アリス・イン・ワンダーワールド:ざ・ふぁーすと・おぶ・おつかい
「アリス」
私が中庭で遊んでいると、ママが私を呼ぶ声が聞こえて来た。
「は〜い」
私が声のした方に振り返ると、ママとミレイお姉ちゃんが中庭にやって来た。
ママと出会う前の事はよく覚えていない。
ママには、どうしてママと呼ぶのか、と聞かれた事があるけど、ママはママだ。
自分の事はよく分からないけど、私は毎日楽しく暮らしてる。
でも少し前にお出かけした街で、ルノアお姉ちゃんと私が怖い人達に拐われてしまった事から、今は1人で遊びに行ってはダメだと言われているのは少し悲しい。
私が駆け寄ると、ママは私の頭を撫でてくれた。
髪に結んでいるルノアお姉ちゃんやミーシャお姉ちゃんとお揃いのリボンが揺れる。
ママは私の頭を撫でながら言う。
「アリス。実はアリスにお願いが有るの」
「なに?」
「市場の場所は分かるでしょ?
幾つか必要な物が有るのだけれど、ママ達はちょっと忙しくて買いに行けないの。
だからアリスにお使いに行って欲しいの」
「1人で?」
「ええ、出来るかしら?」
「うん!」
ママから初めてお仕事を任された!
私は嬉しくなって元気に返事をした。
ルノアお姉ちゃんやミーシャお姉ちゃんは、普段ママの商会で立派にお仕事をしている。
私もママの為に何かしたいと思っていたけれど、ルノアお姉ちゃんやミーシャお姉ちゃんのお仕事は難しくてお手伝いする事が出来なかった。
だから私はママ達のお手伝いが出来る事が嬉しかったのだ。
お金と買う物のメモを受け取った私は、ママとミレイお姉ちゃんに手を振ってお屋敷を出発した。
買い物に行くのは市場だ。
ママやお姉ちゃん達と一緒に何度か行った事が有る場所だ。
「あ、あれ?」
前に来た事のある道の筈だけれど、なんだか見覚えが無い気がする。
少しだけ不安になる私だが、深呼吸をしてから、落ち着いて周囲を観察する。
すると、近くに居た長い金髪の女の人が衛兵さんに話しかける声が聞こえた。
「衛兵さん、ちっと聞きたいッス……少々お尋ねしたいのだけれど良いかしら」
「はい、どうされました?」
「市場の場所を教えて貰いたいッス……貰いたいのだけれど」
「ああ、市場でしたら1本隣の通りの先ですよ」
「そうですか、1本隣の通りでしたか。
1本隣の通りとは気付きませんでした。
1本隣の通りを真っ直ぐですね」
「え、ええ、そうですよ」
なるほど、隣の通りだったのか。
偶然、女の人の話を聞いた私は通りを移動して、無事市場に到着した。
「えっと……」
メモを取り出し、そこに書かれている物を1つずつ買って行く。
「後は……あれ?」
メモが無い!
私は慌てて周囲を見回すが、人が多すぎて小さなメモを見つける事が出来ない。
「君」
動揺する私に声を掛けて来たのは大柄な男の人だった。
男の人は冒険者風の装備を身につけており、顔は仮面で分からない。
一見怪しいけれど、冒険者の中には顔の傷を隠す為、仮面を着ける人も居ると聞いた事があるし、こんなに人の多いところで何かされる事は無いと思う。
「これを落としたぞ」
「あ!」
男の人が差し出したのは私のメモだ。
「ありがとうございます」
「お使いか?気をつけてな」
「はい、ありがとうございます」
私が仮面の男の人にお礼を伝えていると、市場の反対側から来た少し柄の悪そうな男の人達が、仮面の男の人に話しかけた。
「あれ?それ昨日用意していた仮面ですか?
それにその格好……一体どうしたんですか、バア……ごふ⁉︎」
仮面の男の人が柄の悪そうな男の人のお腹にパンチを入れた。
手加減したみたいで、柄の悪そうな男の人はお腹を押さえて不思議そうな顔をしていて、仮面の男の人が耳元でヒソヒソと何かを話すと、イソイソと早足で何処かに去っていた。
「あ、あの……」
「気にしないでくれ、あいつは……友達なんだ。少しふざけていただけだ」
「そ、そうですか」
「ああ、じゃあな。気を付けて行けよ」
そう言って仮面の男の人は去っていった。
「…………あの人、何処かで会った事が有るような……まぁ、良いか」
私はメモに書かれていた残りの物を買って屋敷に帰った。
なんだか最初のメモと少し違う様な気がするけど、書かれている物は同じ筈だから気のせいだろう。
「ママ!」
「アリス、おかえり」
私は買って来た物をミレイお姉ちゃんに渡して、両手を広げるママの胸に飛び込んだ。
「ちゃんとお使い出来たかしら?」
「うん!」
私は1人でお使いが出来た事を誇らしげに報告するのだった。