エイワスの主
「連れないね、可愛い妹を心配して会いに来たに決まっているじゃないか」
「ご冗談を。脳筋か宰相の差金ですか?」
「はっはっは、まさか本当にそう思っているのかい?」
「いいえ、エイワスお兄様が自らの利益の為以外に行動するとは思えませんね」
「ふふ、そうだね。あんな老害共の為に私が動くなどあり得ない」
エイワス・レイストンは優秀で多才であるが、非常に利己的な人間だ。
外面は取り繕っているので、深く知らない人間には心優しい貴公子だと思われているが、実際には自分の利益以外に関心が無い。
だが、自らの評価の為に善政を敷いており、それ故に生活に余裕がある領民は、高い生産性を維持出来る。
また国を信用しておらず、いざと言う時の為の自衛力として領軍の練度を上げるべく、時には自ら剣を手にして小まめに魔物や野盗を討伐して鍛えている。
全て自分の為の行動だが、結果として税収は上がり、領地の治安も良いので中央貴族からの評価や領民からの人気も高い。
閑話休題である。
「では目的は?」
「冷たいなぁ。私はエリザベートが王国に見つからない様に情報を操作してあげていたんだよ?
可愛い妹を守っていた兄にもっと感謝してくれても良くないかい?」
なるほど。
紛争後からは特にだけれど、結構目立っていた筈の私の情報が王国に伝わった様子が無かった事が気になっていたが、エイワスお兄様が情報を遮断していたのか。
だが、その理由は本人が言う様な物ではないだろう。
「私に利用価値があるから王国に取られないように隠していただけでしょう」
私の言葉に肩をすくめたエイワスお兄様は、雰囲気をガラリと変えて私と視線を合わせた。
私はフリード王子との婚約の件が有ったので、領地で過ごす事はあまり無かった。
なので幼い頃から次期領主として領地経営の勉強をさせられていたエイワスお兄様と共に過ごした時間は短い。
それでも兄だ。
それなりに噂は入って来るし、その人と為りは大体分かっている。
いま見せているのは滅多に無い真面目な顔だ。
「私が此処に来た用件だが……エリザベート、王国に戻ってくれないか?」
「………………」
ここに来てその話?
何か裏があるのかしら?
「話にならないわね」
「まて」
エイワスお兄様は席を立とうとした私を引き留める。
「王国と言ってもあの老害どもや色ボケ王子のところに戻れと言う訳じゃない」
「…………」
ソファに座り直して無言で先を促す。
「私が仕えている主の元に来て欲しいんだ」
「仕えている?」
エイワスお兄様が仕える?何を言っているんだ?
この男は確かに優秀だが少しでも隙を見せれば寝首を掻く、猛毒の様な男だ。
そんなのを懐に入れた奴が王国に居る?
いや……。
確かに最近の王国の動きは少しおかしい。
私が関係を崩す様に仕向けた属国との仲も修復されて来ている。
更に王国の戦力を削る為に適当に始末していた小者貴族の滅亡も利用して戦力を中央に集めて立て直そうとしている様子もある。
腐った貴族が処分され、まともで優秀な者が後釜に据えられていた。
それらの政策はフリードの名前で行われていたが、あの無能がそんな事を出来る筈がない。
初めは宰相がやったのだと思ったが、宰相のやり方は効率や利益率など数字を第一に考える。
人心を纏めるあの手腕は宰相のやり方では無い。
優秀なブレーンが付いたのだと思っていたが、それがエイワスお兄様だったのか?
だが、脳筋や宰相にエイワスお兄様を御せるとは思えない。
なら、エイワスお兄様が仕えていると言う人物がそのブレーンか。
怪しいのは偽金騒ぎが有った頃に城に入ったと報告があった馬車か。
馬車に乗っていた人物は不明。
それらしい人物が城から出たと言う報告は無い。
だが、その時期から王国の動きが変わった。
理と心を介した政治が目立つ様になった。
それに城の一部の警備が異様に厳しくなって情報が得られない場所が出来た。
エイワスお兄様の話を聞き、私の頭の中でバラバラだった今までの情報や違和感が次々と繋がって行く。
「その仕えている方の名前をお聞きしても?」
私が尋ねると、エイワスお兄様は頷き、あっさりとその名を口にした。
「私がお仕えしているのはアデル殿下。
ハルドリア王国第1王女、アデル・ハルドリア殿下だ」