蹂躙の日
唖然とした様子のドンドル大司教とコロンゾン伯爵だったが、先に気を取り直したのはコロンゾン伯爵の方だった。
正確には、彼は誘拐の件は知らないので、ドンドル程対応に困っていた訳では無い事が理由なのだが、エリー達には関係ない事だ。
「拐った子供?どう言う事か分からないが、エリザベート嬢。
国王陛下や宰相閣下がご心配されておりましたよ。どうぞ、私と一緒に……」
コロンゾン伯爵の言葉は頬を氷の矢が掠め、血が顎から垂れ始めた事で止まる。
「残念ながら私は王国では国家反逆の罪で指名手配されているわ。
そもそも、私を探しているのも利用する為でしょう。
それから、私の質問に答えなさい。
子供達は何処?
此処に連れてこられたのは分かっているのよ」
コロンゾン伯爵はエリーの殺気を受けて、冷や汗を滝の様に流しながらドンドル大司教を見る。
「わ、私は子供の事など知らない!本当だ!
此処に来たのも、足を治療してくれると聞いて、今日初めて来たのだ!」
「そう、なら貴方は必要ないわ」
「うがっ!」
治療されたばかりのコロンゾン伯爵の右足に氷の矢が突き刺さった。
「な、ま、待って……ぐぁぁあ!!」
氷の矢が刺さった傷口の辺りから、次第に足が凍りつく。
「ひっ!い、嫌だ!た、助けて……」
「貴方、私を排除する為に随分と骨を折って下さったそうね」
「な、何の事だ!そんな証拠が何処に……」
「証拠など必要ありません。
私が知っている。それが重要です。
本当なら、貴方も他の馬鹿共の様に裏から手を回して破滅させるつもりだったけど、ちょうど良いから此処で死になさい」
「ひっ、い……や……」
コロンゾン伯爵は瞬く間に真っ白な氷像となり、ピシリと一度大きな音を立てたかと思うと、粉々に砕け散ったのだった。
私はコロンゾン伯爵だった赤黒い氷の塊に視線を向ける事もなく、ドンドル大司教を正面に捉えた。
「さて、ドンドル大司教、貴方なら知ってるわよね」
「な、何を……」
ドンドル大司教が言い淀んだ時、今度は剣の形をした白煙がドンドル大司教の周囲を流れた。
「ぎゃぁあ!!」
一拍の間の後、ポトリと床に落ちたのはドンドル大司教の親指だった。
「言い逃れは死よ。貴方達は私の客人に手を出した。この《銀蝶》ヒルデ・カラードの顔に泥を塗ったのよ?お分かりかしら?」
ヒルデが腹立たしそうに煙管を咥え、白煙を燻らせる。
「ちっ!殺せ!こいつらを殺せ!」
ドンドルが叫ぶと、部屋の中に居た聖職者達が次々と武器を手にして私達を包囲し始めた。
「こいつら……」
「エリーさん、此処は私が片付けるわ」
「良いの?」
「ええ、私もこのままでは面子が立たないのよ。私の足下で好き放題されてたらね」
ヒルデの苦笑いに、私は肩をすくめて返す。
「【誘死蝶】」
ヒルデが煙管を一振りすると、周囲に漂っていた白煙が掌サイズの蝶へと姿を変えた。
蝶はヒラヒラと舞いながら聖職者達へ向かって行く。
「ひっ!」
聖職者の1人が手にしていたメイスで蝶を薙ぎ払うが、白煙で出来た蝶は一度形が崩れても直ぐに元の形へと戻り、後退りする聖職者の頭へと留まった。
すると……。
「ふぐっ!」
剣を手にしていた聖職者は、その剣で自らの喉を掻き切った。
「ごがっ!」
「うぶっ!」
メイスが隣の聖職者の頭を砕き、頭を砕かれた聖職者が手にしていた槍はメイスを振り下ろした聖職者の胸を突いていた。
私達を取り囲んでいた聖職者達は皆、白煙の蝶が頭に留まった瞬間、自死や同士討ちをしたのだ。
「エグいわね」
「ふふ、私の【誘死蝶】は蝶の形にした魔力に【催眠】を込めているの。
ある程度魔力に対する抵抗力が有ると効きづらいけど、有象無象を相手にするには便利よ」
私も【暴食の魔導書】の効果で通常の【催眠】を使った事は有る。
しかし、それは少し気を張っていれば抵抗出来る程度の能力しか無い筈だ。
臨戦態勢の相手に【催眠】を掛け、その上忌避感の強い自死や同士討ちをさせるとは……。
ヒルデの魔力や魔力操作の技量だけでは説明出来ない。あの神器の力なのだろう。
おそらく、煙に魔法を込める事で効果を一点に集めて威力を高める類いの物だと思う。
私の魔力なら抵抗出来るだろうけど、敵にはしたくないわ。
「さて、もう終わりかしら?」
煙管を手中でクルクルと回すヒルデを忌々しそうに睨みながらドンドル大司教が叫ぶ。
「ば、化け物共め!何なのだ!侵入者は1人では無かったのか!」
「はぁ?何を……」
ドンドル大司教がパニックになり喚き散らし始めると、不意に広間から繋がる通路の1つから人間が吹き飛ばされて来た。
広間に飛び込んだ人間は壁に叩きつけられて赤黒いシミに変わる。
「ひぃ!だ、誰だ⁉︎」
ドンドル大司教の言葉に答えた訳では無いだろうが、通路からそれに応える声が有った。
「どうも、美少女シスターのティーダちゃんッスよ〜」
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(・ω・)ノシ