人々の日常:来たる嵐の前の一幕
女子会で楽しい時間を過ごしてから数日、私は屋敷の前で馬車に積み込む荷物を確認していた。
これからアクアシルクの加工に必要な素材の産地へ取引に行くのだ。
今回の目的地は荒野に点在する都市国家の1つ、『リースベール』だ。
独立を保っていると言えば聞こえは良いが、実情は利益が無いので大国に併合されなかった為、自立するしか無かった貧しい都市だ。
特に立地が悪い。
都市国家が有る荒野は、過酷な環境に加え、強力な魔物が巣くっている危険な場所だ。
「エリーさん、こっちは準備出来たッスよ」
「ええ、こちらももう終わるわ」
大きなバックパックを背負ったティーダがやって来た。
今回の旅にはティーダも同行する予定だ。
先日の女子会で近々リースベールに行く、と言っところ、ティーダが同行したいと言い出したのだ。
なんでも、次は荒野の都市国家を廻るつもりだったらしい。
その為、リースベールまで共に向かい、向こうで別れる事になったのだ。
「ママ」
「アリス、行ってくるわね。
祝祭までには帰るから、良い子にしているのよ」
「うん」
「ルノアとミーシャもアリスをお願いね」
「はい」
「畏まりました、エリー様」
今回の旅は危険なのでアリス達は留守番だ。
私に同行するのはミレイとバアル、それとティーダだけだ。
私が幌馬車に乗り込むと、御者台のバアルが馬に鞭を入れ、門に向けてゆっくりと進み始めた。
私は馬車の後ろから手を振るアリスに手を振り返すのだった。
◇◆☆◆◇
上等なソファに腰を下ろした男は、高価なワインを口に運びながら傍に跪く女に声を掛ける。
「蠍、魔導義手の調子はどうだ?」
「はっ!殿下から賜りましたこの義手は素晴らしく、自らの腕よりも調子が良く感じます」
「はっはっは、世辞が上手くなったな。
『人形』の方はどうだ?」
「はい、低ランクの魔物は既に数が揃っております。
高ランクの魔物の数は以前程では有りませんが、数体の竜種や変異種をティムしております」
「そうか、では任務を与える。
ハルドリア王国に居る烏と合流して指揮下に入れ」
「はっ!」
蠍が退室した後、男はテーブルの上に盛られた肴からチーズを取り上げて味わいながら口を開く。
「いやはや、慌ただしくて済まない。
もう直ぐ帝国の祝祭があるので、私も少しちょっかいを掛けようと思っていてね」
男は、それらの行動をじっと見ていた正面に座るもう1人の男に、微笑みかけながらそう言った。
「くだらん。貴様らの行動に興味は無い」
「はっはっは、勿論理解しているとも。
我々はお互いの目的の為にお互いを利用すればそれで良い、そう言う事だろう?アルトロス卿」
「ふん」
男の正面に座る青白い肌、黒い眼球に白い瞳を持つ伯爵二位の悪魔、アルトロス・イザリースは男の笑顔を見て、不機嫌を隠そうともしなかった。
◇◆☆◆◇
「エイワス」
アデルは与えた執務室で任せた仕事を、次から次へと片付けてゆく優男に声を掛けた。
「ん?これはアデル殿下。
ご機嫌麗しゅう御座います。
本日は殿下の美しい御尊顔を拝謁でき、このエイワス、王国一の……」
「はぁ、そう言うのは良いと言っているだろう」
「ふむ、では何か御用でしょうか?」
エイワスは慇懃な動作でアデルに椅子を勧めながら尋ねた。
アデルは胡散臭い物を見る様な瞳でエイワスを警戒しながら椅子に座ると、懐から手紙を取り出してエイワスに差し出した。
「コレは……」
「招待状だよ。帝国の祝祭の。
君には王太子の代理として帝国の祝祭に行って貰いたいんだ」
「おや、私で宜しいので?」
「本当ならボクが行きたい所だけどね。
でも今、城を空ける事は出来ない。
だから君に任せるよ」
アデルは諦めた様に肩をすくめて見せた。
「…………目的は分かっているよね?」
「ええ、お任せ下さい」
◇◆☆◆◇
「クソっ!」
フリードは自室の机に拳を叩きつけた。
アデルが王太子の仕事を熟す様になってからはフリードは実質、軟禁状態であった。
「あのクソアマがぁ!どいつもこいつもっ!」
酒瓶が転がる広い室内を落ち着かずウロウロと歩きながらフリードは誰にともなく怒りを吐き出す。
