前哨戦⑩
梟の拳が私の胴を打ち据え吹き飛ばす。
華奢な少年の様なその体の何処にそんな力が有るのか、私は数メートルを飛ばされて岩山に叩きつけられた。
「うぅ……」
霞む視界で梟の姿を捉えると、片手でルノアの首を掴み上げていた。
その足下にはミーシャが倒れている。
「ぐぅ……」
ダメだ……私は……2人の事を頼まれたのに……。
エリー様が用意してくれた【転移】のスクロールも、この異空間では使えなかった。
このままでは……。
『ねぇ、貴女。行くところがないなら私のところに来なさい』
実家が没落し、王都の貧民街の隅で両足を抱えて蹲っていた私。
声を掛けてくれたのは貧民街に似つかわしくない銀髪に青目の美少女だった。
明らかに貴族の令嬢。
つい数日前まで私もそうだったが、没落寸前だった自分の家とはまるで違う。
その雰囲気から上位貴族の家に連なる者である事は明らかだった。
『私はエリザベートよ。貴女の名前は?』
『………………ミレイ』
エリザベート様の侍女見習いになって半年程、夜も遅くにエリザベート様は私を連れ出して屋敷の中をこっそりと歩いていた。
『あの、お嬢様どちらに?』
『良いから、こっちよ』
エリザベート様は、小さな妖精が装飾されたカンテラで廊下を照らしながら進む。
『ねぇミレイ。妖精が持っているカンテラは秘密の抜け道を照らし出す事が出来るんだって』
『妖精物語ですね』
『ええ、ほら此処』
見ると廊下に飾られた絵画の一箇所がカンテラの光に照らされて不自然な影を作っていた。
『コレは……』
『此処、変でしょ?実はね……』
エリザベート様が絵画を弄ると、柱の隣に隠し通路が現れた。
『此処の仕掛けに鏡が使われているのよ。
だから夜にカンテラで照らすと不自然な影ができるの。
ね、妖精のカンテラみたいでしょ?』
『そ、そうですね』
『ほら、行くわよ』
『あ、お嬢様!』
私の手を引いてエリザベート様は隠し通路に入っていった。
そして少し歩くと頭上の扉から外にでる。
そこは公爵家の屋敷の屋根の上だった。
『わぁ……』
屋根の上から見上げる夜空は星々が際限なく輝いていて、更に目線を下げれば王都の街が遠くまで見えた。
『良い景色でしょ?私のお気に入りなのよ』
『何故……私に?』
『ふふ、ミレイは私の腹心だからよ』
『腹心……』
『ええ、これからもよろしくね。ミレイ』
これが走馬灯と言う物か…………懐かしい。
私がエリー様に初めて腹心と呼んで頂いた日の思い出だ。
私はエリー様の腹心だ。
エリザベート様から名を変えようと、公爵家から出ようとそれは変わらない。
そのエリー様はまだ幼い2人の弟子を私に託したんだ。
「…………死ねる訳ないでしょう!」
痛む全身に鞭を打ち立ち上がる。
喉の奥から込み上げてくる血を吐き捨てルノアの首に手をかける梟を睨みつける。
「あまり動くとすぐに死んでしまうよ?
大人しくしていて欲しいな。
こっちの2人を殺したら君も殺すからさ」
「…………私は死ねない。2人も殺させない」
「それが出来るのは力が有る者だけだよ。
ミレイさん。君程度に何が出来る?
ただの侍女にしては頑張ったと思うけどね」
「私は!!エリー様の腹心です!!!!」
叫ぶと同時に全身から魔力が噴き出した。
私の実力では到底制御出来ない程の魔力。
その魔力が私の周囲に渦を巻く。
「…………まだそんな余力が有るとは恐れ入ったよ。ルノアさんを殺して直ぐに……っ⁉︎」
ルノアの首をへし折ろうと力を加えるが、梟の手は空を切った。
「げほ、げほ」
ルノアは私の腕の中で苦しそうに咳き込んでいる。
「うぅ」
私の足下にいるミーシャも目を覚ました。
離れた場所で空を切った自分の腕を不思議そうに見つめて悪魔が問う。
「…………何をした?」
話には聞いていましたが、なるほど。
魔力の隅々までまるで手足の様に知覚できる。
体を巡る魔力が活性化する事で飛躍的に上昇した身体能力。
これが…………。
私が差し出した手に周囲の魔力が集まりだす。
爆発的な感情をトリガーに発現した力。
後は名前をつけ、存在を世界に刻みつければ良い。
「神器【妖精のカンテラ】」




