進軍②
レクセリン砦を目指して軍を進める事10日。
普通の馬車なら疾うに到着している距離なのだが、軍の速度に合わせている為、その歩みはかなり遅い。
私もアリス達に算術や野営術を教えるくらいしかやる事がなかった。
今日は野営での料理を3人に教えている。
ちょうどバアルが近くの森で数羽の角うさぎを狩って来てくれたので、解体の仕方や不可食部位の処理の仕方などを実際にやらせ、野生のハーブと塩で味付けして串焼きに、骨で出汁を取った野草のスープだ。
食後はテントの設営や見張りのローテーションなどの基本的な事を教える。
もう10日目なのでアリス達も慣れてきている様で、3人とも問題なくスムーズに野営の準備をこなした。
その後は就寝時間まで算術を教え、翌朝には野営地の始末をして再び馬車を進ませる。
そんな日々を過ごしていたのだけれど、その日は前方のオーキスト殿下から進軍の停止と私に出頭命令が届いた。
オーキスト殿下とルーカス様の所へ出向くと、そこには簡易テントが設営されており、オーキスト殿下とルーカス様が難しい顔で向かい合っていた。
「義勇軍団長エリー・レイスです。
お呼びにより参上しました」
「ああ、急に呼び出して済まないな。
取り敢えず掛けてくれ」
「はい」
私が組み立て式の椅子に腰を下ろすと、従軍しているメイドが紅茶を淹れてくれる。
流石、皇太子だ。
紅茶も美味しい。
「何か有ったのですか?」
私の問いにルーカス様が答えてくれる。
「実は先程、先行偵察に出ていた者達が帰還したんだ。
それによると、レクセリン砦は既に侵略軍によって占拠されていたらしい」
「むぅ」
「不味い事態だ。
奴らは砦を補修して防御力の底上げまで行っているそうだ。
その上、砦の周りには多数の魔物が確認されている。
偵察に行った者の半数以上が魔物にやられたそうだ」
「事前に監視の任務に付けていた者も連絡が取れず、合流も出来ていない。既に死んでいるのだろうな」
「斥候狩りですわね。おそらく連絡用の鳥も狩られていたかと」
「ああ、それなりに有能な人物が砦を押さえているのだろうな」
「フリード王子では有りませんわね。
彼がこんな危険な最前線に居る訳が有りません」
「そうだな。フリード王子は占領している都市に入ってから、都市を出た報告は受けていない。大規模な軍もだ」
私は簡易テーブルに広げられた資料を手に取る。
斥候が命がけで集めた資料だ。
これによると、砦の周辺を固めているのはほとんど魔物だ。
人間の姿もあるらしいが、砦の中に少数の姿が見えるだけだ。
「この資料を見る限り、人間の兵士はかなり少ない様ですね。モンスターテイマーと少数の精鋭兵士で砦を確保し、本隊を待っているのでしょう」
「どうしたものか。下手をすれば砦を攻めている所を敵の本隊に挟み撃ちにされるかも知れない」
私は少し思案してから提案する。
「先ずは砦の周囲の魔物を削るのは如何でしょうか?
いくら凄腕のモンスターテイマーであっても魔物の数は有限、魔物を削り切れるならばそのまま砦を攻め落とし、敵の援軍が現れたのならば、軍を分け魔物を抑えている間に敵軍を討つ。
このまま静観して合流を許すよりも、戦力が分散されている間に削るべきだと思います」
「なるほど。確かに挟み撃ちにされる可能性も有るが、逆に考えれば敵の戦力が分散されているとも取れる訳か」
「はい、魔物を削る役目は義勇軍にお任せ下さい。
義勇軍には多くの冒険者が居ます。
彼らは魔物と戦う事が本職ですから」
「そうだな、軍の兵士は基本的に人間の相手をする事を想定した訓練を積んでいる者が殆どだ。
ならば魔物は冒険者に任せるべきか。
エリー軍団長、明日の明け方より作戦を開始する。
義勇軍を率いて魔物共を殲滅せよ。
ルーカス卿と私の軍は周囲の警戒と撃ち漏らしを狩る。
魔物討伐の経験がある兵士を選抜し、臨時部隊を編成せよ。
敵の援軍が予想される方角には斥候を放て」
「はっ!」
「はっ!」
私とルーカス様はオーキスト殿下に簡易的な敬礼をすると、自らの率いる軍の元へと帰って行った。