帝都の夜
路地の奥には広場の様に少し広くなった場所があった。
そこで柄の悪い男達が1人の少女を取り囲んでいた。
「もう逃げられねぇぞ、コラッ!」
「てめぇ、あんな舐めた真似しておいてタダで済むと思ってんのか、ああ!」
「娼館に売り飛ばしてやるから覚悟しとけよ!」
男達が少女に凄む。
私とミレイは少女を助けるべく踏み出して…………止めた。
「さっきから鬱陶しいッスね!
私が何をしたって言うんッスか!」
「ああん?てめぇがイカサマしたっつう事は分かってんだぞ」
「痛い目に遭いたくなければ大人しく金を返しな」
「はん!私がイカサマしたって証拠でもあるんッスか?」
「んだとコラ!」
男が拳を振り上げるが、少女は男の拳よりも早く懐に飛び込み足を払い男を空中でクルリと回して石畳に叩きつけた。
「ごふっ」
「てめぇ!」
もう1人の男が殴り掛かって来るが、少女はその拳を正面から受け止める。
「なに⁉︎」
男が驚愕の声を上げるが、私やミレイには少女が手に魔力を纏っているのが分かる。
「ふん!」
少女の蹴りが男の水月に撃ち込まれ意識を奪う。
「ちっ!」
最後の1人が懐からナイフを取り出した。
「【氷弾】」
「え⁉︎」
私が打ち出した小さな氷の礫がナイフを弾き飛ばす。
その隙に少女の拳が男の顎を捉えた。
「怪我はないみたいね、シスターティーダ」
倒れ伏す男達を無視して私は少女……私服姿のティーダに声を掛けた。
「エリーさん!ミレイさん!いやぁ助かったッスよ〜。
助太刀、ありがとうございますッス」
「別に私が助けなくても貴女なら大丈夫だったでしょうけどね。
それで、なんで追われてたの?」
「ああ、コイツらが私がカードでイカサマしたって言い掛かりを………………」
ティーダはそこで言葉を止める。
「…………あぁ〜、その〜、そう!酒場で女神様の愛を説いていた私に絡んで来たんッスよ!」
随分と苦しい言い訳だ。
「成る程、ギャンブルですか」
ミレイの冷たい視線がティーダを射抜く。
「ちっ、違うッス!私が女神様の愛によりカードの絵柄を揃えて見せたら、彼らがお布施としてお金をくれたんッスよ」
「ギャンブルじゃない」
「ギャンブルですね」
「…………し、神殿には内緒にして欲しいッス」
ティーダは必死に視線を逸らしていた。
その後、宿に戻るティーダと共に夜の街を進む。
「へぇ、じゃあ帝都で商売を始めるのも直ぐって事ッスか?」
「ええ、今は商館の改装待ちの間に貴族のパーティで宣伝中って所ね」
「貴族様のパーティッスか!きっと凄い料理とか、いいお酒とか出るんッスよね?」
「まぁ、そうね。より美味しい物、より珍しい物を出すと言うのはホスト側の経済力を示す示威行為だから貴族は張り切っているわね」
「良いッスねぇ〜、貴族様は。私らみたいなパンピーとは大違いッス」
「そうでも無いわよ。中央の大物貴族なんかは別として、領地も持たない中、下級の法衣貴族なんかは社交シーズンのパーティの為に普段は必死に節約したりしているのよ。
貴族としての見栄は大事だから、外から見る分には毎日贅沢な生活をしている様に見えるけど、裏では裕福な平民以下の暮らしだったりする事もあるわ」
「そうなんッスか?私はてっきり貴族様はみんなお金持ちだと思っていたッス」
「まぁ、人によるかしら?
法衣貴族でも副業で儲けている人もいるしね」
「でもってそんな貴族様からお金を搾り取るのがエリーさんって訳ッスね」
ティーダの言葉に私はクスリと笑う。
「ええ、その通りよ」
話をしている内にティーダの宿に到着した。
「じゃあ私は此処で」
「ええ、あ、そうだ!
私、そろそろ帝都を発つ事にしたんッスよ」
「あら、そうなの?」
「ええ、カードで……げふん、げふん。善意の寄進で路銀も貯まったので迷える仔羊達を救いに旅立つつもりッス」
「そうなの、目的地は何処に?」
「しばらくは帝都を拠点にしつつ、近くの小さな村々を廻るつもりッス。
ちょくちょく帝都に帰って来るッスから、エリーさんのお店が開店したら会いに行くッスよ」
「そう、楽しみにしているわ」
こうして私は、新しく出来た少々素行のよろしくない友人と暫しの別れを交わしたのだった。
◆◇★◇◆
奥歯を噛み締めてズカズカと貴公子としては有り得ない粗暴な態度で上等な絨毯の上を進むのはハルドリア王国の王太子、フリード・ハルドリアだった。
「どいつもこいつも、エリザベート、エリザベートと、この国の王太子はこの俺だぞ!」
彼はつい先程、王城に勤めるメイド達がエリザベートが居なくなった事を嘆いているのを聞いたのだ。
騎士も下女も文官も、口を開けば『エリザベート様が居れば……』だとか『エリザベート様なら……』と言う。
「奴は指名手配犯だぞ!国への反逆者だ!
