9. 強い意志
えっ、待ってどういうこと。
今私の目の前にいるのは黒髪の少年ハザールと傍らには先ほどまでカーキ色の髪だったはずの金髪碧眼の我が国王太子であった。
ちょ、なぜ王太子がこんなところにいるんだ。
というかハールもめっちゃ慌てて青ざめてるんだけど。
チラリと隣を盗み見てバルドの反応を見てみると、なんでかすごく嫌そうな顔をしている。今にも「うげっ…」と言い出しそうなそんな顔だ。
私が状況を飲み込めないでいると、金髪碧眼の少年がニコニコしながら口を開いた。
「ごめん驚かせたね。初めまして、この国の第1王子アルフレッド・シーグローヴだ。まぁアルと呼んでくれて構わないよ。あとバルド久しぶりだね?」
もしかしたら違うかもと、ドッペルゲンガーかもと半分現実逃避していたが見事にご本人様だった。
というかバルドって王太子と知り合いだったのかと隣を見ると先ほどよりもさらに眉間に皺を寄せて話しかけんなオーラを醸し出している。
せっかくの綺麗な顔が勿体ないと場違いなことを思ってた。
「…こんなとこで王太子様が何してんのよ。護衛はどうしたの」
「撒いてきた」
「はぁ??ばっかじゃないの!?ただでさえ命狙われる立場なのよ!もうちょっと自覚を持ちなさい!」
バルドがめちゃくちゃキレている…。
こんなキレたバルドは初めて見るのでちょっとおっかない。
確かに護衛を撒くとはとんでもないことだ。
100歩譲ってアルフレッドことアルが強かったとしても危険すぎる。
なのに王太子はそんなこと何処吹く風といった感じで相変わらずニコニコしている。
だんだんこの顔気味が悪く見えてきた。
「まぁまぁバルド落ち着いて。今日はちょっと親友のハールのためにどうしても会っておきたかったんだ」
「あんたが絡むと面倒臭いったらありゃしないわ」
「王太子の僕に対してズバズバいうのは君くらいなんだけど。まぁいいや。簡潔に言うとね、ハールが打つ剣の良さを分かる者を探してたんだ。彼の家はちょっと複雑でね、鍛冶師の腕があるにも関わらず家族の誰にも分かってもらえない。しかもその夢を潰そうとした。そこで期限内に彼の名が鍛冶師として売れれば認めることを条件付けたんだ」
「はぁ…」
「君にはその足掛かりになってほしい」
ん?なんと??
待て待てただ直感で決めた私がハールの名を売り出すのは無理があるのでは。
「…王太子様が売り出せばいいのではないですか?」
「アルでいいよ」
「いや王太子さ…」
「アル」
なんだこいつ。面倒臭い。
どんだけアルって呼ばれたいんだ。
一度溜息をつき、再度問うことにした。
「ア、アルが売り出せばいいのではないですか?」
「それがね僕じゃダメなんだ。彼が自分の力で掴み取らなきゃ彼の家族は納得しない、まぁ出版社に載せたのは僕だけどあの大量にあるページの中から誰かに選ばれるのはそれこそ実力次第だ。あそこには名が知れた鍛冶師も載っているからね。そこで君が現れた」
確かにその中から直感といえど選んだのは私だ。今もこの人なら良い剣を作ってくれる気がしている。
「具体的には何をすれば?」
「彼を、ハールを君の専属の鍛冶師にしてくれないか?」
私は思わず目を見開いた。
専属。つまり私と契約するということ。
それも一度きりではなく、一生モノの。
この世界では鍛冶師と契約するとその者が打った剣のみ所持を認められる。
加えて個々の事情では解約が出来ない。
契約者が違反した場合のみ、契約が打ち切られ多額の罰金を契約者側は請求される。
これだけ見ると契約者には不利しかないように見えるが、鍛冶師は逆に契約者以外に武器を作ることは出来なくなる。(契約者を通じて頼むことは可能)
なので手練の鍛冶師を専属で付けることが出来れば武器は最高峯のモノを常に自分だけが手にすることができ、商売にすることも出来るのだ。
鍛冶師にとっては契約者が生きている以上はずっと作り続けなければいけなくなり、それは家族はもちろん勝手に打ち切ることは出来ない。もし家族が鍛冶師としての仕事を邪魔するなら、それも契約違反と見なされ、これまた国から鍛冶師を除く家族に多額の罰金が請求される。
今ハールの状況から見ると家族は鍛冶師の仕事を反対している。けれど私と契約すれば鍛冶師を続けざるをえなくなり、家族もその契約には介入出来ない。
でも最初に契約者が負うリスクが大きすぎるんだよなぁ。
どちらにもハイリスクのため専属契約を結ぶ者はかなり少数である。
なんせ相手は同い年くらいの子供だ。
成長度がどれくらいか分からない。
今は上手く剣を打てても、後に精度が低い剣しか打てなくなる可能性だってある。
未来が不安定。先行きが見えない。
結論を言うと、『運次第』
すぐには答えが出せない私に、アルが口を開きかけたその時。
ハールが勢いよく立ち上がった。
「…どうか頼むッ…!!鍛冶は俺の生き甲斐なんだ!鎚を持つのが、鉄を打つのが、打った鉄が形を変えていくその光景が大好きなんだ!このまま家族の言いなりになって手放したくなんかない!必ずあなたの期待に沿うような武器を打ってみせるから、だからっ」
先ほどまでの丁寧な言葉遣いも冷静さもかなぐり捨てハールが心からの言葉を、思いの丈を、私に伝えてきた。
目を逸らすことなく真っ直ぐ見つめられた瞳は必死だった。
子供の駄々のようにも聞こえるそれは少年からの懇願。熱意。渇望。
彼と見つめること数分。
とうとうハールの鍛冶に対する熱量に私は折れた。
「…分かりました。契約を結びましょう」
私がそう言うと、隣でアルと話してから無言を貫いていたバルドが驚き焦りだした。
「ちょっ!シノちゃん本当にいいの!?専属契約ってかなりのハイリスクよ!?しかも腕の良さが確定してるわけじゃないわ。素人も同然よ。いくら可哀想だからって」
「私は可哀想だから契約をするわけじゃないです。彼の目を、熱意を、信じてみたいと思った、それだけです。それにやらない後悔よりやる後悔をする方がずっといい。まぁかなりリスクが高いものになるけれど…」
私がそう話すと、ハールは放心したようにストンっと椅子に座り込んだ。
今聞いたことが信じられないと言ったふうに不安を混じえながら口を開く。
「…本当に?本当にいいの…?」
「はい。ウォルトンさんを信じます」
ハールを真っ直ぐ見つめながらいうと、彼の目からぽろぽろと涙が溢れていく。
やがてくしゃっと笑い、
「ありがとう」
と言ったのだった。