進軍①
オーキスト殿下と合流した私は、義勇軍を率いて進軍していた。
前方には先行するレブリック辺境伯軍とオーキスト殿下率いる帝国軍が居る。
私達は殿だ。
軍の中央部を進む馬車の中には私とミレイ、アリス、ルノア、ミーシャの5人が座っている。
「エリー様、私達はハルドリア王国軍が居る都市を目指しているのですか?」
ミーシャがそう尋ねた。
軍の主要なメンバーには伝えていたが、その時ミーシャはアリスと共に別室に居たのだったわね。
「私達が目指すのはレクセリン砦よ」
「レクセリン砦?」
ミーシャは少し悩み首を傾げた。
ミーシャは私の従者見習いとしてしっかりと勉強している。
しかし、レクセリン砦については知らないのだろう。
無理も無い。
「かつてまだこの辺りが帝国の領土じゃ無かった頃の砦よ。今は放棄されているわ」
「せっかくの砦を放棄しているのですか?」
「ええ、この辺り一体が帝国に飲み込まれたから必要無くなったのよ。
取り壊すのも予算の無駄だし、街道から離れ過ぎているから野盗の根城としても旨味が薄いのよ。
だから年に数回、兵士が巡回する程度で放置されているの」
「その砦を目指しているのですね」
「ええ、あの砦は位置的に有用だからね。
都市に立て篭っている侵略軍に奪われたら不味いから、先に確保するのよ。
侵略軍も砦に気付いて狙っているかも知れない。砦の奪い合いで戦闘になるかも知れないから油断したらダメよ」
「はい!」
ミーシャは真剣な顔で頷いた。
まぁ、現在の義勇軍は全体で見ると後方だから、遭遇戦になる可能性は低い。
「でも気を張りすぎてもダメよ」
「は、はい」
◇◆☆◆◇
軍を率いて出立したブラート王を見送った後日、船で到着したギョクリョウを迎えたアデルは、母と話すのも程々に、城に残った大臣や重臣達を会議室へと集めていた。
「皆、忙しい所済まない。楽にしてくれ」
アデルがそう伝えると、起立して礼を取っていた大臣や重臣達が椅子に腰を落ち着けた。
「ん、アデル殿下、何故この場に『人もどき』をお連れになっているのですかな?」
大臣の1人が不思議そうに尋ねた。
今日、アデルはマオレンとエイワス以外に、最近臣下へ加えたオルトとフロンテを連れていた。
「ポルトレアード卿。彼等は狼人族とエルフ族だ。民の規範となるべき国の重臣が『人もどき』などと差別的な言葉を使うべきでは無い」
「おお、これは失礼致しました」
心にも無い事を言うポルトレアードを見た者達の反応は2つに分かれる。
亜人族を見下し、下品な笑みを浮かべる者。
その者達を冷めた目で見る者。
前者は実績も無く、女で若いアデルを舐めている者達。
一方、後者は何かしらの情報を得てアデルが王国で暗躍している事に気付いている者、純粋に差別意識の薄い者達だ。
数としては半々、いや少しアデル寄りの者達が多いか。
戦争賛成派の貴族の多くは兵を出してブラート王と共に戦地に向かったので残った者達は戦争に反対していた者、中立の立場を取った者が多い。
「皆に今一度問いたい。
今回の戦争は我が国の不始末、反逆者であるフリードを捕縛し、帝国に謝罪するべきだと思う者は居るだろうか」
「アデル殿下!何を仰るのですか!
進軍は国王陛下がお決めになった事ですぞ!」
「お気持ちは分かりますが、いくらアデル殿下でも今更どうにも出来ませんぞ」
顔を真っ赤にして立ち上がったポルトレアードとは対照的に、アデルを諭す様に発言するのは老境のキルティア伯爵だ。
「分かっているよ。ただ聞きたいだけだ。
皆がどの様な考えなのかを知りたいのだ。今回の進軍に賛成している者は起立してくれ」
アデルが願うとポルトレアードを始めとして3分の1程が立ち上がった。
キルティアは座ったまま静かにそれを見ている。
「6人か。ありがとう、よく分かった」
アデルは立ち上がると、風を纏った手刀を振るい、すぐ側のポルトレアードの首を斬り落とした。
それと同時にアデルの背後に控えていたオルトとフロンテが懐から短刀や短剣を取り出し残りの5人に斬り掛かる。
瞬く間に4人を殺した2人の後ろから、腰を抜かして震える最後の1人に歩み寄ったアデルは溜息混じりに呟く。
「はぁ、無能どもの首はエリザベート姉様に差し出す約束だったのに……」
「あ、あ、アデル殿下!お、お待ち、お待ち下さがぁ!!」
「ごめんね。君達は邪魔なんだよ」
風の刃が振るわれ、アデルの呟きは悲鳴に掻き消された。
「アデル様、こちらを」
「ありがとう」
マオレンから受け取ったハンカチでわずかに返り血で汚れた手を拭ったアデルは、青い顔をして視線を向けて来る者達、何かを期待する顔を向けて来る者達の目の前で、空席となっていた最上位の席、国王のみが座る事を許されている席へと、ゆっくり腰を下ろした。
「諸君、この国はボクが貰う。何か意見が有る者は発言を許す。申せ」
その場にいた者達のアデルの問いへの答えは、跪き臣下の礼で以て返されるのだった。