脱出の日
ルノアは不安になる心を押し殺してナナキと名乗る目の前の少年に尋ねる。
「あ、あの、此処は何処なんですか?」
「分からねぇ。俺も……」
ナナキは背後にチラリと視線を向ける。
「……コイツらも拐われて来たんだ。
ケレバンの街で拐われた奴の話では、何処かの家の床下の隠し通路を通って来たって話だ。他にも他国で拐われて連れてこられた奴も居るな」
「…………つまり、此処はまだケレバンの街の中……少なくともケレバンの街の近くなんですね」
「ああ、そう離れては居ない筈だ」
ルノアは眠るアリスの頭を撫でながら考える。
(此処はまだケレバンの街の近く……なら私とアリスちゃんが居なくなった事にエリー会長達が気づいてくれたら……ううん、それよりミーシャはどうなったの?
私が意識を失う直前……思い出せる限りでは誘拐犯と互角に戦っていた。
でも、私とアリスちゃんが此処に連れてこられているって事はミーシャが負けたと言う事……でもミーシャならきっと逃げ切ってエリー会長達に知らせてくれている筈……。
なら、今私がやるべき事は……アリスちゃんを守りながら最善を尽くす事)
「うぅ……う?」
「アリスちゃん!」
「う……ルノアお姉ちゃん?」
「気が付いたのね。何処か痛いところはある?」
「だ、大丈夫だよ」
不安げに周囲を見回すアリスの背中を安心させる様に撫でながらゆっくりと話しかける。
「ナナキさん、誘拐犯は見張りを置いていないのですか?」
「あ、ああ、いつも新しい奴を鎖に繋いだら直ぐに居なくなる。
此処に来るのは新しい奴を連れてくるか、誰かを連れ出す時だけだ。
あと、俺の事はナナキで良い。さん付けとかムズムズするからな」
「わ、分かりました。
兎に角、此処に居るのは不味いと思います。
脱出しましょう」
「どうやってだ?俺も石で叩いてみたり、引っ張ってみたりしたが鎖は外れなかったぞ」
「…………」
ルノアは自分の足に繋がる鎖に手を向ける。
「荒野を走る疾風 荒ぶる風を束ねて剣を打つ【風刃】」
ルノアの手に魔力が集まるが、魔法に変換される前に霧散してしまった。
「ルノアは魔導士なのか。だが無駄だぜ。
さっきの誘拐犯が言ってたろ。お前の首に付いている首輪は魔法を封じる効果があるらしい。向こうにも1人、同じのをつけられてる奴が居る」
ナナキが『向こう』と示した方を見るとルノアと同年代の、少し身なりの良い少女の首に首輪が付けられていた。
ルノアはアリスの手を引きながらその少女の側に寄り話し掛ける。
「ごめんなさい、その首輪を少し見せて貰えますか?」
「え、う、うん」
ルノアは少女の首輪をマジマジと見る。
そんなルノアをナナキが背後から興味深気に覗き込んでいた。
「何か分かるのか?」
「はい、コレはハルドリア王国で開発された『魔封じの枷』です。
古王国時代のマジックアイテムを復元した物らしいのですけど…………コレ、おかしいです」
「……何処がおかしいんだ?」
ナナキが首を傾げた。
ルノアの固有魔法である【物品鑑定】は、その性質上、幅広い知識が求められる。
その為、ルノアはエリーやミレイに習う他、多数の家庭教師を付けて貰い、多くの知識を吸収していた。
その知識が目の前の首輪の不自然さを教えてくれている。
「魔封じの枷は製造から管理まで全て国の管理下に置かれています。
他国の政府に対して輸出する場合も、全てにシリアルナンバーを振られて厳重に管理されるんです。
でもこの魔封じの枷にはそのシリアルナンバーが有りません。
それに側面に刻まれた魔法陣も僅かに歪んでいます。
多分、模造品……いえ、正規に製造された物の内、耐久魔力量が規定に達していない欠陥品が非正規ルートで闇に流れた物だと思います」
「そ、そうなのか?」
ナナキを始め、周囲の少年少女達は、ルノアの説明を理解できなかったのか、戸惑った表情を浮かべた。
「これくらいの耐久魔力量なら…………アリスちゃん」
「なに?」
「私の首輪に魔力を流して。
此処!この魔法陣の部分に思いっきり」
アリスは早々に薬で意識を奪われた為、魔法が使える事が知られておらず、魔封じの枷をつけられていなかった。
もっとも、アリスくらいの年齢でまともに魔法が使えるレベルの魔力操作力を持つ者など殆どいない。
誘拐犯がアリスが魔法を使える事に気付かないのは無理からぬ事だった。
「い、いくよ?」
アリスがルノアの首輪の魔法陣に手を添えて、ルノアが頷くと同時に魔力を込めた。
グングン吸い取られ、霧散して行くアリスの魔力だったが、次第にルノアの首の枷が熱を持ち始め、罅が入ったと思うとパキリと甲高い音と共に割れて地面に落ちた。
「「おお!!」」
牢に居た少年少女達が小さく歓声を上げる。
事前にナナキに静かにする様に言われて無かったら叫んでいただろう。
「っう……」
「おい!ルノア!」
「ルノアお姉ちゃん!」
「だ、大丈夫……」
一方でルノアの方も首に少し傷を負っていた。
首輪の破片で切ったのか、はたまた余剰魔力の所為なのかは分からない。
「鳴り響け福音の鐘 その音は遠く 春風に乗って
【癒しの風】」
ルノアは唯一使える風属性の治癒魔法を唱えた。
風属性の治癒魔法は広範囲治癒や遠隔治癒に特化しており、回復力では光属性には遠く及ばない。
更に言えば未熟なルノアの魔法では完治する事は出来ず、首には赤い跡が残っている。
「ルノア大丈夫か?」
「はい、一応傷は塞ぎました。
少し痛みますけど大丈夫です」
「ルノアお姉ちゃん……」
「大丈夫よ、アリスちゃん」
ルノアは差し出されたナナキの手を取って立ち上がる。
「私達は此処を脱出します。皆さんはどうしますか?」
「…………」
ナナキは他の囚われている者達の顔を見てから強く頷いた。
「俺も行くぜ!このまま此処に居れば何をされるか分からない」
ナナキの言葉に反応し、他の者達もお互いに顔を見合わせたり、頷き合った後、次々に立ち上がるのだった。
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(・ω・)ノシ