開戦⑧
閃光の様に突き出されるホブゴブリンの槍を左手の短剣で滑らす様に捌き、返しを引っ掛けて押さえ付けフリューゲルで両断しようとする。
しかし、ホブゴブリンは直ぐに槍を捻り短剣の返しを外すと、素早く槍を回しながら腰の鞘に落としていた剣を抜剣、逆袈裟に迫る刃をバックステップで回避した私に片手とは思えない威力で連続突きを繰り出して来る。
「【氷棘】」
更に大きく距離を取りながら尖った氷をホブゴブリンの足下から突き上げる。
「グル!」
咄嗟に槍を手放したホブゴブリンは背負っていた盾を手にして鋭く伸びる氷の棘に叩きつけ撃ち砕く。
魔力を込めて精製した私の氷は生半可な武器よりも余程硬い。
それをただのシールドバッシュで砕くとは少々驚いた。
「【縮地】」
盾を持つホブゴブリンの腕がシールドバッシュで伸び切った所にスキルで間合いを埋めた私は、胴を一薙にする様にフリューゲルを振り抜いた。
「ッ⁉︎」
それを盾で受けようとするホブゴブリンだったが、フリューゲルの刃が抵抗無く盾を切り裂き始めたのを見た瞬間、盾を手放して身を退け反らせる。
盾を両断したフリューゲルは、ホブゴブリンの胴を浅く斬るが、致命傷には程遠い。
「素晴らしい判断力と反射神経ね、ホブゴブリンにしておくのが惜しいわ」
「グル、グギャアガァ」
何を言っているのかは分からないが、何となく同じような事を言っている気がした。
ホブゴブリンは足下に転がる槍を足で跳ね上げると、空いている左手で掴み構える。
右手に剣、左手に槍と言う変則的な二刀流であるが、その立ち姿にはぎこちなさなど無く、一流の武人の風格を感じた。
どちらからとも無く攻撃を始めた私達は、一合、二合刃を合わせる。
しかし、押されているのは私。
向こうは両手の剣と槍で雨霰と刃を撃つが、それを防御する私は、左手の短剣しか使えない。
ホブゴブリンも私のフリューゲルの斬撃は受け止める事は出来ないと理解したのか、斬撃は躱すのみだ。
それでも手数はホブゴブリンの方が上だ。
一歩、また一歩と後ろに退がる。
「っ⁉︎」
「グルッ!」
戦争の余波で荒れた地面に足を捕られ、ほんの僅かに私の重心がブレてしまう。
ホブゴブリンはそれを見逃す事なく、間合いを詰め、剣を振り翳す。
「くっ!」
身を投げ出す様に跳び、剣を避ける。
そこに更に槍を突き出すホブゴブリン。
地面を転がる様に躱す私を追って追撃するホブゴブリンの槍を狙ってフリューゲルを振るうが、ホブゴブリンは槍をクルリと回して斬撃から槍を守った。
私はその隙に素早く身を起こして立ちあがろうとするが、瞬間、ほんの僅かな揺れが私のバランスを崩した。
その揺れは槍を回すのと同時に振り上げられたホブゴブリンの右足が大地へと振り下ろされた衝撃による物だった。
「【震脚】⁉︎」
地属性の魔力を持つ者が使うスキルと酷似したその技は、通常時ならば幾らでも対応出来る物だった。
しかし、私は転倒した状態から起き上がる絶妙なタイミングで受けた。
結果、私は一瞬隙を見せてしまったのだ。
「グルガァア!!!」
「ぐっ!!」
ホブゴブリンが剣を振り抜くと同時に血飛沫が舞う。
身を捻って致命傷を防いだ私だったが、躱しきる事は出来なかった。
再びホブゴブリンと向かい合いながら息を切らせ、フリューゲルを構える私の背後にドサリと落ちたのは、短剣を握ったままの私の左腕だった。