8.鍛冶師
※最初だけバルド視点です。
「そういえば何話してたんだ?」
午前の稽古中。
シノが席を外したところを見計らい、クライブがバルドに問いかけた。
「いつのこと?あんた人に聞く時はいつ・どこで・誰がをちゃんと言わないと伝わらないわよ」
「分かってるくせに…。はぁ…昨日の稽古後に2人で話してたろ」
相変わらずこの男はシノのことになると気になって仕方がないらしい。自分としては面倒臭いことこの上ない。
しかもセリア情報だと本人には直接聞かずいつまでも待つ宣言(なに大人ぶってんの?)をしたらしいが、結局は周りから情報を得ようとするあたりもいただけない。
「男が乙女同士の間に首突っ込むんじゃないわよ」
「は?バルドのどこが乙女だよ。ゴリラじゃねー…がッ!?」
すかさずクライブの頭にげんこつが落ちた。
いくらなんでもゴリラは心外だとバルドは目の前にいる弟子を睨みつける。
シノなんかはアラビアンな王子様って感じでかっこいいと言ってくれたというのに。やっぱりあの子はいい子である。対してこいつは節穴だと改めて思った。
「あんた言葉には気を付けなさいっ!嘘でも綺麗だとかいわないと世の女性はすぐ不機嫌になるわよ!私は心が広いから許してあげるけど」
「…今俺の目の前には男しかいないんだけど」
「あら、クライブいつの間に目が悪くなったのかしらね?すぐに医者行きなさい」
そう言ってすかさずクライブの真後ろをとり、羽交い締めにしてやると「ギブっギブっ!!」と叫ばれた。だったら最初から素直に綺麗ですねとかの一つや二つ言えばいいのに。
観念したようなので拘束を解いてあげると「…まじゴリラ…」とボソッと聞こえた気がしたが、気のせいだと思うことにした。
とりあえずバルドはさっきの話に戻すことにする。
「はぁ…でもあんたほんとシノちゃんの一挙一動が気になるのねぇ」
頬に手を当てながら溜息をつけば、クライブは気まずいというような顔でバルドから視線を逸らした。
「でもあんまりしつこくしちゃダメよ。粘着質な男は嫌われるから。まぁ、あんたシノちゃんの前だと何かとお兄さんぶってるから大丈夫だとは思うけど。でも今回の話はシノちゃんと私だけの内緒話だから教えられないわ」
ここで教えたらせっかくシノが恋愛感情ではないだろうけどクライブのためにサプライズプレゼント計画しているのが水の泡と化してしまうと思ったと同時に、お兄さんどまりにならないといいけど、とバルドは頭の片隅で思った。
チラっとバルドを横目で見たクライブは、
「…分かったよ」
と口を尖らせ拗ねた顔をし、頭のモヤモヤを晴らすように素振りをし始めた。
そんなクライブを見ながらバルドはシノが口にしたハザール・ロドルフィという聞いたことがない者が、一体どのような人物なのかに思いを巡らせていた。
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ハザール・ロドルフィと数回手紙のやり取りをして何週間か経った頃。
とうとう約束していた会う日となった。
場所はサージェント家からそれほど離れていない街ネルカにあるスフレチーズケーキが美味しいカフェだ。(師匠が何回か買ってきてくれたことがある)
クライブには師匠とお茶してくると言ってなんとか誤魔化した。まぁクライブは甘いもの得意じゃないのもあったせいか最初はついてこようとしたけどバルドがいるならって引き下がってくれた。
「師匠ついてきてくれてありがとうございます。助かりました」
「全っ然!!むしろシノちゃんとデートみたいで嬉しいわァ♡ …こほん。まぁ冗談はさておき可愛い弟子が顔も何も知らない人と2人で会うのは心配だしね」
私としてはまだ何年か前に家族と1回来たくらいの街に1人で足を踏み入れるのは怖かったので、師匠がついてきてくれて安心した。
しかも毎日のように人でごった返しているらしいのでなおさらである。
ちなみに私が住んでいるアルナは前世でいう緑豊かなのんびりとした田舎(?)みたいな感じだが、対してネルカはすぐ隣町だというのに活気に溢れていた。その理由は食材の種類が豊富に取り揃ってることが大半だ。
アルナと反対側にあるソルテの街は海が近いこともあり漁業が盛んで、アルナは農業が盛ん。その間、中心にネルカがあるので山の食材と海の食材どちらも新鮮に仕入れられる。
付け加えセドウィック学園があるのもネルカである。
バルドと一緒に馬車で揺れること2時間弱。
目的地につき、いざ馬車を降りてみるとすでに人でごった返していた。
見渡せば人、人、人ばかり。
ガタイが良さそうなおじさんが大声で「新鮮で美味しい海の幸はいかがかな!!」とか、ふくよかで優しげな女性が「今朝摘みたての野菜だよ!ほら寄って寄って!」などと言ってお客を呼び込んでいた。
