第二章 この気持ちに名前をつけるなら
「――アナタ、スカーレル先輩とどういう関係なのよ」
ぐるりと女性陣に取り囲まれたソフィアは、がたがたと震えていた。
「ち、違うんです。一度会ったことがあるだけで、何の関係もないんです……」
「じゃあなんで先輩が、アナタに笑顔で話しかけたりするのよ!」
(うう、どうしたらいいの……)
以前もこうしてクラスメイトたちに攻め立てられたことはあった。だがその時はソフィアの容姿や格好を馬鹿にするばかりで、適当に言葉を濁していれば飽きて辞めてくれるという期待があった。
だが今回は二年生、三年生の女子をも巻き込んだ二重、三重の円。ソフィアがどれほど説明しても、納得してくれる気配がない。
内容はもちろん――件のルイ・スカーレルである。
(たしかに歳が近いかもとは思ったけど……まさか同じ学校だなんて)
言われてみればスカーレル先輩、と女子たちが話題にしていた覚えがある。
だがまさかルイのファミリーネームとは思っていなかった。困惑するソフィアをよそに、女子生徒たちはさらに口々に追求してくる。
「それに転校生とも仲が良いって本当かしら?」
「エディくんのこと何か知ってますの⁉」
「アイザックくんって彼女はおられます⁉」
(ああー……)
いよいよ収拾がつかなくなる、とソフィアはちらりと教室の時計を見た。時刻は十二時半を回っている。
授業が終わったら速攻で抜け出す予定だったのに、うっかり捕まってしまいこの有様だ。
このままだと空腹の状態で午後の授業を迎える羽目になる。
お腹の音を堪え続けるという、不可抗力感を味わい続けるのは絶対にごめんだ。
(かくなる上は……!)
ソフィアはこっそりと息を吸い込んだ。
次の瞬間「あ!」と何かに気づいたように窓の外を指さす。
「スカーレル先輩が中庭に!」
するとあれだけ集中していた女子の視線が、一斉にソフィアの示す方向へと向いた。
と同時にソフィアは低く身をかがめ、音もなく教室の出入り口へと駆けだす。廊下に出てしばらくしたところで、教室の方から驚愕する声があがっていたが、ソフィアは振り返ることなく走り続けた。
こういう時だけはゴリラで良かったと思う。
(とりあえず早く何か買わないと……食堂で食べて絡まれるわけには……)
だが食堂に到着したソフィアを待ち受けていたのは、またも絶望的な光景だった。
「ない……」
サンドイッチや焼き菓子といった、持ち運べるメニューが軒並み全滅していた。
気候が良いので外で食べようという生徒が多いことも理由の一つだが、何よりスタートダッシュの遅れが痛い。
(仕方ない、さっさと隅の方で食べてしまうしか……)
一番早く出来上がりそうな野菜スープと白パンを注文し、空いている席をすばやく探す。
どうやらすでに食事を終えた生徒も多いようで、比較的まとまった空席が確認できた。ソフィアはこれ幸いと一番角を陣取り、手にしていたトレイを置く。
するとソフィアの背後から、明るいアイザックの声が飛んできた。
「あ、ソフィア! 一緒に食べないか?」
「……ア、アイザック……」
恐る恐る振り返る。
すると満面の笑みを浮かべたアイザックと、こちらは何故かくたびれた様子のエディが立っていた。
それぞれ手にはトレイを持っており、ソフィアの正面にアイザックが腰かける。その隣にエディが座ったことで、一気ににぎやかな一角へと様変わりした。
「二人とも、まだ食べてなかったの?」
「うん。なんか途中でいっぱい呼びとめられてさー。エディも同じ感じだったんだけど」
ちら、と二人してエディに視線を向ける。
するとエディは苛立ったように、サーモンの燻製を口に運んでいた。
「……この学校には暇な奴しかいないのか? 休み時間になるたびにどこから来ただの、趣味はなんだの、休みの日は何をしているだの……もう少しましな話題はないのか⁉」
「あーおれもよく聞かれるなあ。やっぱ王都外からって珍しいんだろうな!」
「は、はは……」
大きな厚切り肉を頬張るアイザックを横目に、ソフィアは乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。
どうやらソフィアの予想通り、華やかな転校生二人組は一週間経った今でも話題のど真ん中にいるようだ。
もはや味など分からぬスープを飲みながら、ソフィアは恐る恐る周囲の視線を探る。
やはりというか当然というか、じりじりとした視線――特に女子のものが多い気がする――が、ソフィアのいるこの場所に集中していた。
本来であればソフィアに詰め寄りたいくらいなのだろうが、アイザックとエディがいるせいで手をこまねいているようだ。
(うう、あんまり親しくない感じでって言ったのに……)
普段から人懐っこいアイザックにしてみれば、これくらいは『誰にでもする』レベルなのだそうだ。
一度少しだけ強くお願いしたところ、この世の終わりのような涙目をされてしまい、ソフィアの心の方が折れてしまった。
また、『こいつがお前にだけ冷たいと、それはそれで疑われないか?』というエディからの指摘もあり、結局以前とあまり変わらない接し方になっている。
やがて食事をあらかた片付けたエディが口を開いた。
「いよいよ明日は入団式だな」
「あっそうだ! 制服準備しとかないと」
「そ、そういえば、明日はケライノでしたね……」
この国では週の七日のことを、それぞれ『アステラ・メロペー・エレクトラ・マイア・ターユゲテー・ケライノ・アルキュオネ』と順序だてて呼ぶ。
週は第四まであり、二十八日ごとに新しい月に移動するのだ。このうち『ケライノ』と『アルキュオネ』は、授業が一切ない休息日となっている。
明日は第二ケライノ。
普段であればのんびり朝寝を楽しむのだが、どうやらそんな暇はないようだ。
「入団式って、いったい何をするんでしょうか……」
「さあな。まあ挨拶を聞いたり所属章を配布されたりするくらいだろ」
「また塔から飛び降りるとかないよな?」
不安そうに眉を寄せるアイザックに、エディは呆れソフィアもまた苦笑する。
すると食堂の入り口で何やら黄色い歓声が上がった。
嫌な予感がしたソフィアだったが、もはや本能的に「いま顔を上げるべきではない」と理解し、必死になって存在感を消し去ろうとする。
だがそんな地味な努力は、よく通る男の声一つで無残にも崩れ去った。
「なんだ、三人とも随分遅い昼食だな」
「ル、ルイ、先輩……」
現れたのはソフィアの昼食が遅れた間接的な原因でもある――ルイ・スカーレルだった。
硬直するソフィアをよそに、ルイはすたすたと三人のいるテーブルに近づくと、よりにもよってソフィアの隣に腰を下ろした。
たしかに四人で席に座るバランス的には正解なのだが……とげとげしい視線が四方からソフィアに突き刺さる。
(どうしてよりにもよって隣に……)
そもそもなんで学校にいるのだろう。いや三年生だからいてもおかしくないのだが。
もしやさっき咄嗟についた嘘が現実になってしまった……? とソフィアは自らの行動を思い返す。