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第二章 2



 やがてルイが新人従騎士たちに向けて微笑んだ。


「いよいよ明日だな。準備は出来てるか」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「お願いします。明日は何をする予定なんでしょうか」

「大したことはしないな。騎士団長からの挨拶と、同期との顔合わせくらいだ」


 軽やかに紡がれていく従騎士たちの会話を聞きながら、ソフィアは食事の手を速めた。

 どうやらルイに直接話しかけにくる勇気はないらしく、女子たちはある程度の距離を空けたままいまだに待機している。

 ここでの会話が聞こえている様子もない。


 だが万一ソフィアも従騎士だとばれてしまえば、今以上にややこしくなるのは明白だ。関係性を暴かれるよりも先に、逃げ出すのが賢明だろう。


「す、すみません、用事があるので、私はこれで……」

「ああ、そうか。午後からも頑張れよ」


 失礼を承知でソフィアはそそくさと席を立つ。

 ルイは特段気分を害した様子もなく、いつもの笑顔でソフィアを見送った。一点の曇りもないその美貌を前に、ソフィアは何故か心が苦しくなる。

 だが自らを奮い立たせるように、胸の内だけで首を振った。


(だ、だめだわ……これ以上ここにいたら、また何を言われるか……)


 早々に頭を下げ、逃げるように食堂を後にする。すぐに廊下に出たソフィアだったのだが――どうしたことか、ルイが後ろから追いかけて来るではないか。


(な、なんで⁉)


 思わず足に力が籠る。

 だがソフィアが逃げ出すよりも先に、ルイが溌溂とした様子で呼び止めた。


「ソフィア、ちょっといいか」

「な、何でしょう⁉」

「これ」


 人差し指を手繰るようなルイの仕草に、ソフィアはつられるように手を差し出した。

 するとかさりという音とともに、小さな紙袋が手渡される。中にはチョコチップとナッツのマフィンが入っており、ソフィアはぽかんと口を開けた。


「へ?」

「食事、あれだけじゃ足りないだろう?」

「で、でも」

「余分に買ったやつだから、よかったら食べてくれ」


 にっこりと微笑むルイの表情は、まさに善意百パーセントという感じで、そのあまりの眩しさにソフィアはたまらず顔を覆いたくなった。


(や、優しい……)


 ありがとうございます……と消え入りそうなソフィアの言葉を聞き、ルイは満足そうに目を細めた。

 軽やかに食堂に戻っていく背中を、ぼうっと眺めていたソフィアだったが――自身の背後に現れたただならぬ気配を察し、ぞぞぞと背を震わせる。


「ソフィア・リーーラァァーー……?」

「ぎゃあーー⁉」

「どういうことか、きちんと説明していただけますわよねえ?」

「ちょっとその(ツラ)、貸していただけるかしらァ?」

(ひいいい……)


 ソフィアは錆び付いた機械のようにギギギと振り返る。

 そこには嫉妬と羨望が渦巻いた上級生たちが、亡霊のように立ちはだかっていた。







 翌日。

 騎士団を訪れたソフィアは、心配そうなアイザックに呼び止められた。


「ソフィア⁉ だ、大丈夫?」

「あ、はい……何でもありません……」


 げっそりと生気を抜かれたソフィアの顔に、アイザックはなおも眉を寄せていた。隣にいたエディは何となく理由を察したようだったが、関心がないとばかりによそを向いている。


(疲れた……まさか放課後や、寮の部屋にまで来られるとは……)


 食堂でルイたちと同席したのを見られていたソフィアは、案の定女子生徒たちから『一体どういうことじゃゴルァ』を多少可愛らしくした尋問を受ける羽目になった。

 さすがに従騎士のことは知られてはならないと、ソフィアはルイについて『小さい頃に、親同士の繋がりで少しだけ遊んでもらった仲』だと嘘をついた。


 最初は半信半疑だった女子生徒たちだったが、ソフィアの姿形をつぶさに観察したかと思うと、どうせそんなことだろうと思ったわと言い始めたのだ。


(まあたしかに……ライバルとすら思われないよね……)


 ぼさぼさの長い赤髪に、凹凸の少ないひょろりとした長身。

 最近隣に立つ人がアイザックやルイといった、男性の中でも背が高い部類の人たちなので忘れていたが、小等部の時は男子からよく「男女」と揶揄されたものだ。そんな私が今では立派なゴリラ女。

 ……一体私はどこに向かって進化しているのだろうか。


 やがて入団式に向け、集まった従騎士たちは広場に横長に整列した。

 数は全部で二十人ほど。

 以前ぶっ飛ばした男がいるかもしれない、と怯えていたソフィアだったがその姿はどこにもなく、ほうと胸を撫で下ろした。

 身長順なのだろうか、前列に配されたことに緊張しつつ、ソフィアは静かに始まりを待つ。しばらくすると厳めしい顔つきの男性たちが、ずらりと前方に並び立った。


 臙脂、濃紺、深緑と形は同じだが色の違う軍服を着ており、騎士団にある各部隊の隊長格らだと分かる。その一番末席にいた存在にソフィアは目を奪われた。


(ル、ルイ先輩だ……)


 従騎士の黒い制服を着こんだルイは、昨日の親しみやすさを微塵も感じさせないような毅然とした面立ちで、他の隊長らと共に佇んでいた。

 だがソフィアの視線に気づいたのか、一瞬だけこちらに瞬きを寄越す。

 するとソフィアを見て、ほんのわずかに笑みを浮かべた。


(――⁉)


 ソフィアは慌てて視線を地面に落とした。

 心なしか心臓の音が大きくなった気がして、動揺を抑えながら必死に顔を上げる。改めてルイの様子を確認するが、何事もなかったかのように横を向いており、ソフィアはなぜか安堵のため息を零した。


 最後に現れたのは白い軍服の男性。

 薄い金糸での刺繍がなされたその制服は、王立騎士団の中でも最も上位とされる――『王族護衛隊』のものだ。この場に立つということはその中でもトップ、つまり騎士団長だろう。

 団長は中央に立つと、ソフィアたち合格者たちに向けて恭しく告げた。


「第百五十六期・従騎士団試験を突破した諸君、まずは合格おめでとう」

「……!」

「君たちは多くの若者たちから選び抜かれた、素晴らしき戦士たちだ。この国の安全と平和を守るため、その身を捧げる覚悟をしてもらいたい」


 滔々と紡がれる高説を、ソフィアは黙って聞き続けた。

 騎士としての心構え、騎士団のあり方、高潔で、清廉であれ――と威風堂々とした語り口にソフィアは背筋を正す。


(みんなこの仕事に、とてつもない誇りを持っているのね……)


 かつてのソフィアであれば、騎士団と接する機会など一生のうちに一度あるかないかという程度だっただろう。

 彼らの仕事は国同士の争いや領地の防衛、犯罪者の処罰に関わることばかりで、普通の生活をしている限り出会うことはほとんどない。

 だがこうして本物を目の当たりにすると、彼らの持つプライドや仕事に対する圧倒的な自信がひしひしと伝わって来て、ソフィアは改めて自らの中途半端さを自覚されらせるかのようだった。


「――以上、期待している」


 礼! という号令がかかり、ソフィアたちは一斉に頭を下げた。騎士団長は来た時同様、堂々たる態度で従騎士たちの前を後にする――と思っていたら、団長は何故かソフィアの前でぴたりと立ち止まった。


 

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