帝都への同行者
「いや〜、助かったッスよ〜。
あのまま帝都まで歩き続けると考えると心が折れそうだったッス」
ガタガタと揺れる馬車の新たな乗客はそう言って肩口で切り揃えた金糸の様な髪を乱雑に掻いた。
「それはちょうど良かったですね。
私達も帝都に向かう所でしたので」
「ほんと感謝ッス。この出会いも、きっと女神様のお導きッスね」
ティーダと名乗ったシスターは聖職者にしては砕けた口調の明るい人物だった。
女性と言うよりは少女と言った方がしっくりくる見た目だが、成人はしているらしく、聞けば私と同じ歳だと言う。
「あ〜、それと私、今あんま持ち合わせが無くて、大したお礼は出来ないんッスけど……」
「いえいえ、この程度で聖職者からお金を頂こうとは思いませんわ。
ティーダ様は歩き神官なのですよね?」
「ええまぁ、そんなとこッス。
田舎の方をフラフラしながら村々を回ってたんッスけど、そろそろ別の地方に移動しようと思ったんッスよ」
歩き神官とは聖職者が修行の一環として各地を旅して回り、田舎の村々で治癒魔法を施す者の事だ。
治癒魔法が使える魔法使いどころか、まともな医者や薬師も居ない様な田舎の村では、老人が経験則で調合する薬程度しか無い事も多い。
そんな村にとって、偶に訪れ無償で治癒魔法を施す歩き神官はとても有り難い存在だ。
女性聖職者が行う事は珍しいが、無いことでは無い。
「私と同じ歳でとてもご立派ですわ」
「いやいや、エリーさんこそ、まだ若いのに商会長なんて凄いじゃないッスか。
ああ、それと私なんかに敬称は付けなくていいッスよ」
「そうですか?ではシスターティーダと呼ばせて頂きますわ」
旅の一員にティーダを加えた私達は2つ程の村を経由して隣の領地に差し掛かる手前で再び野盗に囲まれてしまっていた。
「本当に野盗が多いですわね。領主の怠慢ですわ」
私は少し不機嫌になりながら馬車から降りる。
「ミレイ、ルノアとシスターティーダをお願い」
「畏まりました」
「いやいや、私も前に出るッスよ」
一瞬、大丈夫か?っとも思ったが、今まで1人で旅をして来たのだからある程度身を守る術を心得ているのだろうと思い直してティーダに頷きを返した。
「ふっ!」
【縮地】で踏み込んだ私は野盗の鳩尾に鞘に収めたままの剣を叩き込んで意識を奪う。
「このアマ!」
剣を振り下ろす野盗の腕を取り、その力を利用して投げ飛ばし気絶させる。
手間が掛かり面倒では有るが、聖職者の目の前で殺しは躊躇われる。
勿論、こちらの身が危なければ躊躇なく殺すし、聖職者だからと言って、護身の為の殺害すら認めないと言う訳ではないだろうが、イブリス教の聖典の中には『汝、殺す事なかれ』と言う教えがある。
その為、聖職者の前では可能な限り不殺である方が好ましい。
更に追加で1人、気絶させて私がチラリとティーダの方を見ると……。
「死ねクズ共!神威ッス!女神様の名において汝らに神罰を下すッス!」
ティーダは手にしていた鉄杖を野盗の脳天に叩き付けていた。
周囲の野盗を無力化した私はミレイとルノアの所に戻るとミレイに囁く様に問い掛ける。
「…………アレ、殺してるわよね?」
「殺してますね」
ティーダの鉄杖を受けた野盗は頭蓋が陥没し、ピクピクと痙攣している。
中には脳漿を飛び散らしている者も居る。
どう見ても即死だ。
多分、魔力で身体強化をして筋力を上げているのだろう。
その細腕からは想像出来ないが、振るわれる鉄杖は野盗の体を枯れ枝の様に打ち砕いて行く。
「ふぅ、こっちは終わったッスよ〜」
「え、ええ、お疲れ様ですわ」
「あれ?エリーさん殺して無いんッスね?
意外と博愛主義っスか?」
「いえ、そう言う訳では……」
「ああ、聖職者の前だから配慮してくれた訳ッスか。すみませんッス」
ティーダは苦笑いを浮かべて私が気絶させた野盗の方に向かう。
「野盗は生きてても他人に迷惑を掛けるだけッスから、始末しても気にしないッスよ、私は。
アイツらも始末して良いッスよね?」
「え、ええ」
ティーダは軽くそう言うと倒れている野盗の頭に鉄杖を振り下ろして行く。
「う……ぐぅ……」
残りの野盗が1人となった時、気絶から目を覚ました。
少し当てが弱かったか。
「おや、目を覚ましたッスか?」
「ひっ!」
野盗は周囲の状況を見回して悲鳴を上げる。
「まって下さい!シスター様!私は心を入れ替えます。今後は世の為人の為に働きます!ですからどうか命だけは!私にやり直すチャンスを下さい!」
「ダメッス」
頭を地につけて懇願する野盗にティーダは無慈悲に言い放つ。
「そんな!イブリス教では罪人にもやり直す機会が与えられるべきだと教えられていると聞きました!どうか、どうか、お慈悲を!」
「はぁ…………女神様は慈悲深く、人は罪を犯す生き物。反省して心を入れ替えるならば、女神様は慈悲を与えられるッス」
「な、なら!」
「しかし!野盗は女神様の慈悲の対象外ッス」
「ひっ、ひっ」
ティーダはゆらりと鉄杖を振り上げた。
「神威ッス!」
鉄杖が野盗の頭を叩き割り、戦闘は終了した。
ティーダは強く、そして一切容赦が無かった。
戦いの後始末として野盗の死体を集めて有用な物を回収しておく。
同じ様にしている筈のティーダを見ると、野盗の死体の前に屈み込んで何やらゴソゴソとやっている。
「っん、もうちょい……ッス!」
どうやら死体から何かを引っこ抜いた様だ。
「あの……シスターティーダ、一体何をしているのですか?」
「え?ああ、ほら、コレッスよ」
ティーダは手の平に乗せた血塗れの小さなかけらを見せて来た。
「コレは……金歯……ですか」
「そうッス。野盗のクセに成金趣味ッスよね。コイツら結構現金持ってるし、武器の質も良いッス。当たりの野盗ッスね」
「それは当たりなのかしら?」
笑顔で血塗れの金歯を見せるティーダに、私は少し引きながら、手と金歯を洗える様に魔法で【水球】を創り出すのだった。
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(・ω・)ノシ