開戦①
本隊と思われるハルドリア王国軍をブラート王が率いて出立したとの報告が届いてから半月程が過ぎた頃、私達が陣を張るレクセリン砦を扇状に取り囲む様に侵略軍が包囲していた。
レクセリン砦の尖塔の1つ、見張り用に周囲を見渡せる様になっている場所からその光景を見る私とルーカス様は、冷静に敵の戦力を観察していた。
「レクセリン砦を奪還する時にかなりの魔物を討伐した筈だが、まだ結構魔物が残っているな」
「そうですわね。しかし、質の面ではだいぶ落ちている様に見えますわ」
「ふむ、目立つ魔物は変異種らしき竜種とジャイアントワームくらいか……おっと、妙なホブゴブリンも居るな」
ルーカス様の視線を追うと、やけに上等な鎧や魔法武器らしき剣や盾を手に持ち、更に同じく魔法武器の槍を背負っている。
明らかに魔物に持たせる様な装備ではない。
それが与えられていると言うことは、あのホブゴブリンはそれだけの力を持っていると言うことだろう。
「しかし、フリード王子は何故こんな事を?
もう少し待てばブラート王の軍と合流出来た筈だろう?」
確かに、ブラート王の軍勢と合流して攻められれば、
レクセリン砦を守り切る事は出来ない。
それなのにフリードはブラート王の到着を待つ事なく支配していた都市の防衛に少数の兵だけを残してレクセリン砦に攻めよせて来ていた。
「何か理由があるのですかね?」
「そうだな……こちらの間諜に対する撹乱か、何かしらの作戦があるのか……」
「もしくはフリードとブラート王との間で連携が取れていないのかも知れませんわ」
「なに?」
「いくらブラート王が戦で名を上げた好戦的な武人とは言え、帝国と王国の間で交わされた不戦協定を破棄する様な今回の侵攻は今までのやり方と明らかに違う気がするのです」
私の説を聞いたルーカス様は顎に手を当てて考え込む。
この説はかなり可能性が高いと思っている。
となると、もしかしたらブラート王の軍勢は暴走したフリードを鎮圧する為に軍を出した可能性も考えられる。
フリードはそんなブラート王を黙らせる為に功を必要としており、その為レクセリン砦を必要として焦って攻め込んで来たとも考えられる。
だが、そう考えると、アデルの動きが分からない。
王国が一枚岩では無いとすると、アデルの立ち位置が重要になる。
間諜の報告ではブラート王が居ない王都に、公爵家や辺境伯家が諸侯軍を率いて集結し始めているそうだ。
最悪の展開を考えるならば、ブラート王の軍はフリードへの援軍であり、王都に集まっている戦力は後詰である可能性だ。
「まぁ、考えても仕方ないだろう。
今はまだ情報が足りないからな。とにかく、目の前の敵を排除する事が先決だろう」
「そうですね。帝国の各地からの援軍も向かっている様です。流石に間に合わないでしょうけど、幸い、兵站や矢玉などの物資の補充は間に合いましたから、防衛戦なら十分に勝機は有ります」
「ああ、ブラート王の軍が敵への援軍だと考えると、早々に追い返すべきだな」
私とルーカス様が話している間に、侵略軍から馬に乗った貴族らしき男(確か何処かの男爵だったと思う)が何かしらの書状を大声で読み上げる。
よく聞こえないが、多分降伏勧告だろ。
散々、無作法をしておいて、此処はちゃんと戦争形式を取るのかと、少し可笑しく思ってしまう。
すると、別の場所で指揮を取っているオーキスト殿下からの指示が有ったのか、1人の弓兵が防壁の上から降伏勧告の使者に向かって矢を射掛けた。
この矢は決して当てないのが慣例で、弓兵が放った矢も、男爵から離れた地点に落ちる。
これで互いの戦闘意識が確認された。
「始まるな」
「ええ、開戦ですわ」