部屋の周囲にはアデルの息の掛かった者達が監視しているので抜け出す事も出来ない。
更にアデルはシルビアがエリザベートを貶めた証拠を集めているらしい。
おそらくそうやって自分から王太子の地位を奪う為のでっち上げの小細工をしているのだろう、とフリードは考えていた。
「クソ!クソ!このままでは俺もシルビアも……」
「あらあら、随分と荒れているのね」
突然の声に驚いたフリードは、声のした方に振り向いた。
すると、先程まで誰も居なかった筈の場所に、闇に溶ける様な黒いドレスを身につけた女が居た。
娼婦か踊り子の様な妖艶な衣装に反して、喪に服している様な黒いベールで顔を隠した怪しい女だ。
「な、なんだ、お前は⁉︎何処から入った!」
「ふふ、そんなに慌てないで欲しいわ」
「だ、黙れ!おい、衛兵!何をしている、侵入者だ!」
フリードが部屋の入り口に向かって叫ぶが、衛兵が駆け込んで来る様子は無い。
「無駄よ、誰も来ないわ」
その言葉はフリードの直ぐ後ろから聞こえた。
部屋の端にいた筈の女は、いつの間にかフリードの背後に立っていた。
女がフリードの肩に手を置くと、フリードの身体は動かなくなる。
訳の分からない状況に恐怖するフリードの耳に口を寄せた女が囁く様に告げる。
「ねぇ、王子。
今の状況から抜け出したくはなぁい?」
「……なに?」
フリードの反応に女は笑みを深めるが、体が動かないフリードからは見る事は出来なかった。
◇◆☆◆◇
荒野に有る小国家群の中心地であるリースベールの魔導鉄道の駅前の広場のベンチで公国の青年、ハルトが疲れた顔で正面の噴水に視線を向けていた。
恋人のイズと共に旅行で訪れたリースベールで観光地を回った後、イズの買い物に付き合わされて疲れ切ったハルトはベンチで休息する事にしたのだ。
因みにイズは大陸でも有数の歴史を持つ喫茶店で、伝統の人気菓子フェクチを購入する為嬉々として行例に並んでいる。
「はぁ、イズは元気だよなぁ」
目の前の噴水の中心には竜種に立ち向かう4人の人物の銅像が有る。
かつて、リースベールに巣食っていた竜種を討伐し、荒野に交易路を切り拓いて当時、貧しい都市国家だった国々に繁栄を齎した英雄の銅像らしい。
竜種の正面に立ち、剣と盾を構える青年と、青年に並び槍を向ける青年、その後ろで弓を構える女性の3人はAランク冒険者パーティ《竜の番い》だろう。
そして3人の後ろから竜種に杖を向ける、魔女のとんがり帽子を被った魔法使いは、《荒野の商人》ルノア・カールトンに違いない。
公国で有名な《黄昏の魔女》の弟子だったとされ、ハルトも学生の時に歴史の授業で習った事が有る。
「ごめん、お待たせ」
「おお、買えたのか?」
「うん」
ぼー、と銅像を見ていると、フェクチを購入したイズが戻って来た。
イズと少し話していると、噴水の前でブロンドの髪に羽を象った髪飾りを着けたエルフの吟遊詩人が唄い始めた。
有名な唄や歴史的な事件を題材にした唄などを美しい声で歌い上げる。
特に冒険者が病を治す薬の材料を求めてダンジョンに挑む唄は、初めて聴いたがなかなかワクワクする内容だった。
歌い終わり、拍手する人々に頭を下げるエルフの吟遊詩人に近づき、彼女が置いていた帽子にコインを入れる。
「ありがとうございます」
「良い声だったよ」
「素敵でした」
「えへへ、照れますね」
ローゼと名乗ったエルフの吟遊詩人は照れた様に笑った。
お世辞では無く、素人考えであるが、彼女なら芸能界でも十分通用すると思う。
「あのダンジョンの話は初めて聴いたな」
「アレは私のお婆ちゃんが駆け出しの頃に冒険者から聞いたお話を唄にした物なんです」
「へぇ、じゃあ実話なんだ」
「らしいですね。昔帝国で数百人の死者が出た病が有ったらしいのですが、その時の話らしいですよ」
10分程談笑した後、ローゼと別れたハルトとイズは、魔導列車に乗り込むと、公国への帰路に着いたのだった。
読んで頂きありがとうございます。
(`・∀・´)以下お知らせです。
クライマックスに向けてプロットを詰める為、少々時間を頂きたいと思います。
次章更新は1週間後、3月21日の予定です。




