バアルの華麗なる暗闘:報告の場合
配下を引き連れて帝都に戻った俺は、門を抜けた所で配下に金を渡して別れた。
アイツらの仕事は此処で終わり、だが俺は面倒な事に報告を行う必要がある。
これも仕事なので仕方ないと言われれば反論は出来ないな。
俺と俺の配下数名はお嬢の手勢の中でも特に表に出せない仕事をこなせる数少ない戦力だ。
その為、俺はお嬢に直接指示を受ける立場にある。
王国のファンネル商会への潜入から帰還してからは配下を直接指揮してお嬢の報復の為に暗躍する日々を過ごしている。
表向きには、トレートル商会の護衛、警備部門の責任者と言う立場だ。
お嬢の屋敷に着いた俺は、門番に用件を伝え、メイドに案内され部屋へと通された。
少し待つとミレイの姐さんが姿を見せた。
「待たせました」
「いやいや、大して待っちゃいねぇよ。
お嬢は居ないのか?」
「バアル、何度も言いますが、エリー様と……まぁ、言っても無駄ですか。
エリー様は店舗への視察に行っているので、代わりに私が報告を聞きます」
「そうかい」
俺は焼き菓子を口に放り込み、紅茶で流し込んでから口を開く。
「お嬢の計画通りブギー子爵領で領民とブギー子爵の対立を煽り、民衆の不満がピークになった所で火蓋を切ってやれば簡単な反乱に発展したぜ。
その後は混乱に乗じて領主の屋敷に潜入、ブギー子爵を殺して撤退した。
その時、工作ついでに奪った金貨は後で金庫に放り込んでおく」
「分かりました。金庫に入れるのは半分で構いません。残りは貴方と配下で分配して下さい」
「そりゃ有難い。奴らも喜ぶ」
「それと一応聞きますが、誰かに目撃されたりはしていませんね?」
「ああ、目撃者は全て始末した」
「そうですか、エリー様には私から報告を上げておきます。
貴方は3日程、休息に当て、その後は別命が有るまで通常業務に戻って下さい」
「りょーかい」
俺は最後の焼き菓子を口に入れ、ミレイの姐さんに視線を向ける。
ミレイの姐さんはお嬢に心底心酔している。
今のアンバランスなお嬢を見ても、王国の奴等から解放されて自由になったと思っているのだろう。
他の奴らも似たようなもんだ。
帝国で出会った奴らはお嬢の裏側はあまり見ていない。それに王国に居た頃の人形の様だったお嬢も知らないのだから無理もない。
ずっと側にいたミレイの姐さんなら気付きそうな物だが、ミレイの姐さんは王国の奴らのお嬢への対応に、ある意味お嬢以上にブチ切れているからなぁ。
「なぁ、ミレイの姐さん。本当にこんなやり方で良いのかい?」
「何ですかバアル、エリー様の計画に何か不満でも有るのですか?」
「別に不満は無いさ。俺もお前さんと同じ、腐って潰されるだけだった所をお嬢に拾われた口だからな。
お嬢の命令なら何だってやるし、誰だって殺す。配下の奴らも同じだ。
だが、こんな事を長く続けていては、お嬢の精神が保たない。
ミレイの姐さんも気付いているだろ?
お嬢は困っている奴には優しく手を差し伸べるが、報復の為なら身内以外に多大な犠牲が出ても気にしない。
そんな矛盾を抱えているのに、自分で気付いて無いんだぜ。
最近、お嬢はどんどん手を広げて勢力を拡大している。
それはハルドリアのクソ共への報復の為だろうが、そんなことだけに人生を注ぎ込んで何になるって言うんだ?」
「それは……」
「別に報復を止めたら良いって言っている訳じゃねぇよ。
ただ、もう少し余裕っつーか、せっかく王国から解放されたんだから、人生を楽しんだ方が良いと思うぜ」
言いたい事を言い切った俺は少し冷めてしまった紅茶を一気に飲み干した。
「私も……エリー様の抱える矛盾に気付いていない訳では有りません。
ですが、王国への復讐を終えれば……」
「復讐を終えて、スッキリしたら後は自分の人生を生きる、ってなれば良いけどな。
もし、そこで燃え尽きちまったら?
もし、復讐心で隠されていた罪悪感が芽を出したら?
その時、お嬢の支えになる物は有るのか?」
「それは…………」
俺達が支える、と口に出せたらカッコいいんだろうけどな。
だが、お嬢は俺達数人で支えられる程軽い器じゃない。俺は無言で席を立つ。
「じゃあ、報告は以上だ」
「ご苦労様です。
エリー様の件、私も少し考えてみましょう」
「ああ、任せるよ。ミレイの姐さんなら、何かお嬢に新しい生き甲斐や、人生の楽しみ方を気づかせる事が出来るかも知れねぇ。
何か俺に出来る事が有ったら言ってくれよ」
「ええ、分かりました」
俺はミレイの姐さんと別れて帝都へと繰り出した。
まだ日は高いが、大仕事を終えたのだから一杯やるとするか。
俺は行きつけの酒場を兼ねる食事処に入ると、早速酒とツマミを注文して飲み始めた。
30分程1人で呑んで居ると、ドアが勢い良く開き、女が1人入って来た。
「いっや〜、やっと帰って来れたッス!
あ、おばちゃん、取り敢えずエールとツマミを適当に!」
修道服を着たシスターだが、慣れた様子で悪びれもせずに酒を注文しやがった。
いや、別にイブリス教は飲酒を禁じている訳ではないから良いんだろうけどな。
それからそのシスターは木製のジョッキになみなみと注がれたエールを一息で飲み干した。
「ぷっは〜!!生き返るッス!女神様にマジ感謝ッスね!おばちゃん、おかわり!!」
随分と愉快なシスターだった。
「おい、姉ちゃん。良い飲みっぷりだな。
どうだ、一緒に呑まないか?」
「おお?ナンパッスか?」
「ちげぇよ。ちょうど誰かと呑みたい気分だったんだ」
「へ〜、まぁ良いッスよ」
「お、サンキュー」
俺はシスターの隣に移動すると、おかわりのエールを持って来たおばちゃんに注文する。
「おばちゃん、俺のキープから『オーガ殺し』と『ハルトリバー酒』を出してくれ。
グラスも2つ」
「あいよ」
おばちゃんから酒とグラスを受け取り、シスターに手渡してやる。
「ほらよ」
「おお、太っ腹ッスね!」
こうして俺は偶然出会ったシスターと楽しく飲み明かすのだった。