あまり賑わっている場所に慣れてない私は目が回りそうだ。
なんか人の多さがテレビで見たピーク時の原宿あたりに似ている。
「ま、迷子になりそう…」
「ふふっ、大丈夫よ。私が手を繋いでてあげるから」
そう私が不安を口にするとバルドは柔らかな笑顔を向け、手を繋いでくれた。
バルドの指先が長く骨ばった男性特有の手が優しく私の手を握る。
うっ…めちゃくちゃかっこいい。
加えて服装がロドルフィからラフな格好でとのことだったので白のカットソーに黒のジャケット、濃いめのデニムといったシンプルながらもバルドの整った容姿をさらに際立たせていた。
私はというと、白のパフスリーブをスキニーパンツにインした服装である。髪は後ろでちょんと縛っている。
バルドにはスカートにした方が可愛いわよ?といわれたけど好みじゃないのでやめた。
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そのままバルドに手を引かれ、5分くらい歩いたところで約束の場所であるカフェについた。
ドアを開けると小気味良いベルの音がチリンチリンっと鳴った。
店に入った私とバルドを目にすると店員らしい茶髪の女性が駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ!2名様ですか?」
「はい。ですが待ち合わせをしているんです。ロドルフィという方は来ていらっしゃいますか?」
隣でやり取りを聞いていた私はバルドがいつものオネェ口調で話していないことに驚いた。
誰彼構わずあの話し方だと思っていたので、普通にも話せるんだなぁと失礼ながら思ってしまった。
私はいつもの方がバルドらしくて好きなのだけど。
バルドが聞くと、店員が思い出したように。
「あっ!先程ご案内した方のお連れ様ですね〜。こちらにどうぞ」
例の鍛冶師は先に店に来ていたようだ。
バルドに手を引かれながら店員についていくと、2階にある個室に案内された。
そしてノックをして扉を開けると奥の方に黒髪の少年とカーキ色の髪をした少年の2人が座っていた。
どちらも私と同じくらいの年代だ。しかも2人ともタイプは違うが顔が整ってる。
バルドが小声で「あらぁ〜」と言っていた。
てっきり年老いたおじさんだと予想していたので案内された席が間違ってないだろうかと思いつつ、バルドから手を離し尋ねた。
「…ハザール・ロドルフィさんでお間違えないでしょうか?」
私がそう尋ねると、少年2人は立ち上がり深々と頭を下げながら黒髪の少年が口を開いた。
「はい。初めまして、ハザール・ロドルフィというのは鍛冶名で本名はハール・ウォルトンと申します。隣はアルト・グロー。この度はご依頼ありがとうございます」
「初めまして、ウォルトン様。シノ・サージェントと申します。それと私の隣にいるのがバルド・サンプソンです。こちらこそ依頼を受けて下さりありがとうございます」
私とバルドも少年たちに倣い、深々とお辞儀をした。
一通り挨拶を終え、それぞれ向かい合って席につくと黒髪の少年ハールが話を進める。
「では、早速本題に入りたいのですが先に聞きたいことがあります。何故名も知られていない私の剣を選ばれたのですか?」
「えっ。そ、そうですね…」
う、うーん。困った。これは割とまじで困った。
こんな質問くるかなぁとか予想はしていたけど答えを考えてなかった。なんかいい感じの返しを頭に詰め込んでおくべきだった。
さすがに何分も黙るのは相手からすると不信感が募って、もしかしたらこの依頼はなかったことにで去られてしまうかもしれない。
「あの正直に話して構いませんか…?」
「逆に正直に話して頂いた方がこちらとしても嬉しいです」
「…剣のことや鍛冶師のことが書いてある本を見ていて、この人だと。ウォルトンさんが作成した剣が絶対いいと…あなたが打った剣ではないとダメだと直感で思いまして…。単純で申し訳ないです…。」
我ながらなんと単純で突っ走った行為だろう。もっとちゃんとした理由があるべきなのに。
浅はかな考えを持った自分に思わず下を向いて反省をしていると向かい合う席から吹き出す笑い声が聞こえた。
「…ぷっ!あはははっ」
バッと顔を上げて見ると笑い声の主はハールからではなく、これまで一言も発していなかったアルトからだった。
あー、この人たちからすればこんな単純思考な小娘に剣を打ちたくないよなともう諦めかけたその時。
「君とは気が合いそうだなシノ・サージェントさん」
先程のカーキ色の髪が一変し、そこにいたのは王家特有の金髪碧眼を持ったこの国の王太子であった。
いやぁバルド無意識にかっこよく書いてしまって、うっかり話の流れを変えてしまいそうです…危ない…( ゜д゜)