暗躍の商会
「お、お呼びでしょうか、エリー会長」
グランツは緊張からか視線を彷徨わせ、生唾を飲む。
当然か。
現在の彼の命運は私が握っている。
もし商会をクビになれば彼は明日から無職、更にクビになった経緯から再就職もままならない。
罪人にならずとも、ロクな未来は訪れる事はない。
「グランツ」
私は机の引き出しに用意してあった小袋を取り出してグランツの目の前に置いた。
「ご苦労様でした。約束の報酬です」
小袋の中身は金貨。
グランツは僅かに緊張を緩めながら小袋を受け取った。
「それと、事前の取り決め通り貴方をトレートル商会の幹部として重用します。
しばらくは一般職員として働いて貰いますが、熱りが冷めたら昇進させましょう。
商業ギルドには深く反省している為、不問にすると伝えておきます」
「あ、ありがとうございます」
グランツはそこでようやく緊張を解いて息を吐いた。
彼は、この街に来て始めに私がミレイに指示して接触させた者。
その1人目であり、今回の計画で最も重要な役割をこなす人物として、私はグランツを選んだ。
グランツは私と取引した。
ガザルをハメる為に。
不完全な石鹸の製法を盗む様に唆し、ガザルが連行された後、確保していた盗みを指示する証拠や、隠されていた脱税の証拠を目につきやすい場所に忍ばせたりと危ない橋を渡ってくれた。
ガザルは元々悪どい商売を行っていた。
しかし、グランツがやった事も限りなく黒に近いグレーだ。
此処で私が裏切れば彼は全てを失う。
その危険を全て飲み込んで彼は取引に応じたのだ。
それならば私も応えなければならないだろう。
「そ、それでエリー会長……」
「分かっているわ。
もう一つの約束の件でしょ?」
「は、はい、本当に……」
「勿論、約束は守るわ。
今すぐに向かいましょう。
ミレイ、馬車を回して頂戴」
「畏まりました」
ミレイとグランツを連れて馬車を走らせた私は一軒の家の前で馬車を止めさせた。
あまり上等ではない家だ。
まぁ、現在は倉庫にしている旧トレートル商会商館とは比べ物にならないほどマシだが。
グランツはその家の鍵を開けると扉を開いた。
「帰ったぞ」
「あなた!もう何日も帰らないで!」
「す、すまない」
「あなたの商会が大変な事は分かってるけど……でも、でも、ルノアがこんなに苦しんでいる時に!」
家に居た女性が目に涙を浮かべてグランツに掴みかかる。
彼女はグランツの妻、確か名前はメアリだったか。
グランツは最近、ガザルを確実に潰す為に動いて貰っていた。
「奥様、申し訳有りません。
グランツさんは商会の為に寝る間を惜しんで働いてくれていたのですわ」
「……えっと、貴女は?」
「申し遅れました。私はトレートル商会の商会長、エリー・レイスと申します」
「え⁉︎」
「グランツさんの娘さんの事も聞いておりますわ。
ですが、グランツさんは商会の為、延いてはご家族の為に働いていたのです。
どうかご理解下さい」
「は、はい……」
メアリはまだ納得しきれない様だが、取り敢えず私達を家に上げてくれる。
グランツの娘は数ヶ月前、事故で大怪我を負ってしまったらしい。
魔法による治療には多額の費用が掛かる。
とてもではないがグランツが用立てる事が出来る金額ではない。
それでもグランツは少しでも娘の苦痛を和らげる為、ガザルに頭を下げてお金を集めて治癒ポーションを買い与えていた。
「それで、本日はどういったご用件でしょうか?」
「はい、私は治癒魔法を扱えます。
グランツさんの娘さんの治療をさせて頂きたいと思いましてお邪魔させて頂きました」
「ほ、本当ですか⁉︎」
メアリは驚いて目を見開くが、少し不安そうな表情に変わる。
「しかし、ウチに治癒魔法を受ける様な余裕は……」
「ご心配無く。
グランツさんは現在混乱の中にある我が商会で懸命に働いて下さいました。
そのお礼としての治療です。
報酬は頂きませんわ」
私は肩から掛けた鞄から本を取り出した。
「それは?」
「魔力を貯める事のできるマジックアイテムですわ。
コレに貯め込んだ魔力を使えば【治癒】でもかなりの傷を治療できますわ」
勿論、嘘である。
コレは事前に発動しておいた神器【暴食の魔導書】だ。
水属性の魔力適性を持つ私は強力な治癒魔法は使う事が出来ない。
だが、【暴食の魔導書】には強力な治癒魔法が記録されている。
その後グランツに案内され、部屋の奥のベッドに、寝かされていた少女、ルノアの様子を診る。
両目には深い傷が走り、目は見えていないだろう。
腕や脚も傷だらけで熱も有る。
意識は虚ろで、現在はポーションで何とか持っている状態のようだ。
私はルノアに手を向けて詠唱を始める。
「慈悲深き女神に希い願う」
本来なら私の【暴食の魔導書】で発動する魔法に詠唱は必要ない。
この神器に記録されている魔法は他人の発動式をコピーした物、魔力は私持ちだが、制御や威力などはオリジナルの術者に依存する。
まぁ、この詠唱はパフォーマンスだ。
理論によって構成される魔法式と違い、魔法の詠唱はイメージを呼び覚ます為の物。
その為、人によって詠唱は変わる。
私は適当な詠唱を終え、魔法を発動させた。
「【治癒】」
光がルノアを包み数秒、光が収まると傷が消えて穏やかな寝息を上げる少女の姿があった。
「治癒魔法は患者の体力を大きく消費しますわ。しばらくは目を覚まさないでしょうが、ご心配なさらずに。
目が覚めたら栄養のある物を食べさせてあげて下さい」
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうございます、エリー会長」
2人は私の治癒魔法の効果に驚いているようだ。
当然か。
今のは【治癒】ではなく【上級治癒】だ。
それも王都の神殿の大司教の【上級治癒】、並の使い手とは格が違う魔法だ。
グランツ達には時間を掛けてかけて貯めた魔力を使って魔法を強化したと伝え、一応口止めもしておく。
コレでガザルの一件の後始末も終わり。
こうして、私はそれなりに大きな商会と、既に確立された販路、顧客、忠誠心高めの部下を手に入れたのだ。
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(・ω・)ノシ




