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第二章 5



 そしてソフィアたちが潜入してから十日。

 ついに王太子たちが集う、会議の日が訪れた。


(い、いよいよね……)


 使用人として潜入した初日は慣れない仕事にばたばたしていたが、二日目からはぐっと楽な仕事ばかりになった。ただ力仕事ではなく、シャンデリアや置物を磨き上げるという繊細な作業の方がソフィアにはつらい。

 ちなみにクライヴやアシュヴィンの姿もたびたび邸内で発見した。だがソフィアたちがいると分かると変に警戒させてしまう恐れがあるため、けっして姿を見せないよう三人とも器用に逃げ回っていたのだ。


「今のところ、怪しい行動をしている奴はいないな」

「おれも。特に変な匂いもしないなあ」

「わ、私もです……」


 最後の打ち合わせをするべく、倉庫裏で集っていたソフィアたちは、それぞれに報告を終えた。やがてエディがはあと息をつくと、軽く握った指先を顎に添える。


「もうじき、王太子候補たちが来られるはずだ。あわせて正騎士の護衛も邸内に入る。僕たちは会議終了まで姿を隠しつつ、不審な人物がいないか監視しよう」


 了解、とソフィアとアイザックが短く答えると、三人はそれぞれ別方向に散った。


(ええと、私はどこに待機しよう……)


 会議が行われるのは中庭。アイザックは本館の一階部分、エディは屋根付近に潜むと言っていた。それぞれの視認範囲を考え、死角となりがちな別館の方へと急ぐ。

 だがそんなソフィアを、メイド長が背後から呼び止めた。


「ちょうど良かった! あなた、ええと、ソフィアだったかしら」

「えっ、あっ、はい、なんでしょう!」

「ごめんなさい、ちょっと人手が足りないから、こちらの手伝いに来てくれる?」

「へ?」


 メイド長から引きずられるように連れてこられたのは、まさに今から会議が行われるという中庭のど真ん中だった。どうやら候補たちが座るのか、白い円卓と日陰を作るための傘がそれぞれ立てられている。

 その脇で、メイドたちが何やら忙しそうに走り回っていた。


「これから王太子候補様達がお越しになります。そのお茶出しのお手伝いをお願いしたいの」

「え、でも、あの、私」

「急で本当にごめんなさいね!」


 そういうとメイド長は、ソフィアを残しばたばたと立ち去ってしまった。一人残されたソフィアはどうしようと心の中で冷や汗をかく。


(お、王太子候補……クライヴ様に見つかったら……ばれる!)


 姿を隠せって言っただろ馬鹿! と脳内エディに叱責され、ソフィアはひいいと眉を寄せた。だが実際人手が足りていないらしく、メイドたちは非常に慌ただしい。


(うう、ここでまた勝手に離れたら、それはそれで悪い気がする……)


 裏方なら大丈夫だろうか、とソフィアはとりあえずメイドたちの傍に駆け寄ると、準備の手伝いを始めた。

 するとしばらくして、短い号令とともに使用人たちが一斉に整列、叩頭した。まるで騎士団の訓練のようだと思いつつ、ソフィアも素早く同じ体勢をとる。


「――ジル・セルピエンテ様、お越しになりました」

(……!)


 その名前に、ソフィアはぴくりと意識を向けた。少しずつ近づいてくる靴音に合わせ、相手に気取られないように視線をそうっと上げる。

 ジルと呼ばれた青年は、なるほどカリッサの噂どおり、まさに王子様のような見た目だった。陽の光を柔らかく弾く金髪に、サファイアのような青い瞳。端正な横顔に笑みを浮かべながら、使用人たちに静かに目を配っている。


「すみません、今日はよろしくお願いしますね」


 もちろん誰も答えることは出来ないが、女性陣はその一声だけで花が咲くような歓喜を漂わせていた。一方ソフィアは正体がばれないかという緊張で、ごくりと息を吞むばかり。


(あの方が『ジル兄上』ね……)


