渓谷の戦い
事前の取り決め通り、馬車のスピードを上げて広場へと突入した。
それと同時にバアル、イーグレットが飛び降りて殿とした馬車の後ろを追いかけ、走り出す。
2人ともスキルで身体強化を施しており、全速力の馬車にも軽々と並走していた。
私は手綱を握るミレイのすぐ後ろ、御者台の僅かなスペースに立ち、空からの襲撃を警戒している。
後続のイーグレットの馬車でも同じ様にグレンがハルバードを構えている筈だ。
「来るぞ!」
バアルの声が渓谷に響くのと同時に、数多の影が私達を目掛けて滑空して来るのが目に入った。
ロックバードは、体の一部が岩石で出来た鳥の魔物だ。
その見た目通り、高い防御力を持つ。
しかし、その重量故に小回りが利きづらいと言う弱点も有った。
1体だけなら余裕で討伐も可能なのだが、ロックバードは群れで狩りをする。
その防御力と質量を生かして獲物に体当たりを喰らわせるのだ。
「【氷槍】」
牽制で魔法を撃ってみるが、先頭の1体に当たっただけで氷の槍は砕けてしまう。
衝撃でダメージを与え、軌道を変える事は出来ているが、致命傷には至らない。
直ぐに別のロックバードが入れ替わるが、それをグレンの振るったハルバードから放たれた風の刃が両断する。
更に先頭のロックバードを仕留めた風の刃は無数の小さな刃に分裂し、背後のロックバードの群れを切り裂いた。
刃は小さく、倒せたのは当たりどころの良かった1体だけだが、群れ全体のスピードがやや落ちる。
グレンの持つ『風の牙』と言うハルバードは《寓話級》の魔法武器らしい。
更にイーグレットのシャムシールも《民話級》の魔法武器だ。
共闘するにあたり、私達はお互いの手の内を交換していた。
勿論、秘匿する所は秘匿しているが、それなりに戦闘力は伝えて、何度か連携の訓練もした。
その時に聞いた話だが、イーグレットは神器まで使えるそうだ。
彼はナイル王国の貴族の生まれで、幼い頃から英才教育を受けたらしい。
だが妾胎で5男、兄も優秀。故に居場所が無かったイーグレットはグレンと共に冒険者として、貴族籍を抜け家を出たそうだ。
その後はナイル王国のダンジョンで幸運にも財宝を手に入れ、そのお金を元に商会を作ったのだと言う。
グレンのハルバードはその財宝の1つで、イーグレットのシャムシールは大金を積んで購入したそうだ。
私も神器や魔法の事は伝えている。
勿論【強欲の魔導書】や【暴食の魔導書】など伝えても問題無い事だけだけど。
【強欲の魔導書】や【暴食の魔導書】に関しては帝都の情報屋に金貨を握らせれば手に入る情報だ。
【怠惰の魔導書】や【色欲の魔導書】などの情報は勿論出さない。
さて、グレンが時間を稼いでくれている間に詠唱を完成させる。
「凍てつく名槍 輝く氷雨 白き獣は王墓に座し 万軍を喰いて凍土を築く 我が名は氷狼
【白銀の氷槍】」
普段は詠唱破棄や短文詠唱で使っている上級魔法の完全詠唱だ。
私が展開した魔法陣から無数の氷柱がロックバードの群れへと放たれる。
小さな氷柱だが、そこに込められた魔力はかなりな物だ。
氷柱が命中したロックバードは一瞬で凍りつき砕け散る。
この一撃で群れの半数は落ちただろう。
更に魔法を避け、馬車の横腹を狙うロックバードもいたがバアルの拳とイーグレットのシャムシールがそれらを防ぐ。
大きく数を減らしたロックバードは、上空で隊列を整えると再び馬車に向かって突っ込んで来た。
馬車に迫るロックバードだが、イーグレットが馬車を足場にその正面に跳び上がった。
「神器【三日月の夜】」
イーグレットの身体から魔力が溢れ、瞬時に右手へと凝縮する。
その手に物質化されたのは左手に持つ《民話級》の魔法武器と同じシャムシールだった。
イーグレットは両手のシャムシールを交差させて構え、魔力を込めて十字に振るうと斬撃が空を走り、10体以上のロックバードを纏めて斬り捨てた。
すると残った数体のロックバードは逃げる様に高度を上げ、しばらくこちらを窺った後、逃げ去って行った。
「追い払ったかな?」
「取り敢えずはな」
「別の群れに襲われる前に渓谷を抜けましょう」
バアルとイーグレットを馬車に乗せ、私達は馬車を走らせるのだった。