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ティーダ猊下の報告書:果実酒と川魚の親和性について

 ケレバンの街での一件がある程度落ち着いて来た頃、私は残りの仕事を真面目くんのユリウス助祭に押し付…………頼りになるユリウス助祭に任せて、帝都へ向かっていた。


 コーバッツ侯爵領は帝都と隣接しているので、帰るのにそんなに時間が掛からないのは嬉しいッスね。


 街道をのんびりと歩いていると、小さな村が見えて来た。


「今日はもう日が暮れるッスね〜、あの村で泊めて貰えたら良いんッスけど」


 私が村に近づくと、村の門番らしき男が少し警戒し、私が修道服を着ているのを見て、警戒を緩めた。


 ケレバンの街を発つ前に着替えておいて正解だったッス。

 美少女のひとり旅と、美少女シスターのひとり旅なら、後者の方が安全ッスからね。

 悪人とは言え、聖職者に手を出すのは忌避する場合が多いッス。

 気にせず襲って来る奴も居ないではないッスけど、そんな奴らは神威を示してやるだけッスけどね。


「ようこそ、シスター様」

「こんにちはッス、一晩の宿をかりたいんッスけど、構わないッスか?」

「はい、それでしたら村長のお宅を訪ねてくだせぇ。村の中心の大きな家ですだ」

「分かりましたッス」

「この様な時にシスター様が来て下すったのは女神様の思し召しですだ」

「ん?」


 何やら熱心に祈りだした門番に私は首を傾げたッス。

 熱心な信者なんッスかね?


 門番に聞いた家は一目で分かった。

 周囲の民家に比べて2回りか3回り程大きな家だ。


 この手の田舎の村では、村長の自宅が村の集会所や宿泊施設を兼ねる事が多いので、よくある作りの家ッスね。


 村長に交渉して、一晩の宿を得る事が出来た私は、村長の奥さんが出してくれた質素な食事を有り難く頂いたッス。


「シスター様、少々お願いがあるのですが……」


 そして食後、村長と奥さんに揃って声をかけられた。


「お願いッスか?まぁ、私に出来る事なら……」


 正直、面倒ッスけど、流石に一宿一飯の恩義が有るので無碍には出来ないッスね。


「実は、私共の孫の事なのですが……」

「孫ッスか?」

「はい、実は数日前、現れた魔物に襲われて重傷を負っているのです。

 魔物は冒険者の方に退治されたのですが、息子夫婦はあの子を庇って死んでしまって……残された孫ももう先が長く無いのです。どうか、孫の為に祈ってやっては貰えないでしょうか?」


 おぅ、随分とヘビーな話ッス。


「ええ、構わないッスよ」


 そして、村長のお宅の奥の部屋に案内されると、そこには5歳くらいの少年がベッドに寝かされて、荒い呼吸を続けていた。


「ん?」


 確かに大怪我ッスけど、きちんと治癒魔法を使えば治りそうな傷ッスね。

 ふむ、田舎の村では確かに治療は難しいと諦めても仕方ないッスか。


「村長、この傷なら私の魔法で治せるッスよ」

「ほ、本当ですか⁉︎」

「ええ、【中級治癒(ハイ・ヒール)】」


 私が魔法を使うと、少年の呼吸が安定し、うっすらと目を開いた。


 その後、しきりに感謝する村長夫婦を宥め、少年の体力を回復させる為に滋養の有る物を食べさせる様に伝えた。

 すると、村長が甕を1つ取り出して来て、私に手渡したッス。


「これは?」

「この村で昔から作られている果実酒です。

 村の祝い事などで飲まれる物ですが、どうか一杯お付き合い下さいませんか?」

「喜んでお付き合いするッス!」


 木製のお椀に村長が甕から果実酒を注いでくれた。


「では、頂くッス」


 果実酒を口に流し込むと、程よい酒精と果実の爽やかな香り、酸味と甘味が混ざりあった味わいが駆け抜けて行った。


「おお、美味いッス!」


 少々雑多で荒削りなところがまた趣があるッス。


「こちらもどうぞ」

「これは?」

「村でよく食べられている川魚の塩焼きですよ」


 村長の奥さんが出してくれたのは、指くらいのサイズの魚を丸焼きにしたツマミだったッス。


 その魚を頭から一口で半分齧ると、腹の中に詰まった白い卵が零れ落ちる程の姿を覗かせた。


「今の時期は子持ちで酒のツマミには最適なのですよ」


 目を丸くする私に村長が説明してくれた。


 魚の丸焼きは、腹の卵のプチプチした食感と内臓の苦味、魚の旨味と僅かな塩気が一体となって私の舌を楽しませるッス。

 この動物的な旨味に、植物の恵みを凝縮した様な果実酒が意外にもマッチしていた。


 たまたま立ち寄った村では有るが、少年の命を救えた上、こんな美味しいお酒とツマミに出会えたとは、流石私ッスね。



 ◇◆



 西大陸に有るイブリス教の中心地、イブリス神聖国の聖都にある大神殿の一室で、つい先ほど届けられた報告書に目を通していたのは、見る角度によって七色の光を放つ美しい髪を足元近くまで伸ばした女性、イブリス教教皇カルディナ・イブリスだった。


 カルディナは読み終わった報告書を丁寧に折り畳むと、ポイっと投げ捨てパチンと指を鳴らす。


 すると、報告書は空中で燃え上がり、チリ一つ残さずに消滅した。


「教皇猊下?」

「あらあら、ごめんなさいね。私ったらつい……」


 カルディナに不審な目を向けたのは、共にテーブルを囲みお茶を飲んでいた筋骨隆々の若い男だった。


 男は28歳と言う若さで全聖騎士団をまとめる聖騎士団総長を務める英傑、カールソン枢機卿だ。


「重要な機密なのですか?」

「いえ、ティーダが果実酒と川魚が美味しかった、と自慢して来ました」

「………………」

「ところでカールソン枢機卿、2日後、第1聖騎士団は演習でマタタ湖へ行くのですよね?」

「………………肯定です」

「そうですか…………演習なら、現地で食料を調達する訓練も重要よね?」

「………………魚を獲って来い、と?」

「訓練ですよ?訓練。でももし取りすぎてしまったら勿体ないですよね」

「………………そうですね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 完全な禁欲ってのは土台無理な話だから・・・ 半分は、自慢、半分は、嫌がらせかな?
[良い点] これは…帰還後きっついお仕置きが待てるのでは?
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