帝都の主
「久しぶりだな、エリー会長」
「お久しぶりですわ、ルーカス様」
翌日、私は帝都のレブリック子爵邸でルーカス様と面会していた。
「失礼致します」
メイドが私とルーカス様の前にカップと焼き菓子を置く。
「あら?」
私はカップに手をつけると、そこに満たされた物が紅茶ではない事に気付いた。
「珈琲ですか。珍しいですわね」
「ああ、南大陸からの輸入品だ」
珈琲は珈琲豆を焙煎した南大陸でよく飲まれているお茶だ。
このあたりの国の気候では栽培出来ないので珍しい物だ。
「苦手なら紅茶を用意させるが?」
「ありがとうございます。ですが大丈夫ですわ。私、結構好きなんです」
芳ばしい香りを楽しみながら湯気を立てる黒い液体を喉に流し込む。
強い苦味と僅かな酸味、その奥に隠れるフルーツの様な風味を楽しむ。
珈琲を飲みながら、時節の挨拶やらお互いの近況などを軽く話した後、ルーカス様は本題を切り出した。
「昨日、皇帝陛下に謁見して来た」
「そうですか、アレを献上して頂けましたか?」
「ああ」
ルーカス様には皇帝陛下に献上する為の特製化粧品セットを預けてあった。
帝室の女性、皇妃様や皇女様、全員分だ。
皇帝陛下にも整髪剤やコロンなどを用意した。
「エリー会長の事は事前に手紙で報告はしてあったが、今回は直接説明を求められてな……」
「お手数お掛け致しますわ」
「まぁ、仕方ないさ。
亡命に手を貸すと決めた時にこの程度は覚悟していたからな」
「それで……皇帝陛下は私の事を何と仰っていたのですか?」
「取り敢えずは静観だ。
動向の報告の必要は有るが、今のところエリー会長の行動は帝国に利益を齎す物だとして国は干渉するつもりは無いらしい」
「そうですか。少し心配でしたが、それなら問題は有りませんわね。
私の報復は帝国に利益を齎しますからね」
「…………そうだな」
◆◇★◇◆
「ふぅ」
深夜と言うには少し早いくらいの時間か。
手にしていた羽ペンを置き、軽く肩を解してユーティア帝国の頂点に座す男、ダドリー・ユーティアは1日の執務を終えた。
「お疲れ様でした、陛下」
「うむ」
書き上げた書類を秘書に手渡したダドリーは護衛の近衛兵を伴って皇族の居住区に向かって城の中を歩いて行く。
廊下ですれ違うメイドや兵士が頭を下げるのを片手を上げて労い、居住区の入り口までやって来た。
「此処までで良い。ご苦労だった」
「「はっ!お休みなさいませ、陛下!」」
ピシッ!と敬礼する近衛兵と別れ、皇族の居住区の中でも主に家族が寛ぐリビングに入ると妻と娘が少し興奮した様子で何やら楽しげに話していた。
「あ、お父様」
「お疲れ様でした、ダドリー様」
「ああ、今日はとても疲れたよ。何を話していたんだい?」
「はい、今日、ルーカス子爵が献上してくれた洗髪剤や整髪剤、香油を使ってみたんです」
「今までの物とはまるで違いますわ」
嬉しそうに新しい化粧品について語る2人に、昼間に謁見した若い貴族との会話を思い出す。
一年程前、隣国の公爵家の姫が亡命して来たと言う話だ。
それもただの少女では無い。
王太子の元婚約者であり、王国の政治に深く関わる要人である。
王国では現在指名手配されている様だが、裏では血眼になって探しているらしい。
隣国の要と言える要人が手元に居る。
それも彼女は王国を恨んでいるらしく、力を貯めて復讐しようとしている。
その復讐は最終的には帝国の利益となるだろう。
それを考えると……。
「うぅ……」
胃が痛い。
「お父様、大丈夫ですか?」
「あ、ああ、何時もの薬はあるかい?」
「はい、直ぐに持って来させます」
ダドリーは決断力と統率力を持つ偉大な皇帝。
臣民達からはそう思われているのだが、実際は気が小さく繊細な性格だった。
たった1代で帝国の版図を広げて来た野心家などと言われているが、そんな物はその場の流れでそうなっただけだ。
ダドリーは父から受け継いだ帝国を可もなく不可もなく統治する凡百な皇帝であるつもりだった。
だが、攻め込んできた他国を撃退したり、魔物に襲われ国に見捨てられた田舎の村を保護したりしている内に、いつの間にかこんな大帝国になっていたのだ。
「お父様、薬です」
「ああ、ありがとう」
薬を受け取り水で流し込む。
東方の島国からやって来た天才薬師、ユウカ・クスノキに頼み込んで作って貰っている特製の胃薬だ。
最近はこの薬が手放せない。
「うぅ、エリザベート嬢が活躍すれば帝国の利益になる。
だが、同時にルーカスも力をつけて行く事になるよなぁ」
「父上、まだ彼を辺境に置いた事を悩んでおられるのですか?」
リビングに新たな人物が入って来た。
ダドリーの息子、皇太子である。
「それはそうだろう。あんな配置、王国に対する盾になれと言っている様な物だ。
ルーカスは私を恨んでいるに違いない」
「父上はネガティブに考えすぎです。
確かにそう言った側面も有りますが、彼の功績は正当に評価しています。
ルーカスだってわかってくれていますよ」
「そうだろうか?」
「ええ、王国のエリザベート・レイストンを引き入れたのだって、彼のお手柄じゃないですか。
聞けばレブリック子爵領の税収は彼女が来てから跳ね上がったそうですよ」
「それはそうだが……」
「彼の統治は優れていますし、近く何か目立つ功績を上げれば陞爵して良いのでは有りませんか?」
「そうか……そうだな」
この日、気を取り直したダドリーは息子と共に、妻と娘の化粧品談義を聞かされながら夜を過ごすのだった。
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