砦での1日
レクセリン砦に用意された私室の机に広げられた資料に粗方目を通した私は、少し冷めてしまった珈琲を飲む。
戦場であるこの場ではなかなか贅沢な嗜好品であるが、この珈琲は私の【強欲の魔導書】に大量に備蓄している。
南大陸からの輸入品なのでそれなりに値が張る物だが、トレートル商会の規模と実績を考えればこの程度の贅沢は許されるわよね。
「ふぅ」
芳ばしい吐息を吐き出した私は、資料を整理して鍵付きの引き出しに仕舞う。
その後、大きく伸びをして席を立つと、部屋から出た。
レクセリン砦は石造の頑丈な作りであり、長年放置された事でかなり老朽化していたのだが、侵略軍と帝国軍が連れて来た工作兵と魔法使いのお陰で随分しっかりと修繕されている。
石造故、夜は冷え込むが、今は季節的に暖かいので問題は無い。だが、この戦争があまりに長引くとその辺りの物資の補給も考えなければいけない。
この拠点を陣取れたのは戦略的に見て僥倖だが、物資の補給を考えると少々難がある。
「水よ 我が手に【水生成】」
頭の中で物資の輸送ルートの開拓計画を練りながら中庭に出ると、ミレイやルノア達に付き添われたアリスが自分の身体よりも大きな樽に水を出していた。
「お疲れ様、アリス」
「ママ!」
アリスが出しているのは軍で使う飲料水だ。
砦に有った井戸には毒が投げ込まれていたのだが、その毒も私が浄化したので問題無い。
それでも軍団規模の人員の飲料水や生活用水にするには心許なく、私や水属性魔法が使える魔法使いも同じ様に交代で水を出している。
アリスもそれに協力している様だ。
一般的な魔法使いに比べても魔力量が多いアリスはとても重宝されている。
「エリー様、お仕事の方はよろしいのですか?」
「ええ、ひと段落したわ」
私はアリスの頭を撫でながらミレイに答えると、残っていた樽に魔法で水を創り出して満たし、アリス達を連れて部屋に戻った。
部屋でアリス達と簡単な食事を済ませた私は、オーキスト殿下に呼ばれて作戦室へと向かった。
作戦室は広く、中央には大きな地図が広げらた机があり、その机を囲む様に数人の人物が既に腰を下ろしていた。
つまらなそうにしているユウの隣に座り、ユウと軽く話しながら待っていると、次第に人が集まりだし、最後にルーカス様とオーキスト殿下が入室すると、全員が立ち上がり礼を取った。
「楽にしてくれ」
オーキスト殿下が奥の上座に座り、声を掛けると皆再び座り直す。
「さて、急な招集で済まない。
先程間者から連絡が届いた。数日前、ハルドリア王国軍が王都を出立したそうだ」
オーキスト殿下からの情報にざわりと騒めきが上がる。
「更に厄介な情報がある」
しかし、次のオーキスト殿下の言葉でその騒めきすら止まる。
「その軍を率いているのは『雷神』ブラート・ハルドリアだそうだ」
ブラート王はこと戦に於いては天才だ。
その力は、ハルドリア王国出身の私よりもユーティア帝国の人間の方がよく分かって居るだろう。
動揺する帝国人達の中、私は溢れそうになる笑みを抑え込む。
帝国に亡命した時、帝国の戦力を利用するつもりは無いとは言ったが、この状況なら話は別だろう。
ブラート王を殺す絶好の機会、逃す手は無いわ。