なのに何でこの俺を差し置いて……」
フリードは苛立ちながら私的なエリアの扉を開いた。
「お帰りなさいませ、フリード様」
扉を開く音を聞いたのか、フリードの私室から続く応接室からシルビアが顔を出した。
「ああ、シルビィ。ただいま。
君は今日も美しいね」
「まぁ、ありがとうございます。フリード様」
シルビア・ロックイートは正式にフリードと婚約してからと言う物、こうしてフリードの所に入り浸っていた。
初めは王妃としての教育を受けさせようと文官達が手配していたのだが、数日で音を上げたシルビアはフリードに泣き付いたのだ。
その結果、フリードが手を回した為、王妃教育は当初の予定の10分の1程の速度でしか進んでいない。
「そうですわ、フリード様もこちらへ」
シルビアがフリードを応接室へと誘う。
フリードが応接室に入ると、ソファに座っていた女が立ち上がりフリードに頭を下げた。
「お久しぶりです、フリード様」
「ああ、クリスか」
クリスはシルビアの実家であるロックイート男爵家から紹介された行商人だ。
彼女が持ち込む異国の品々はフリードとシルビアも気に入っており、こうしてフリードの私的なエリアに立ち入りを許す程に重用していた。
シルビアにねだられ、いくつかの商品を購入した後、話題は雑談へと移っていった。
「成る程、城内の者がフリード様を蔑ろにされているのですか」
クリスは王家に紹介されるだけあり、話し上手でついフリードは最近の苛立ちの種について話してしまっていた。
「フリード様を差し置いて国政に口を出すエリザベートとか言う者を擁護するとは、国に仕える者なのに嘆かわしい事ですね」
「ああ、正にその通りだ」
「う〜ん、やはり、此処はフリード様が今一度、王太子としての威厳を示されるべきではありませんか?」
「威厳か……しかし、どうすれば良いのだ?」
「そうですわね。フリード様の威厳を誰にでも分かる様に示す良い方法はないかしら?」
首を捻るフリードとシルビアにクリスは少し考えてから答える。
「上に立つ者が分かりやすく威厳を示すにはやはり武勲ですね」
「武勲か」
「はい。民とは自分達を守ってくれる強い為政者を求める物です。
兵を率いて戦で手柄を立てれば誰もフリード様を蔑ろに出来なくなるでしょう」
「戦か……」
「ええ、しかし王国の周囲で敵対しているのは帝国くらいですよね。
その帝国と王国は今は不戦協定を結んでいますから、属国ならともかく、王国が直接軍を出して帝国に攻め込むのは現実的では無いですね。
此処は多少効果は低いですが、魔物の討伐などで少しずつ功績を上げるべきではないでしょうか?」
「ふむ、魔物の討伐か……」
フリードはクリスの提案を思案するのだった。
クリスが帰った後、フリードは押している仕事を終わらせる為、執務室へとやって来た。
「ちっ!」
少し目を離していた間に、フリードの机に積まれた書類がまた増えている。
ドカリと椅子に座り、書類を手に取る。
属国への支援に関する書類だ。
「おい、何だこの書類は!」
「はい?何か不備がございましたか?」
「何故、俺が一から支援内容を決めなければならないのだ!草案くらいお前らで決めておけ!」
「も、申し訳有りません…………しかし、コレは王家の方が決める物ですので……」
「言い訳は要らん!」
フリードは書類を文官に投げ付ける。
コレは言うまでもなくフリードの仕事なのだが、今まではエリザベートが各部署や被支援国と折衝を行って支援内容を決めていた為、フリードは最後に書類にサインを入れるだけの仕事しかしていなかった。
「たく、無能共が!大体属国などいちいち支援してやる必要無いだろう」
だが、悪態を吐くフリードの脳裏に先程のクリスとの会話が過ぎった。
「支援か……そうだな、属国への支援の決定権は俺に有るのだったな」
「え?」
「何でもない、お前はさっさと仕事をしろ!」
フリードの呟きは側にいた文官にも届かない程の小さな物だった。
◆◇★◇◆
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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■な■■■■■■■■帝■■■■■援■■
■■■■■■の為■■■ので■■■■ならば■■を■■■供■する。
もし、貴国が■■ならば■■■■■事も■■厭わない。
貴国が賢明な■断をす■事を願■。
ハル■■ア王国、王太子 フリー■・ハルド■■
ハルドリア公国、歴史編纂局所蔵
『焼け焦げた文書』より
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(・ω・)ノシ