ティーダ猊下の報告書:ウイスキーとチョコの融和について
「まぁ、それで仕事を押し付けて帰って来たって訳ッスよ」
帝都で人気の喫茶店のテラス席でホットチョコレートと言う甘苦い飲み物を少し飲みながら、私は正面に座る《グリモワール》のオーナー、エリーさんにケレバンでのその後を伝えていたッス。
「ティーダ……貴女、もう少し本音を取り繕いなさいよ」
「ええ、良いじゃないッスか〜。
エリーさんは私の事知ってるッスから言っちゃうッスけど、私、偉いッスから。
面倒事は下っ端にお任せッスよ〜」
「何言ってるのよ、上に立つ者には上に立つ者の責務が有るでしょう」
エリーさんが呆れた様に溜息を吐く。
すると、そこに《グリモワール》のパティシエがワゴンを押す店員さんと共にやって来た。
「オーナー、例のチョコレートの用意が出来ました」
「ありがとう」
そう言うと、パティシエが私とエリーさんの前にオシャレな皿に綺麗に飾られた一口サイズのチョコレート菓子を差し出した。
「これは?」
見た目はお店で出されているチョコレートと変わらない様に見えるッス。
お店で出されているアーモンドやドライフルーツが入ったチョコレート菓子とは違うんッスかね?
「前にティーダがチョコレートにお酒が合うと思うって言っていたでしょう?」
エリーさんの言葉に、私はハッと目を見開いたッス。
「これはそれを研究させた物の完成品よ。
砂糖の殻に北大陸のウイスキーって言う蒸留酒を包んでチョコレートでコーティングしたの」
「おお!!」
私は皿に並べられたチョコレートを一粒摘み上げてじっと見つめる。
見た目はやはり普通のチョコレートだが、確かに蒸留酒特有の強い香りを感じるッス。
「まぁ、食べて感想を教えて頂戴」
「頂くッス!」
私は蒸留酒のチョコレート菓子を口に入れた。
甘苦いチョコレートの味と、僅かな酒精が口いっぱいに広がる。
そして、チョコレート菓子の中心を割る様に歯を立てると、薄い砂糖の殻が割れ、濃厚な蒸留酒が流れ出し、口の中で溶けたチョコレートと混ざり合う。
「うっまいッス!!とっても美味しいッスよ、エリーさん!チョコレートと蒸留酒がお互いを引き立て合い、最後に一体となる味わい!まさに酒好きの為のチョコレート菓子ッス!!」
「うん、良い出来ね。これなら貴族受けも良いでしょうね」
「うん、うん、これは本当に最高のお菓子ッスよ!」
私は皿のチョコレート菓子を一つ一つ味わいながら堪能した。
中に入ったウイスキーの種類が違うのか、それぞれ違った味わいがあるッスね。
「エリーさん、このチョコレート菓子はなんて名前なんッスか?」
「名前?まだ決めて無いわよ」
「そうなんッスか?」
「ええ、完成したばかりだから」
「ほほぅ、ではこのティルダニア枢機卿が名を授けて差し上げましょうッス」
「え?まぁ良いけど……」
「え!良いんッスか?」
冗談のつもりだったんッスけどね。
「貴女は一応このチョコレート菓子の発案者だし、一応イブリス教の枢機卿だし、聖職者に名前を貰うなら一応ご利益有るかも知れないからね」
「『一応』多くないッスか?」
「気の所為よ。それで、どんな名前にするの?」
「そうッスね〜」
ふむ、なんか流れでお菓子に名前を付ける事になってしまったッス。
これは責任重大ッスよ。
『名付け』と言うのは大事な宗教儀式ッス。
この世に生まれた物は、名前を与えられる事で女神様の祝福を得てその存在を世界に刻むッス。
私も聖職者として、産まれた子供の名前を求められた事も有りますし、修道院ではその手の勉強もさせられたッス。
しかし、この場合はチョコレート菓子への命名。商品として世に出すなら、子供の名付けとはまた、別の考えも必要ッスね。
「ウイスキー……チョコレート……砂糖の殻…………ん?そう言えば砂糖の殻で何かを包むお菓子が有った様な気がするッスね?」
「はい、北大陸で広く親しまれておりますボンボン菓子の事で御座いますね」
私の呟きに、静かに成り行きを見守っていたパティシエが答えてくれたッス。
「ボンボン菓子……チョコレート・ボンボン……ボンボン・ウイスキー…………はっ⁉︎」
閃いたッス!
何処か親しみやすく、更に耳に残る響き!
これこそが完璧なる名前ッス!
「決まったの?」
「はい、このチョコレート菓子の名前はズバリ!『ウイ……』」
大きく息を吸い込んで名を告げようとした私の鼻に、風に煽られた木の葉がひらりと舞い降りた。
「『……ふぇクチ!!』」
「はい、じゃあこのチョコレート菓子の名前は『フェクチ』ね」
「え?」
「お願いね」
「畏まりました」
エリーさんがそう言うと、パティシエは一礼して早々に去って行った。
「…………あれ?」
い、今何が起こったんッスか?
私は目の前のエリーさんを見つめるが、彼女は何事も無かったかの様にホットチョコレートを飲んでいたッス。
解せぬ。
「ところでティーダ」
「な、なんッスか?」
「さっきの貴女の話だと、上司である教皇猊下へ自慢気な手紙を送っているのでしょう?」
「ふふん、そうッスよ。
教皇猊下はきっと今頃羨ましくて悶えているに違いないッス。
修道院時代からの友達なんッスけど、揶揄い甲斐の有る人ッスからね」
「良いの?」
「え?大丈夫ッスよ。あの子は西大陸にいるんッスから〜」
「いや、でも上司でしょ?その気になったら手紙1つで呼び戻されたりするんじゃないの?」
「…………」
そう言われると、最近はちょっとだけ調子に乗り過ぎていた気もして来るッスね。
あの子は昔から揶揄い過ぎるととんでもない仕返しをするッス。
「……………………エリーさん、1つお願いが有るッス」
「…………毎度あり」
◇◆
西大陸に有るイブリス教の中心地、イブリス神聖国の聖都にある大神殿の一室で、イブリス教教皇カルディナ・イブリスは、中央大陸へ派遣した幼馴染からの報告書に目を通していた。
「あらあら……」
カルディナは嬉しそうに読み終えた報告書を丁寧に折り畳み懐へとしまった。
上機嫌なカルディナの様子に首を傾げたのは正面でハーブティーの香りを楽しんでいた老シスターだった。
「誰からの手紙なのかしら?猊下」
「ティーダからですよ、マザー・ラリエル」
「ああ、またあの子が何かやらかしたのかしら?」
マザー・ラリエルは修道院時代に手を焼かされた2人組の片割れの顔を思い浮かべながら、もう1人の片割れへと問う。
「いえいえ、今回はただの時節の挨拶の様な物でしたわ。それと贈り物も」
カルディナは手紙と共に運ばれて来た上等な箱に収められた菓子に視線をやる。
「何でも中央大陸で出来た新しい友人が開発した菓子だそうですよ」
「へぇ、あのティーダが…………今日は女神様へしっかりとお祈りしておかないと、天変地異でも起きかねないわね」
「ふふふ、マザー・ラリエルは相変わらずご冗談がお好きですわね」
「…………貴女も同類なのよ、猊下」
マザー・ラリエルの呟きは菓子の箱を開けるのに夢中の教皇へは届かなかった。
「『フェクチ』って言うお菓子ですって」
「中央大陸のセンスなのかしら?変わった名前ね」
「でもとても美味しいですわ。マザー・ラリエルもご一緒に」
「ええ、頂くわ」