ミレイの長い1日:昼
昼食の後、仕事を片付けているとバアルが私を訪ねてやって来た。
「どうしたのですか、バアル」
「仕事中に悪りぃな、ミレイの姐さん」
バアルは後ろに2人の子供を連れている。
ケレバンの街の事件の後引き取った2人だ。
「実はこっちのドロシーの事なんだがな」
そう言ってバアルが視線を向けたのは魔法が使えるらしい少女の方だ。
「この2人は取り敢えず警備部の方で面倒を見ていたんだが、ナナキの方はなかなか見どころが有るんだが、ドロシーはどうにも戦闘に適性が無くてな」
「そ、その……ごめんなさい」
少女が申し訳なさそうに謝る。
「ああ、気にすんな。人には向きと不向きが有るんだからよ。
警備の方はナナキに任せとけば良いさ」
「うっす!任せて下さい、バアルの兄貴!」
「誰が兄貴だ、警備部長、もしくはバアルさんと呼べ」
「すんません、兄貴!」
ふむ、ケレバンで少し話した時はもっと大人びた少年の様に思えたのだけれど、今は年相応に見えますね。
まぁ、良い傾向なのでしょう。
バアルにも懐いている様ですし。
「それで、ドロシーの方は内務の方に回して欲しいんだ」
「分かりました。配置換えに関しては私からエリー様に話しておきます。数日中に辞令が出るでしょう」
「ありがとよ」
「あ、ありがとうございます」
話は終わりかと思ったが、バアルは立ち去る事なくその場に留まった。
「それともう一つ報告なんだけどな」
「はい?」
「どうやらドロシーは、妙な魔法が使えるみたいなんだ」
「妙な魔法ですか?」
「ああ、ナナキ」
「うっす!」
少年が革袋から氷のカケラを2つ取り出して机に置いた。
氷のカケラは2つとも同じくらいの大きさで、既に少し溶けかけている。
「ドロシー」
「は、はい!」
少女が氷のカケラの1つに手をかざし、眉間に皺を寄せて唸り始めた。
「うぅぅう………」
それから数分が経ち……。
「なるほど」
「な?」
片方の氷は既にほとんど解けてしまったのに、ドロシーが手をかざしていた方の氷はまだ形を残していた。
「コレは……多分『固有魔法』ですね。
おそらく【状態保存】の魔法かと……」
「ほぉ、レアじゃないか。それも有用だ」
「そうですね。コレもエリー様に報告しておきます」
「おう、頼んだぜ」
言うだけ言うと、バアルは子供達を連れて戻って行った。
それにしても固有魔法ですか。
エリー様は特に気にせず引き取ったのでしょうね。
トレートル商会では、魔法の素質がある孤児などを商会員見習いとして引き取ったりもしているのだが、現在、商会員で固有魔法を使えるのはルノアだけだ。
ドロシーもしっかりと鍛えれば商会の重要な戦力として期待出来ますね。
私は手早く報告書を纏めると、エリー様の元へ向かった。
「そうね、後はこのルートを通った場合の対処を……」
エリー様の執務室では、エリー様が数人の商会員と共に帝都の地図を囲んで話し合っていた。
「エリー様」
「あら、ミレイ。ちょうど良い所に来たわね」
「どうされたのですか?」
「明日のアリスのお使いの作戦を確認していた所なのよ」
「…………少々過保護すぎるのでは?」
既に1週間掛けてバアル達が市場周辺から浮浪者や裏社会の者達を追い払っており、当日にはトレートル商会のスタッフやティーダ、《鋭き切先》のマルティなどの信頼できる冒険者を市場の周辺に配置する予定だ。
流石に安全性は十分だと思う。
「何を言っているのよ!ついこの前誘拐されたのよ?
でも、このお使いは、アリスの自立心を養うには重要な事、なら万全を期すのが私の務めよ」
「は、はぁ」
「あ、もしアリスが途中でお使いのメモを失くしたらどうしようかしら?」
「…………周囲のスタッフに予備のメモを持たせて置きましょう」
「良い考えね」
エリー様は早速指示を出し始め、それからもアリスの初めてのお使い作戦の詳細を詰めて行った。
それがひと段落すると、私はエリー様に報告書を差し出した。
「コレは?」
「先日、ケレバンで引き取った2人に関する報告書です。
少年の方は問題ありません。バアルを慕っている様なので、あのまま彼の下で警備要員として鍛えて貰いましょう。
少女の方は戦闘に適性が見えないので、内務に回して欲しいそうです」
「分かったわ、手続きしておきましょう」
「それと、どうやら少女は固有魔法が使える様です」
「本当?」
「はい、おそらく【状態保存】かと」
「それは有用ね。しっかり才能を伸ばしてあげましょう」
「はい、指導出来る者を手配しておきます」
「ええ、任せるわ」
さて、報告はこれくらいか。
「ねぇ、ミレイ」
「はい?」
「貴女、午後からお休みだったわね?」
「はい、この報告が終われば業務は終了です」
「そう、最近忙しかったから、ゆっくりして頂戴」
ふむ、少し探りを入れてみましょうか。
「ありがとうございます。久しぶりに帝都のお店を見て回ろうと思います。
所で、エリー様はお休みなどは何をされているのですか?」
「私?
私は…………商品開発や市場調査かしら?」
「それは仕事ですよ」
「そ、そうよね……」
「偶にはご友人とご親睦を深めては如何ですか?」
「…………そう、ね。それも良いかも知れないわね」
エリー様は少し意外そうな顔をされた後、少し考え込んでからそう結論した。
これで少しは復讐や仕事以外に目を向けて貰えると良いのですが…………。