風と炎⑥
モーリスの傷口を開いていく様に攻撃し、少しずつ削ってゆく。
その最中、相変わらず屋根の上でこちらを観察している蚕の様子を窺い見るが、モーリスが劣勢になろうとも加勢したり、逃走したりする事もなく目を不気味に輝かせていた。
「む⁉︎」
怒濤の攻撃に晒されたモーリスだったが、急にダメージが減った。
アデル陛下もそれに気がついたのか、こちらに寄って来た。
「ルーカス卿、どう思う?」
「ダメージが通っていないと言うより回復力が上がった様に見えますね」
「回復力か。能力のリソースが回復力に回されたのかな?」
「そんな事が可能なのでしょうか?」
「あの化け物が神器と同じ原理なら可能だと思う。どう見ても理性なんて残っていないだろうから、本能的な物だろうね」
「では対処法は一つですね」
「うん。より強い技を叩き込む。僕に良い考えがある」
アデル陛下の提案を聞いた俺は難色を示した。
「危険です。失敗したらアデル陛下はただでは済まない」
「構わないよ。どうせ毒杯を賜る身だからね。なら最後に武人として自身の限界を試してみるのも悪くは無いさ」
「…………」
自棄になっている訳では無いのだろう。
アデル陛下の目には不思議な開放感が満ちていた。
王族の重圧や責任をその小さな肩に請け負って生きて来たのだ。
俺やエリザベート嬢の様な貴族とは違う。
王家と言う立場に生まれたが故の苦しみが有ったのだろう。
「分かりました。やりましょう」
そう答えるしかなかった。
俺は【鋭き火種】を掲げる。
波打つ刃から炎立ち昇る。
「【紅蓮斬】」
放たれた猛火の斬撃はモーリス……ではなくアデル陛下へと迫る。
緊張と高揚を混ぜ込んだアデル陛下の笑顔は美しかった。
俺の炎がアデル陛下を包み込む。
もし失敗すればアデル陛下の命は無い。
「グルルゥ!」
炎の柱に気を惹かれたのか、モーリスが迫り腕を振り上げる。
傷は既にほとんど回復していた。
「ギェエエ⁉︎」
モーリスが身を竦める程の叫びを上げる。
見れば振り上げた腕が焼き切れていた。
「うん。なかなか悪くないね」
炎の中からアデル陛下の声が聞こえた。
ゆっくりと炎の中から歩み出てきたアデル陛下は、燃え盛る羽織りを身に纏っている。
俺の炎の魔力を自らの神器に取り込み、自身の風の魔力を加える事で更に強力な力に変えている。
他人の魔力を取り込む魔法。これは中央大陸には無い南大陸の魔法技術だ。
「【風華:炎帝】とでも名付けようかな」
「グルルゥ!」
モーリスが残った腕を引き絞りアデル陛下に向かうが、アデル陛下は軽く腕を振るい猛火がモーリスを飲み込む。全身を焦がしたモーリスに旋風を纏ったアデル陛下の拳が突き刺さり、内部から炎で焼き尽くす。
「アガァァア!」
圧倒的な魔力でモーリスをチリも残さず燃やし、それと同時にモーリスが生み出した魔物も崩れて去った。
アデル陛下は神器を消すと膝を突く。
「アデル陛下!」
慌てて駆け寄り抱き起こす。
「大丈夫だよ……ルーカス卿の魔力を無理やり取り込んだ反動だ」
「今は安静に」
アデル陛下を抱えながら残った敵、蚕の方を見遣る。
「くふふふ、残念、残念、残念。でも良いのですよ。私は失敗したのでは有りません。
次の成功の為の布石を打ったのです」
「次など無い!」
残った魔力は僅かだ。小さな【火球】を放つのが精一杯。
俺の魔法は蚕の防御魔法で簡単に弾かれてしまう。
「きひひ」
蚕は不気味に笑いながらスクロールを取り出す。
「逃がすか!」
アデル陛下の配下のエルフの女性が矢を放ち、獣人の槍使いが蚕に飛びかかるが、僅かな差で蚕は転移してしまった。
「逃がしたか」
「アデル陛下!」
「大丈夫、気を失っているだけだ」
俺は残っている自分とアデル陛下の配下をまとめ、この場を離脱する様に指示を出し、自らもアデル陛下を抱き上げて撤退を開始した。




