ミレイの長い1日:夜
昼を少し過ぎた頃、私は1人で帝都の通りを歩いていました。
大通りから少し離れたこの辺には、小物屋やアンティークショップなどが軒を連ねている。
「こんにちは」
「あら、いらっしゃいミレイちゃん」
行きつけのアンティークショップの店主のご婦人が笑顔で声を掛けて来る。
「ミレイちゃんが好きそうなの、入荷したのよ」
「本当ですか?」
手招きする店主に近づくと、店主はカウンターの後ろの棚からティーセットを取り出した。
「コレは……硝子製ですか」
「そう、東の島国からの輸入品でね。
ほら、硝子に切り込みで模様が入っているでしょう?
東の島国の職人が手掛けた品だそうよ」
薄く色の入った硝子に、幾つもの線が走り模様が描かれている。
それにコレは……。
「コレはもしかして……」
「ふふ、気が付いた?
実はこの模様が魔法陣になっていてね。
お茶を適温で保つ事が出来るのよ」
「凄いですね。
確かにそう言った効果を持つ茶器のマジックアイテムは有りますが、どれも見えない所に魔法陣を隠しているのが普通で、この様に魔法陣を模様として描き込んだ物は初めて見ました」
「どうだい?硝子の輸入品はなかなか入って来ないよ」
「おいくらですか?」
「そうさね……金貨6枚と言いたい所だけど、ミレイちゃんはお得意さんだからね、金貨5枚と銀貨5枚でどうだい?」
「むむ……悩みますね」
茶器の値段としては相当に高い。
でも壊れやすい硝子製で、東の島国から帝国まで運ばれて来た事と、マジックアイテムである事を考えると妥当な値段でしょうか?
そして何より、私には購入出来るだけの余裕が有る。
「買いましょう」
「じゃあ商談成立だね」
「流石に持ち合わせては無いので、支払いと引き取りは明日でも良いでしょうか?」
「構わないよ。売約済みにしておくよ」
「ありがとうございます」
実に良い買い物をしました。
その後も何件かお店を回り、趣味の関係で知り合った友人が営む茶屋で気に入っている茶葉を購入した時には、太陽は沈み薄暗くなり始めていたので、屋敷へと戻る事にした。
「う〜ん?」
「?」
屋敷の居間に入るとエリー様が腕を組んで首を傾げていた。
「どうされたのですか?」
「ミレイ?お帰り」
「ただいま戻りました。それで何を悩まれて居るのですか?」
「ええ、今日ミレイが言ったじゃない?
友人と友好を深めた方が良いって」
「はい」
「それで考えていたんだけど、友好を深めるって、何をすれば良いのかしら?」
「それは……」
そうか、エリー様は生まれた時から王太子の婚約者として貴族社会の中心で生きてきたのでした。
当然、エリー様の一挙手一投足は意味を持つ事になる。
幼少から、エリー様の交友関係には全て政治的な配慮が必要とされて来たのだ。
エリー様はその様な利害関係などを考慮しない、普通の交友関係が分からないのだろう。
「やっぱりアレかしら?夜会を開いて情報交換とか……」
「エリー様、それは交友ではなく社交です」
「むむむ、それならミレイには友達は居るの?」
エリー様は少し拗ねた様に唇を尖らせて言う。
この様な表情も王国にいた頃は見せる事は無かったな。
「勿論、友人は居ますよ。主に趣味の仲間ですが」
私が言うと、エリー様は目を見開いて驚いていた。
私に友人が居るのがそんなに驚く事ですか?
「ま、まさか、ミレイにちゃんと友人が居たとは……」
「エリー様、取り敢えずご友人と何かされたらよろしいのでは?」
「何かって?」
「そうですね……ショッピングとか、ランチとかでしょうか?」
「なるほど……そうね!私ももう人の顔色や利害関係とかを気にしなくて良いのよね」
どうやらやる気になってくれたみたいですね。
こうして見ると、エリー様も年相応に見えます。
さて、明日のアリスのお使いの後はエリー様の交友に関して作戦を立てる事になりそうです。