ミーシャの迷走:霧の中を歩むが如く
私は弱い。
エリー様なら、簡単に誘拐犯を返り討ちに出来た。
ミレイ様なら、アリス様とルノア様を連れて逃げ切る事が出来た。
「……もっと……強くならなきゃ……」
帝都に戻って来て数日、私は早朝の帝都を走っていた。
ランニングを始めて1時間程が経っただろうか。
こんな事で本当に強くなれるのかもわからないけど、今私に出来るのはこれくらいしか思い付かない。
「はぁ、はぁ、はぁ」
エリー様の屋敷に戻って来た私は、息を整えた後、濡らしたタオルで汗を拭って着替える。
これからミレイ様に従者としての仕事を教わる予定だ。
「5分の遅刻ですよ、ミーシャ」
「も、申し訳有りません」
準備に手間取り予定の時間に遅れてしまった。
待たせてしまったミレイ様に、私は慌てて頭を下げて謝罪する。
「貴女、また朝からトレーニングしていましたね」
「……は、はい」
「はぁ、貴女は死んでもおかしくない程の重傷を負ったのですよ。
まだ、激しい運動はダメだと言ったでしょう?」
「す、すみません……で、でも、私……」
ミレイ様は、バツが悪く目を逸らした私の頭を撫でてくれた。
「貴女の気持ちは分かります。
私も同じ経験が有りますから」
「ミレイ様も……」
ミレイ様はソファに座ると、私にも正面に座る様に促した。
私が一礼してミレイ様の正面に腰を下ろすと、ミレイ様は私の練習用に用意していたティーセットで紅茶を淹れてくれた。
「エリー様がハルドリア王国の貴族の出だと言うのは聞いていますね」
「はい」
「エリー様は幼少の頃より、その才覚を発揮され、まだデビュタントも済ませる前から国政や商売などで活躍されておりました。
私の生家も貴族だったのですが、没落してしまい、スラムで物乞いをするか、身売りをするかと言う時に、そんなエリー様に拾われたのです」
「…………」
私は、ミレイ様の生い立ちを聞いて、自分の状況に重ねた。
私も奴隷として後が無い状況でエリー様に買って頂いた。
セドリック様の奴隷商会は比較的まともだと言う話だったけど、可能性で言えば、酷いご主人様に買われて悲惨な人生を送る可能性だって少なく無かった筈だ。
そこをエリー様に救われた。
私の身分は奴隷だけど、扱いは他の商会員とほぼ変わらない。
十分な休息も貰えているし、自由に出来るお金も貰える。
でも、だからこそ、私はエリー様のお役に立たなければいけないのだ。
「ミーシャ?」
「は、はい!すいません」
いけない、私は姿勢を正しミレイ様の話に集中する。
「……それから、私はエリー様のご実家で雇って頂き、従者として恥ずかしくない教育を与えて貰いました。
故に私は、全身全霊を掛けてエリー様に仕えようと思ったのです。
そんなある日、商会の仕事の関係で、私とエリー様はハルドリア王国の王都を歩いていました。
そして、そこで男達に襲われてしまったのです」
「え⁉︎」
「エリー様を守ろうとした私は、あっさりと捕まってしまい、私を人質にされたエリー様は抵抗出来ずに男達に拐われてしまったのです」
驚いている私の視線を気にする事なく、ミレイ様は紅茶を一口飲み、話を続ける。
「そして、私は解放されました。
エリー様のご実家に身代金を要求する手紙を渡せと言われて放り出されたのです。
私は自らがエリー様の足を引いてしまった事を悔やみました。
エリー様に迷惑を掛けるくらいなら、自ら死を選ぶべきだとも……しかし、私が手紙をご実家に持ち帰って自己嫌悪に陥っていた時、エリー様はあっさりとご帰宅されたのです」
「え?だ、誰かが助けてくれたのですか?」
「いいえ、エリー様は誘拐犯のアジトに連れて行かれた後、自ら犯人達を叩きのめして帰って来たのです」
「そ、それは……」
「そして、泣いていた私にエリー様は言いました。『泣いてないで珈琲でも淹れて頂戴、ミレイはミレイに出来る事をしてくれたら良いのよ。ミレイに出来ない事は、出来る人に任せたら良いの。
さぁ、私の口に合う珈琲を淹れるのはミレイにしか出来ないんだから』と」
「…………」
「今はまだ分からないかも知れませんが、いずれミーシャにも、ミーシャにしか出来ない事が見つかる筈です」
そう言って微笑み、ミレイ様はティーカップを置いた。
「さて、では紅茶の淹れ方の練習を始めましょうか」
「は、はい!」
私は慌てて残りの紅茶を飲み干して立ち上がる。
ミレイ様はあまり表情を表に出さないが、とても優しい。
だけど、今日は遅刻した分少し厳しめに指導された。
ミレイ様の話に何かを考えさせられるが、それはまだ私の中で明確な形にはなっていない。
まるで霧の中を迷い歩いている様な中、私は僅かに輪郭が見えて来た気がする答えを探していた。
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(・ω・)ノシ