レクセリン砦①
私が合図を送ると、冒険者を中心に砦の周囲に屯している魔物に向かって駆けて行く。
彼等はもともとパーティ単位で活動する冒険者だ。
無理に軍団として運用しては、彼等は本領を発揮する事は出来ないだろう。
その為、私が彼等に出した指示は1つだけだ。
『無理をせずに危険だと感じたら直ぐに後退して態勢を立て直せ』である。
最前線には冒険者、そこから少し退がって傭兵団、更に後ろに帝国軍とレブリック辺境伯軍から選抜された魔物との戦闘経験が有る部隊が配置されている。
帝国軍とレブリック辺境伯軍の本隊は侵略軍の本隊が居る都市の方角を中心に警戒している。
「私も出るわ。バアルは着いて来なさい。
ミレイはアリス達と後方に退がっておいて」
「おう」
「かしこまりました」
バアルを伴って私も雑多な魔物の群へと飛び込んだ。
魔法で吹き飛ばす事も考えたが、この後は砦攻め、更に砦の奪還後には侵略軍からの防衛戦となるだろう。
タイミングが悪ければ連戦となる可能性もある。
念の為魔力は温存しておく。
【強欲の魔導書】からフリューゲルと帝都で購入したショートソードを取り出した。
このショートソードは刀身が短めで刃が厚い特注品だ。
短剣よりも少し長い程度のこの剣は、鋭さよりも頑丈さに主眼を置いて鍛造された物で、武器と言うよりも防具に近い。
敵の攻撃を受け止めたり受け流す様な防御的な扱いが出来ないフリューゲルをフォローする為の剣だ。
バアルも最高品質のグローブを装備している。
拳と甲に薄いアダマンタイトが使われている逸品だ。
私の視線の先で、人間の10倍はある巨大な亀、アイアントータスがユウの大斧で両断され、視界の端ではエルザが《鋭き切先》の仲間と共にゴブリンジェネラルが率いるゴブリンの群れと対峙している。
遠くに見えるコボルトを呑み込む泥の波はシスティアだろう。
ゴウラン、ムサシなどの強者も一騎当千の活躍をしているのが見える。
「ふっ!」
フリューゲルの一閃で変異種らしきデススコーピオンを斬り裂き、横合いから振われるオークの槍をショートソードで捌き、返す刀で両腕の腱を斬り槍を取り落とした所でフリューゲルで首を刎ねる。
直ぐ隣からは堅い甲殻や骨を砕く音と共に、魔物の断末魔が響く。バアルも久々に全力で暴れている様だ。
◇◆☆◆◇
レクセリン砦に有る尖塔の1つ、そこには失った右腕を錬金術によって造られた魔法で動く義手に変えた蠍が戦場を見渡していた。
眼下では蠍の配下である魔物が冒険者共に狩られていた。
勿論、冒険者にも犠牲が出ているが、冒険者の中に数人、相当な手練れが混じっているようで、変異種や竜種なども倒されていた。
「おいおい、すげぇだな。
大斧の黒いガキ、銀髪の二刀流の女、赤毛の女剣士、泥の魔法使い、東の剣士、馬鹿みてぇに打たれ強い男。どいつもこいつも強すぎなんだな」
「奴等は殿下も警戒する要注意戦力だ。
気を抜けば私達でも死ぬぞ」
「おお、恐ろしいべ。
オラの様なか弱ぇ奴なんで、直ぐに殺されっぺよ」
「下らない事を言うな。
殿下の為ならば我々は命も捨てる。そうだろ?」
「んだな」
「ではお前にも出て貰うぞ、百足」
「怖ぇけんど、仕方ないっぺよ。オラは平和に過ごしたいだけんど、殿下の為なら躊躇は無いぺ。
……んだら、オラも暴れてくるだ」
そう言って蠍の隣で戦場を見ていた男。
何処にでも居そうな田舎の村人と言った風貌の男は、階下へと降りて行った。
男の後ろ姿を見送る蠍の視線は冷ややかだった。
「…………お前が誰よりもエゲツないだろ」
蠍の呟きを拾う者は居ない。