力は『魔法の記録』。
他人の魔法を記録する事で、適性のない魔法を扱う事が出来る強力な神器だ。
「【石壁】」
魔導書の能力によって地属性魔法を発動した私は破壊された地下牢の石壁を修復していった。
「ふぅ、まぁこんなものでしょう」
破壊の跡を隠蔽した私はミレイが地下牢を出たのを確認し、見張りの衛兵の【催眠】を解除した。
「?」
曖昧な記憶にポカンとしながら首を傾げる衛兵を横目に、私はこの国を叩きのめすプランを考えるのだった。
◆◇★◇◆
「ふぅ、ようやく帰って来れたな」
「そうですね。まぁ、政務の方はエリザベートがいたので特に問題はないでしょうが……」
「はっはっは、余が執政するよりもスムーズに事が進んで文官共が喜んでいるのではないか?」
武人肌のブラート王は自虐を口にしてガハハと豪快に笑った。
「それで、フリードはどうしたのだ?
どうせまたエリザベートに説教でもされて腐っているのだろう?」
ブラート王の問に留守を預かっていた文官の1人は止め処なく吹き出る汗を拭いながら報告する。
「そ、それが……フリード殿下はロックイート男爵令嬢と共に……その……直轄領のし、視察へと出ております」
直轄領の視察とはこの文官なりのオブラートに包んだ表現である。
その実情はただの旅行だ。
「なに⁉︎我々が今日帰城する事は伝えていたはずであろう!エリザベートは何をしている!
フリードのスケジュール管理はあやつの仕事であろう!」
「そ、それがエリザベート様はフリード様の命で地下牢に……」
「な、何だと⁉︎まだ地下牢から出ていないのか!」
コレには宰相であるジークも驚きの声を上げた。
それは娘が地下牢で1ヶ月以上も幽閉された事への憤りではなく、1ヶ月以上もの時間がありながらエリザベートが地下牢から脱していなかった事に対する驚きだった。
「エリザベートの所へ案内せよ!」
ブラート王はジークを引き連れて慌ただしく地下牢へと向かった。
地下牢には戸惑いを浮かべた衛兵が1人、萎縮しつつもブラート王を迎えた。
ブラート王とて、この衛兵に責任が無い事くらいは理解しており、不機嫌そうにしながらも咎めたりはしない。
「それで、エリザベートは何処だ」
「は、はい、あちらの牢にいらっしゃるのですが………」
「どうした?」
歯切れの悪い衛兵の言葉にジークが尋ねる。
ジークは宰相であり、またエリザベートの父、衛兵は実に申し訳なさそうに現状を報告した。
「そ、それが…………エリザベート様は3日前から椅子に座られたきり、動かれないのです。
エリザベート様のご指示でお持ちしている書類にも目を通される事なく、お食事すら手をつけられていないのです」
「なに⁉︎」
ブラート王達がエリザベートの牢の前に行くと、こちらに背を向けたエリザベートが椅子に腰を下ろしている。
ブラート王とジークが声を掛けるがエリザベートは何の反応も返さない。
もう3日も食事をしていないと聞いたが、ここから見る限り肌色などは健康そのものに見える。
「エリザベート、返事をせんか!
おい、牢を開けろ」
「も、申し訳ありません。エリザベート様の牢の鍵はフリード様が持ち出されておりまして…………」
「ちっ!」
ブラート王は苛立ち気に舌打ちすると、右手を掲げた。
空気を震わせる程の魔力が渦を巻き、ブラート王の手に凝縮されるとバチバチと帯電した肉厚な大剣となる。
「神器【雷神の剣】」
ふん、とブラート王が大剣を振るうと稲妻の様な轟音が鳴り響き女性の腕程の太い鉄格子が熱したナイフでバターを切る様に軽く斬り裂かれた。
神器を魔力へと戻したブラート王とジークはこんな騒ぎにも微動だにしないエリザベートに近づいた。
「エリザベート」
ジークが娘の肩に手を置く。
「ん、冷たい?」
その瞬間、肩に置かれたジークの掌を中心にエリザベートの身体に罅が走る。
そして、パリンと言う軽い音を残してエリザベートは粉々に砕け散ってしまった。
「な、なんだと⁉︎」
「コレは【氷人形】⁉︎」
ジークはエリザベートだった氷のかけらを拾い上げて改める。
「エリザベートの魔力が残っていますね。
食事を取らなくなったのが3日前、それからは【氷人形】と入れ替わっていた…………」
「では、本物のエリザベートは何処に?」
「…………」
「…………」
その疑問にジークと衛兵は答える術を持たなかった。
ブラート王はその厳つい顔を真っ青に変えた。
当然だ。
行政から軍事までこの国の政に深く関わっている彼女が消えたとなると執政の混乱は必至。
その上、エリザベートの神器【英知の魔導書】には地図や軍備などの軍事機密や城の禁書庫に眠る秘術書、古代文明の技術が記された古文書などが全て記録されている。
「さ、探せ!直ぐにエリザベートを探すのだ!!!」
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(・ω・)ノシ