義勇軍③
数ヶ月ぶりに訪れたレブリック辺境伯領の領都は、一見普段通りに見えるが、戦火の足音により、肌を刺す様な張り詰めた空気で満たされていた。
そして、よくよく見てみれば領都内の要所には警戒心を顕にした衛兵が厳重に警備の任に就いている。
引き連れて来た義勇軍に領都の衛兵施設を使い休ませた後、主要メンバーを連れてルーカス様の所へ向かった。
「久しぶりだな、エリー会長。いや、今はエリー軍団長か」
「お久しぶりです。ルーカス様」
私が通された領主邸の一室は、作戦室として使われているらしく、中央の大きな机の上には幾つかの駒が並べられた地図が広げられており、伝令が報告を持ってくる度に担当の武官や文官が書類に情報を書きつけ、駒の位置を動かしている。
私は一緒に連れて来ていたユウや傭兵団の団長2人をルーカス様に紹介する。
「騒がしくしてすまないな、掛けてくれ」
「失礼します。
早速ですが状況をお聞かせ下さいますか?」
「ああ」
部屋の端にある応接用のソファに並んで腰掛けたのは私とユウの2人、ミレイと傭兵団の団長2人はソファの背後に立つ。
ルーカス様は新しい地図を机に広げ、幾つかの駒や棒を配置する。
「これがハルドリア王国軍……正確には王太子のフリード・ハルドリアが率いている私兵とそれに同調した諸侯軍、雇われの傭兵や冒険者の一団だな、これが奴らの進行ルートだ」
「フリードの私兵?
正式なハルドリア王国軍では無いのですか?」
「その様だ。王国に送り込んでいる間者の報告では、王都の軍はまだ動いていない。
だが、物資の集積などは始まっているらしく、近く軍が出る可能性は高い」
「フリードの暴走って事でしょうか?
それにしては率いている軍が強すぎるわよね」
「そうですね。正規兵は諸侯軍だけ、それも王国軍よりは練度は落ちる筈ですから、いくら情報を上手く遮断出来たとしても、この短期間で複数の都市を落とすなんて出来ないと思います」
ユウも私と同意見らしい。
するとルーカス様は、私達の疑問の答えかも知れない情報を口にした。
「それなんだが……フリード王太子が率いる軍にはかなりの数の魔物がいるらしい」
「魔物ですか……複数のモンスターテイマーを雇えば不可能では無い……かしら?」
「どうだろうか?かなり強力な軍勢らしい。
中には高ランクの魔物や変異種らしき個体、竜種も確認されたそうだ」
ルーカス様は困った様に額を押さえながら溜息を吐いた。
確かにそれだけ強力な魔物ならば都市規模では抵抗するのは難しい。
そしてもう一つ、気になる事がある。
「強力な魔物を複数連れたモンスターテイマー…………」
「エリーさん、もしかしたら……」
ユウもそれに思い至った様だ。
以前、帝都でキングポイズンスライムの変異種が地下水脈に現れた一件で、私とユウ、エルザ、ティーダがダンジョンに潜った時の事だ。
あの時、異常に多い魔物や、ダンジョン規模に不釣り合いな強力な魔物に襲われた。
別行動を取っていたティーダが、それらの魔物を操っていたモンスターテイマーの女と交戦したと聞いた。
かなりの手練れだったそうで、腕を切り落としたものの、本人には転移のスクロールで逃げられてしまったらしい。
「あの時のモンスターテイマーがフリードの所にいるとしたら、帝都でのキングポイズンスライムの一件もフリードが関わっていた可能性があるわね」
「ふむ、聞いた限りでは、そのモンスターテイマーの実力はかなりの物だな。
しっかりと対策を立てる必要が有る」
私達の話を聞いたルーカス様は、眉根を寄せて頷くと、更に詳しい話を聞く為に紙とペンを用意させるのだった。
◇◆☆◆◇
「どうだい、シルビィ。これが俺の力さ」
代官を殺し、占領した屋敷のバルコニーから半壊した都市を見下ろしながらフリードは傍らのシルビアに笑顔を向けた。
シルビアは少し間が開くが、微笑みを浮かべながらフリードに言葉を返した。
「…………素晴らしいですわ、フリード様」
「そうだろう?これだけの功績を以てすれば、あの生意気なアデルにも俺を認めさせられる。当然、シルビアの事もだ」
「嬉しいです」
シルビアはフリードにそっと身を寄せた。
その後、兵の所に行くフリードと別れたシルビアは、充てがわれた自室に戻り、護衛と世話係を退がらせると、整えられたベッドに握りしめた拳を振り下ろした。
「何で⁉︎何でこんな事になったのよ⁉︎
私は……私はただ幸せになりたかっただけなのに⁉︎王子様と結婚して!何不自由なく暮らせる筈だったのに!!」
怒りに顔を崩すシルビアは、何度も何度もベッドや枕を殴り付ける。
「何が『俺の力』よ!あの女に良い様に使われているだけじゃない!!
あの烏とか言う女、絶対に関わったら不味い人間よ!!
クリスにも繋がっていたって事は、ずっと前から利用されていたって事じゃない!
大体、アデル殿下に認めさせるなんて出来ないわよ!
帝国が本気を出したら私達は殺される。
王国が加勢して勝ったとしても良くて生涯幽閉、悪ければ処刑か暗殺よ!
何でそれが分からないのよ!!」
不幸にもシルビアは愚かでは有ったが、馬鹿では無かった。
利用され、騒動の中心地に連れてこられたシルビアは現状を正しく認識していたのだ。
1人、涙ながらに捲し立てるシルビアの声に応える者は誰も居なかった。