帝都の祝祭③
「な、なに⁉︎」
アリスが不安げな声を上げる。
「イーグレット!」
「ああ、アリス!掴まっていろ!」
「掴まってルノア!ミーシャも着いて来なさい」
「は、はい」
「はい!」
イーグレットが肩の上のアリスを抱える様にして跳躍、民家の壁を蹴り屋根の上に上がった。
それにルノアを抱えた私が続き、更にミレイにミーシャ、オウルも自力で屋根の上に上がって来た。
最後にグレンがその体格からは予想出来ない程の俊敏さで屋根に跳び上がってくる。
「何が有ったのでしょうか」
「あの辺りね」
何度も悲鳴が上がる場所に視線を遣ると、遠目からも分かる程、辺り一面が血の海となっていた。
「テロか?」
イーグレットがアリスを降ろしながら問う。
血溜まりの中心部では蜘蛛の絵が描かれた仮面の男が周囲の人間を手当たり次第に斬りつけていた。
皇帝陛下を狙ったにしては意味の無い行動だ。
と言う事は帝都で騒ぎを起こすのが目的か。
アリスに見せない様にしながら様子を窺っていると、皇帝陛下の命を受けたのか、近衛騎士が2人、現場に踏み込んだ。
「取り敢えず何とかなりそうだね」
「そうね、いくら何でも近衛騎士2人を相手に……」
私は此処で言葉を飲み込んだ。
男が腕を振ると、まだ距離が有った筈の近衛騎士の1人が四肢を切断されて地面に転がったのだ。
倒れた仲間に一瞬気を取られたもう1人の近衛騎士も、瞬時に間合いを詰めた男の短剣で喉を貫かれる。
「あいつ、ただの暴漢じゃないぞ!」
イーグレットの言う通りだ。
あの間合いの外からの攻撃にはカラクリが有るとしても、近衛騎士が気を取られたのは一瞬、普通なら全く問題ないくらいの僅かな間だ。
仮面の男は、それを見逃さず隙を突く事が出来るレベルの強者だ。
だが、この場は皇帝陛下の御前だ。
その場に居る近衛騎士は全員が選りすぐりの精鋭。2人がやられたと知ると、皇帝陛下が直ぐ様増援に出る様に命じて、今度は10人が仮面の男へと向かう。
その場に居た近衛騎士の3分の1を向かわせた訳だが、皇帝陛下の周囲は20人の近衛騎士と更に多くの兵士が固めている。
10人の近衛はスキルを使って仮面の男への距離を一足で縮めると、卓越した剣技で斬り払おうと剣を振るった。
仮面の男もギリギリで躱そうと身体を捻ったが、右足を斬り落とされて血溜まりの中を転がる。
そして再び腕を振り、謎の遠距離攻撃を放つが、その攻撃の正体に気付いた近衛騎士が仲間の前に躍り出て剣を薙ぐ。
「今度こそ終わりだな」
「ええ、今のうちにこの場を離れましょう」
皇帝陛下も既に宮廷へと戻り始めている。
あのテロリストの目的は分からないけれど、ここまでだ。
そう思った時、仮面の男から膨大な魔力を感じた。
驚き振り向くと、仮面の男は右手を掲げて何かを持っている。
魔力の出所はその『何か』だ。
「マジックアイテム⁉︎」
誰かが言った。
これ程の魔力が込められたマジックアイテムだ。
何が起こるか分からない。
私は【暴食の魔導書】を作り出し防御魔法を張ろうとするが、それよりも早くマジックアイテムの魔力が凝縮して行った。
魔力は全て仮面の男の身体に押し込まれる。
あんな物、人間が耐えられる筈がない。
「まさか……」
私はその現象を起こすマジックアイテムを知っている。
ハルドリア王国の禁書庫の中に収められた文献にある物だ。
「『死者の宝玉』」
驚く私を他所に、仮面の男が身体を震わせると、その肉体がみるみる内に腐り落ちて骨だけの姿に変わる。
最後に仮面が落ちると、完全な骸骨となった。
その姿は、下級アンデッドのスケルトンと酷似しているが、内包する魔力は桁違いだ。
近衛騎士達も慌てて距離を離そうとするが、骸骨の姿が掠れると、次の瞬間には近衛騎士の1人の目の前に移動していた。
「ぐぁぁあ!!」
骸骨の抜き手が近衛の鎧を貫き、背中までを貫通させる。
崩れ落ちた近衛騎士の死体から、血液が生き物の様に這い出し骸骨に纏わりつくと、赤黒い外套へと変化する。
「あの男……ノーライフキングに転生した……」
そんな言葉がポツリと口から溢れた事にハッとする。
私は作り出したばかりの【暴食の魔導書】を消し、入れ替えに【強欲の魔導書】を手にすると、つい先日再生したばかりの細剣フリューゲルを取り出した。
「ミレイ!3人を連れてこの場を離れて!」
「オウル、お前も逃げろ」
「…………」
イーグレットとグレンもマジックバッグにしまっていた武器を手にしている。
ノーライフキングを放置する事は出来ない。
この場で叩かねば帝都が消滅する!
私は、周囲に散乱する遺体を次々とアンデッドに変えて行くノーライフキングへと向かって飛び出して行った。