開戦⑦
すれ違いざまに敵兵や魔物を斬りながら駆ける私の前で魔物に苦戦する冒険者の姿が有った。
3人の冒険者が1体の魔物を囲んでいるが、冒険者側の方が劣勢の様だ。
相手は以前尖塔から見たホブゴブリンか。
ホブゴブリンは冒険者の攻撃を剣と盾で巧みに捌き、隙を見つけては堅実にダメージを蓄積して行く。
魔物と言うより、経験を積んだ武人の様な安定した冷静な戦い方だ。
群がるオオカミ型の魔物の首を斬り飛ばす為に足を止めた私の視線の端でホブゴブリンに殴り掛かる冒険者が居た。
「ぬおぉりゃあ!!」
「グル⁉︎」
ホブゴブリンが盾を掲げその拳を受け止める。
帝都の祝祭の武術大会で優勝したAランク冒険者、ゴウランだ。
「ふん!」
ゴウランは回し蹴りに肘打ち、手刀からの正拳突きと、流れる様な連撃を繰り出すが、ホブゴブリンは全てを防ぎ切る。
ホブゴブリンの技も見事な物だが、手にする武具もかなり上等な物だ。
剣、盾、槍、全てが魔法武器。
効果はそこまで強くは無さそうだが、身体強化や武器の強度強化など、地味だが有用な効果ばかりだ。
ゴウランとホブゴブリンの一進一退の攻防が続く。
そこに他の冒険者も弓や魔法で援護する。
すると、ホブゴブリンはゴウランの僅かな隙を突き、弓を構えるエルフの冒険者に剣を振り下ろした。
「あぶねぇ!!」
ゴウランは咄嗟にエルフの冒険者を庇い、ホブゴブリンの攻撃を受けてしまう。
「ゴウランさん!」
知り合いだったらしいエルフの冒険者が自分を庇って斬られたゴウランを咄嗟に抱き抱えてホブゴブリンから距離を取ろうととするが、女性であるエルフの冒険者では、長身で筋肉質なゴウランを素早く運ぶ事が出来ない。
オオカミ型の魔物を斬った私は、【強欲の魔導書】から短剣を取り出す。
フリューゲルは強力だが、防御が出来ない。
その欠点をカバーする為に私は左腕に手甲を装備していたのだが、この短剣はそれを更に強化する為に用意した物。
斬れ味はそこそこだが、刃が厚く、敵の剣を絡め取る為の返しも付けたオーダーメイドの品だ。
「ぐっ!」
私は傷を押さえるゴウランに迫るホブゴブリンの剣を短剣で受け止めた。
「貴女はゴウランを治療室に運びなさい」
「は、はい!」
エルフの冒険者は短く魔法を唱えると風属性魔法でゴウランの身体を浮かせてレクセリン砦へと走って行った。
「…………随分と紳士なのね」
「ギィウ」
私が牽制していたとは言え、ホブゴブリンは戦闘不能になり撤退するゴウランやエルフの冒険者に手を出す素振りを見せなかった。
むしろ、私が戦い易い様に彼等が去るのを待っていた様にも思えた。
ホブゴブリンは私と相対すると好戦的な笑みを浮かべた。
「戦闘狂ってやつね」
冒険者や兵士にも偶にいるわね、戦う事に生き甲斐を感じる手合いは。
このホブゴブリンからは彼等と同じ雰囲気を感じる。
私は左手の短剣を前に出し、右手のフリューゲルを自分の身体で隠す様に構えた。
「良いわ、始めましょう」