砂漠の商人
馬車から飛び出して来たのは、2人の男だった。
ワイバーンの首を綺麗に切断したのは、三日月の様に湾曲したシャムシールを手にした色黒の男。
そしてワイバーンの翼を切ったハルバードを担いだ鉄仮面の男だ。
鉄仮面の男は冒険者風の身軽な革鎧姿なのだけれど、何故か顔はフルフェイスの鉄仮面で隠されている。
鉄仮面の男は翼を切られてもがくワイバーンにトドメを刺し、色黒の男の横に並ぶ。
すると、ワイバーンが2人を目掛けて急降下して来た。
鉄仮面の男がワイバーンの接近に合わせてハルバードを振るい爪を受け止めると、その背中を蹴って色黒の男が飛び上がり、シャムシールでワイバーンの首を綺麗に斬り落とす。
「やるな」
「そうね。亜竜種の鱗を物ともせずに斬り割いている腕もそうだけど、あのシャムシールとハルバードもかなりの業物よ」
私がバアルと話している間にも彼らの戦いは続いている。
2人の連携は巧妙で、瞬く間にワイバーンを討伐して行った。
「終わった様ね」
ワイバーンを討伐した彼らは私達の方へとやって来る。
「やぁ、この度は巻き込んでしまって申し訳ない」
色黒の男が私達に声を掛けた。
「気にしなくて良いわ。事故の様な物よ」
「そう言って貰えて助かるよ。
ワイバーンの縄張りの近くを通ってしまった様でね。
倒しても素材を運ぶ事なんて出来ないし、逃げようとしていたんだ。
まさか、この広い荒野で人と鉢合わせるなんて思わなくてね」
「こちらも特に怪我は無かったからもう良いわよ」
そう返しながらも、私は男の姿を見て少しだけ驚いた。
色黒の肌は砂漠の先にある国、ナイル王国の民に多いが、そこまで珍しい訳ではない。
私が驚いたのは彼が混合種だったからだ。
彼の耳はハーフエルフの様に少し尖っており、右側のこめかみには魔族の様な角、更に狼人族の尾も持っていた。
通常、多種族との間に子を残せるのは人族だけだ。
エルフ族とドワーフ族の間には子供は生まれないが、エルフ族と人族、ドワーフ族と人族の間では子供を作ることが出来る。
そして異種族の間に生まれた子供は、両親のどちらかの種族か、ハーフ種族となるのだ。
では混合種とは何か。
それは、異種族の親から生まれた人族の子供が、別の異種族と子をなした時にごく稀に生まれる複数の亜人種の特徴を持った人間だ。
総じて魔力や身体能力に秀で易く、歴史に名を残した英雄にも混合種で有ったとされる人物も多い。
特に彼の様な3種族以上の特徴を持つ者はそうそう居ない筈だ。
「おっと、名乗りもせずに申し訳ない。
俺はイーグレット・バーチ。バーチ商会と言う小さな商会を経営している」
バーチ商会……聞いた事は無いわね。
風貌からナイル王国の商会かしら?
イーグレットは隣に立つ鉄仮面の男に視線を向ける。
「コイツはグレン。俺の幼馴染で護衛をして貰っているんだ。
グレンは以前、魔物に大怪我を負わされてね。その時の傷が原因で声を出せなくなったんだ。
いつも暑苦しい鉄仮面で傷を隠している。
俺は気にする事は無いと言っているんだが、『こんな大怪我は恥以外の何物でも無い』って頑なに鉄仮面を取らないんだ」
イーグレットは更に近くに馬車を停めて降りて来た少年の背中を押して私達の前に出した。
「こっちはオウル。
見ての通り奴隷だが、俺の大切な仲間だ」
オウルと呼ばれた少年はペコっと頭を下げた。
なるほど、確かに首の辺りに奴隷の魔法刻印が見える。
しかし、身に着けている衣服は旅用のしっかりとした物で、顔色も良い。
「ご紹介に与りました、オウルと申します。この度は大変ご迷惑をお掛け致しました」
随分と出来た子だった。
私はオウルにも気にしない様に伝え、こちらも自己紹介をする。
名乗られたならば、こちらも名乗るのが礼儀と言うものだ。
「私はエリー・レイス。トレートル商会の商会長をしているわ。
こっちの大男がバアル、護衛よ。
そして彼女はミレイ、私の従者兼、商会の幹部をして貰っているわ」
バアルとミレイも軽く挨拶を交わす。
「トレートル商会⁉︎」
イーグレットはトレートル商会の名を聞くと少し目を丸くした。
「今、帝都で話題の商会だよね。
たしか、化粧品やスイーツで貴族階級の御婦人や御令嬢を虜にしているとか、それに最近ではアクアシルクの生産に成功したと聞いたよ?」
「え、ええ、そうね」
イーグレットの勢いに少し驚きながら肯定すると、彼も自分が前のめりになり過ぎていた事に気付いたのか、居住まいを正して謝罪を口にした。
「おっと、済まない。まさか、こんな荒野の真ん中で大商会の商会長と出会うなんて驚いてしまってね」
「随分と詳しいのね」
「ああ、俺の拠点はナイル王国だが、荒野の都市国家群を廻ったり、帝都に赴く事も多いからな。
噂は耳にしていたんだ。
祝祭に合わせて帝都に向かう所でね、その時に噂のチョコレートと言う菓子を食べてみたいと思っていたんだ。
ナイル王国で懇意にしている貴族から大物貴族のパーティで供されたと聞いていてね」
「へぇ、もうナイル王国にまで伝わっていたのね」
う〜む、他国の貴族の間でも噂になっているのか。
これは良い話を聞いたわね。
「それにアクアシルクも話題でね。
ナイル王国はお国柄、年中気温が高くなるんだ。そこで、アクアシルクで作られたストールが王妃殿下に献上されて、商人の間で話題になっていたんだよ」
「なるほど、アクアシルクを錬金術師が加工すれば、半永久的に周囲を程よく冷却出来るストールを作れるわね」
コレは盲点だった。
私の育ったハルドリア王国も、今住んでいるユーティア帝国も夏や冬は有るが、そこまで劇的に気温は変わらない。
その為、アクアシルクを錬金術で加工するなら耐熱性の高い防具としてしか考えて居なかった。
「…………これは……そうね……いずれはナイル王国や南大陸向けの高級品として……」
「エリー様……エリー様」
「……ん?」
「イーグレット殿が困っていますよ」
「あら?」
顔を向けるとイーグレットが苦笑いを浮かべていた。
しまった、つい思考に没頭していた。
幼い頃はよくこうして自分の世界に入ってしまっていた物だ。
最近では気をつけていたのだけれど。
「ごめんなさいね。つい、新しい商売のタネについて考え込んでしまって……」
「はっはっは、流石は大商人だ。
是非、俺も1枚噛ませて欲しいな」
イーグレットもなかなか強かだった。