 続けて、もう一人聞き覚えのある名前が読み上げられる。


「――エヴァン・ヒースフェン様」


 一転して訪れた物々しい雰囲気に、ソフィアは思わず礼の角度を深めた。目の前を磨き上げられた黒の革靴が通り過ぎ、それに合わせてこっそりと顔を上げる。

 交じりのない白一色の珍しい髪。涼やかな目はソフィアより鮮烈な赤色だ。眼鏡越しの眼差しは険しく、まっすぐに前を向いている。おまけにこの蒸すような暑さの中、黒の軍服をきっちりと纏っていた。

 そういえばリーンハルトの騎士団長だった、とソフィアは思い出す。


「やあエヴァン、元気そうで何より」

「――ふん」


 先に着座していたジルがエヴァンに声をかける。

 だがエヴァンは不愉快そうに眉間に皺を寄せた後、一番離れた椅子にどかりと座り込んだ。その光景を遠目に見ながら、ソフィアはうわあと困惑する。


(な、仲、悪そう……)


 同じ王太子候補とはいえ、当然ながら二人ともクライヴとは見た目も性格も違う。特にエヴァンという候補はクライヴに刺客を贈った相手かもしれない――とソフィアは静かに相手を見定めた。

 やがて残る二人の候補も訪れ、最後にクライヴが現れた。隣にはいつものようにアシュヴィンが付き従っており、ソフィアは慌てて他のメイドたちの背後に隠れる。

 前を通過した後、先輩メイドたちが楽しそうにひそひそと囁いた。


「ねえ、あの後ろの方、この国の騎士団の方かしら」

「まあ、あんなに若いのに素敵ね。それにすごく格好いいわ」

(……?)


 もしや、と思い先輩たちの視線の先を辿る。そこにはクライヴの護衛として待機するルイの姿があり、ソフィアはうわああと頭を抱えたくなった。


(ル、ルイ先輩まで……いや、護衛として来るのは分かっていたけど……)


 ソフィアたちがこの邸に潜入していることは知っているはずだが、まさかこんな近くにいるとは思っていないだろう。絶対に見つかってはならない、とソフィアはいっそう気を引き締める。

 幸い、クライヴやルイはソフィアがいることに気づかないまま、そのまま円卓へと向かった。クライヴが着座した途端、苛立ったエヴァンの声が飛んでくる。


「――遅い。どうして邸にいるはずのお前が一番後なんだ」

「すみません。ちょっと支度に手間取ってしまって」


 クライヴはいつものようにへらりと微笑んだ。それを見たエヴァンはさらに眉間に皺を寄せたが、まあまあとジルが間をとりなす。


「まあまあ、時間通りだからいいじゃないか。じゃあ、はじめよう」


 その言葉を合図に、メイドたちは一斉に動き始めた。ソフィアは存在を隠しつつ、お湯を沸かしたり茶葉を入れ替えたりと裏方の準備に奔走する。毒物の混入にも警戒していたが、特段怪しい動きは見られなかった。


「それでは、最初の議題についてだが――」


 全員にお茶が行きわたったところで、ジルを議長とした会議が始まった。候補者たちはそれぞれ資料を手に、静かに聞き入っている。

 最初はこんなに人がいる場で会議などしていいのだろうか、と疑問に思っていたソフィアだったが、どうやら本国の状況報告程度で機密事項ではないようだ。


「――というわけで、どうやら鎮静化のめどはたったみたいだ。あとはそれぞれの家のタイミングで、本国へ戻ることになる」

「そこでまた、王太子の席を奪いあうわけか」


 組んでいた長い足を解きながら、エヴァンは資料を円卓へと放り投げた。その態度にジルとクライヴをのぞいた候補者が息を吞む。


「ただでさえ忙しいのにこんな候補者選に巻き込まれて……まったく、俺としてはいい迷惑だ。挙句、強制国外退去までさせられるなぞ……」

「仕方ないよエヴァン。王は僕ら候補のことを心配しておられるのさ」

「どうだか。それにいつの間にか、ちゃっかり兄の席に座っている奴もいるしな」


 エヴァンの辛辣な視線を受け、クライヴは穏やかに微笑んだ。


「すみません。わたしも座るつもりはなかったんですが」

「お前もロバートのように、急にいなくならなければいいがな」

「せいぜい気をつけておきますよ、エヴァン殿」


 離れていても分かる剣呑な空気に、ソフィアはそうっと先輩メイドたちに尋ねた。




 

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